第104話 熟練度
「もう、ちょっと、かんべん」
『だらしないなぁ、アリオを見てごらんよ! この数日でまた稼働時間が延びたんだよ?』
格納庫の床にエイジスから零れ落ち、生まれたての小鹿みたいに震えている僕にミライは冷たく突き放す。
メロンが心配そうにドリンクを飲ませてくれるおかげで僕の平穏は維持されているけど、これが無かったらミライのボディを剥がし、中にある生体脳をエイジスに放り込むところだったぞ? 命拾いしたな!
『ふぅん、努力もせず、外的要因に不満をぶつけるとは……ならばボクにとってもキョウの立場は利用資源の一つ。損耗を気にせず使い倒すって手もあるんだけど?』
「勘弁してください」謝罪はすぐ行うに限る。
「全裸土下座が似合う男ナンバーワン……」
足を組んで椅子に座るプロフが冷たい目で僕を見る。
いやお前も服を着ろよ。
「……あなたたち、よく騒げるわね」
床に突っ伏したままのエフテが息も絶え絶えに呟く。
粘性の同期剤で全身ヌルヌルテカテカの身長141センチは、倫理的にもコンプライアンス的にも非常にまずい。
さすがに察したミライが大判のタオルを掛けてあげている。
お前、エフテには優しいんだよな。
『うむ。休憩は終わりでいいか?』
音も衝撃も出さずに飛んだり跳ねたりするエイジス03から声がかかる。
「時間じゃなくてだな、状況を確認して発言しろ」
この訓練バカが、どれだけやらせれば気が済むんだよ。
慣れる前に誰か死ぬぞ?
「……でも、ここできちんと慣れておかないと、作戦にならないのよ」
エフテは僕の不満を読んで諭してくれる。
いや、僕だって状況は分かっているぞ。
次の戦いには僕らの成長が不可欠なんだ。
―――――
『フォーメーション確認! 俺の後ろにエフテとサブリ、俺の右にプロフ、その後ろにキョウ』
アリオの指示に隊列を整える。
ただ平原の上を歩くだけの行為がこれほど難しいなんてな。
『各機の距離は10メートルを維持、速度は俺に合わせろ、全体的にふらついてるぞ、真っすぐ歩け、プロフも並行をキープ』
それでもイメージと出力結果の差異はずいぶんと埋められた。
最初はそれこそ、右足の股関節を上げて、膝を曲げ……過ぎた! なんて転びまくったもんだ。
それがぎこちなくもこうやって行軍できるまでになった。
動かしながら話す余裕はまだ生まれないけどな。
『よし、止まれ! 今日から実践練習を始めるぞ。ブリーフィング通り、複数のドローンを標的に射撃練習だ』
網膜投影されたデータや外部情報がドローンの接近を伝える。
視線による各種操作は元々慣れているし、ボディコネクトは体を動かすだけじゃなく、ある程度思考操作にも対応している。
もっとも、網膜投影や各種センサー、電子アシストなどはEMPに影響を受ける。
その場合、エイジスの操作だけしかできない。
エイジスの眼球、内耳、声帯、感圧素子などを用いた入出力を僕らの生体脳で操る。これはホムンクルスのボディを動かしていた訳だから簡単にできると思ったけど、各関節や、構成素材の重量バランスなどの違いもあり困難を極めた。
最初から乗り熟したアリオがいかに異常であるかお分かりになるだろう。
いや、それだけレベル、ボディ操作の熟練度というヤツが重要だと悟ったんだけどさ。
右手にエイジス用の電磁砲を構える。
模擬戦なので発射や着弾判定は仮想表示で視覚化される。
実際はEMP対策のため電磁砲は装備できないが、ホムンクルスの体でも慣れていたこともあり、演習用に採用している。
『各個、同士討ちに注意。回避は最小限。全部避けようとすると転ぶぞ。では始め!』
エイジスの頭部素体を覆う外装は各種センサーや通信機器が詰まっている。
EMPを食らった場合は、素体の声帯を使って会話できるらしいけど、それぞれの声は反映されているのだろうか。
女性陣の声が野太いとか嫌だな。
とバカなことを考えている間に飛来したドローンから仮想弾が放たれる。
仰け反って躱すが、戻す際の反動が大きく、お辞儀するような姿勢になってしまう。その頭上を仮想弾が掠める。
『キョウ、ナイスな動きだよ』ミライの弾むような声。
偶然の動き、あいつにはバレてるんだろうな。
『おいおい、避けるだけじゃなく反撃しろよ』
簡単に言ってくれる!
ホムンクルス用の電磁砲と違い、こちらは指で引くタイプだ。
引くじゃない、絞るだ、なんてどうでもいい知識が浮かぶ。
移動予測による照準補正は使わない。
あくまでも自分のカラダが対象を目で追い、トリガーを引く。その結果として当たったかどうかを判定するのだ。
倒せなければ僕らは攻撃を受け、エイジスの装甲が耐えられなければそこで終わり。
生身の肉体よりもはるかに強い機体だからといって、死ぬ時は死ぬ。
だから、死ぬ前に殺す。
僕らがやっているのは、そんな行為だ。
―――――
「さて、一応目標の数値はクリアしたわ。これでいつでも作戦開始できるけど、いつにする?」
皆で遊びに行く予定を決めるかのような軽いノリでエフテが僕らに問いかける。
「すぐ行こう!」
「心の準備!」
「現地まで操縦させてくれる?」
「「却下!」」
皆、賑やかだなぁ。
隣ではメロンが僕を見つめて不安そうな顔。
これから挑む敵、その作戦内容、そして僕のエイジスの使い方、どれもこれも彼女の不安を煽っているんだろうな。
僕だって不安だ。
『エフテ、キョウがブルってるからもう一度作戦を再考してみない?』
ブルってねーよ。これは武者震い!
それでメロンにむしゃぶりつく、ってうるさいわ!
「再考って言っても、Sクラスへの二体同時応対が必要である以上、組み合わせを変えるくらいしかできないけど……」
「どんなヤツらだったとしても対応できる!」
アリオは不敵に笑うが、どんな奴でどんな攻撃をしてくるか分からんのに、自分たちの戦いをすれば勝てる! みたいな自信はなんなんだろうな。
「でもさー海の上なんでしょ? アルゴー号はともかく、エイジスの水中戦って想定しなくていいの?」
「だから落ちなきゃいいんだぞ?」
『しっかりとした水中戦仕様に改造するとなると時間がかかりすぎるからね。ここは開き直って、皆がホムンクルスである利点を生かすわけだ』
僕らが人間だと自覚していたら、水中に落ちて呼吸ができずに溺れていただろう。
実際は数分間程度は呼吸を止めても問題ないらしい。
「よくキョウがハァハァ言ってるのは雰囲気?」
プロフの前でハァハァしたことないだろうが。
『疑似的な自律神経もどきで行わせているだけで、人間と同様なガス交換機能は最小限で済むんだ。キョウのはプレイの一種』
「プレイはさておき、万が一海に落ちても数分間は活動できるわよ。EMPを食らってもボディコネクトが維持できる限り動ける。EMPを食らわなければ電子アシストでもっと動けるけど、まあ、海に落ちないことが重要ね」
実にフラグっぽいんだよなぁ。
「E―S04スキュラとE―S05カリュブディスか、せめてヤツらの攻撃方法や弱点とかが分かればいいのにな」
PPPの検索結果として明瞭になった次の戦場。
そこは二つの陸地に囲まれた海峡で、まるで門番のように二体のSクラスが待ち構えている。
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