第103話 恐怖と激怒

「ひゃうっ!」


 居間に向かう途中、アリオの部屋から出てきたサブリとぶつかりそうになる。

 サブリ?


「あ、あの、これは、そのえと、あれよ! いりょうこうい!」


 医療行為という言葉がいかがわしい隠語みたいに使われるのはいただけない。

 つーか、お前らいつからそんな関係に!

 アリオの部屋を覗き込むと、すやすやと眠るアリオが見えた。

 実に事後っぽいな。


「いつから通行禁止が解除されてたんだ?」


 不純異性交遊を防止するため、それぞれのエリアは入場禁止だったはずだ。


「メロンがキョウの部屋で暮らし始めてから」


「え、暮らしてる扱いなの?」


「そりゃあそうでしょ? 夜はずっと一緒じゃないのよ」


 そう言えば、寝台室も操縦室も解放状態だった。

 レベルだのポイントだのといった設定も廃止され、僕らがエイジスを動かすための熟練度だけが数値として残っている。


「それにしても、へえ、サブリとアリオがねぇ」


「そんなニチャっとした薄ら笑いするのはやめてよ。大体、アリオには武器のモニターしてもらわなきゃいけないし、だから、ほら、彼の肉体構造とか体力の限界値とか知っておく必要があるでしょ?」


 あたふたと早口で弁明を続けるサブリが実に可愛らしい。

 それにしても、ホムンクルス同士でそんな気分になるのか?

 僕の中にある情欲が、人間であった証なのかもと思っていたけど、そんなこともないのかな?


 僕はサブリをからかいながら居間に入る。


「おはよう。……今度はサブリを籠絡したのかしら?」


「するか!」「そんなわけないでしょ」エフテの疑問に対し、同時に否定する。


「冗談よ。隊員の自由恋愛に口出しするつもりもないからね」


 自由恋愛?

 違和感を覚えるが、そもそも僕が第一人者だった。


「もう、そんなんじゃないのに……プロフやミライは?」


「プロフは操縦室に籠ってる。なんでも過去の戦闘記録を確認したいんだとか。ミライはエイジスの最終調整中。予定通り、午後には四人でエイジスデビューよ」


 そう。エイジスの完成に合わせ、僕らの訓練も一段落していた。

 僕はエフテに「赤点ギリギリ」と評されたが意味は分からない。


「くっ、せっかく新しい兵装開発に着手しようと思ったのに……だいたいさー、あたしなんか足手まといにしかならないって」


「諦めなさい。勝率を上げるため、エイジスは一機でも多い方がいいの。それに、いつでもあなたが出撃するとは限らないでしょ? アリオを基本にして、必要に応じてわたしたちが出る。そういった作戦立案の幅を持っておくのは重要よ」


「そうなんだけど、僕的には不安がある」


「短刀が使えない事?」


 お見通しでしたか。

 これまで僕の戦いには、短刀が不可欠だった。


「サイズ的に、エイジスに持たせることはできるけど、なんかちょっと違う感じがするんだよな」


 刃の先端まで拡張した感覚。

 殺傷範囲は最初から理解していた気がする。


「一応さ、あの短刀を模してエイジスの縮尺に合わせた実剣は製作中だよ。斬れ味が再現できないケド……」


「そうなの? 斬れ味って、前に刃毀れした後、船の設備で直してくれたんだろ? その技術を活かせばいいんじゃないの?」


 ギガスの斧。

 あれは前回の決戦時に破壊された、エイジスに類するこちら側の素材で、それをヤツラに無断使用されたんだろう。

 あれと打ち合って欠けた刃を、恐らくはミライが直してくれたはずだ。


「……直してないんだって」


「え、良く聞こえない」


「あたしも聞いたのよ。あれの工法が理解出来れば高振動ブレードに匹敵する斬れ味を確保できるからさ。そしたら、あれ、自動修復したんだって」


「自動修復? 生きてるってこと?」


「成分、組成、硬度から靱性まで丸裸にしたけど、あれ、鞘から柄まで全部、未知の素材よ」


 なにそれ怖い。

 僕は何か? 自動修復する魔剣を扱っていた? それこそ昔の僕は何者だったんだ?


「あの短刀は、どこにも出自の記録が残ってないの。使用されていた記録はある。でもどこから持ち込まれたかは分からない」


 エフテも独自に調べていてくれたのか。

 いや、治療中にミライに聞いたのかもな。


「……そっか、記録はあっても僕らの記憶は消えているんだもんな」


「……ええ、断片は残っていても、ね」


 エフテは自嘲気味に答える。


 僕らはAIだった。

 そう言われているだけで、証明する方法もないんだよな。

 ミライは前回の決戦後に生まれ、メロンは、思い出すのも辛いらしいし。


「過去の僕がどんなAIで、なんでフリキとオルギを持っていたかなんて、まあどうでもいいことだよな」


「フリキとオルギ?」


「ああ、あの短刀の名前らしいよ? メロンが言ってた」


 僕の夢の中にも出てきた。

 〝眠らずの竜〟に挑む際、僕はあれを持っていなかった。

 思えば、エイジスであれを使った記憶は無い……はずだ。


「恐怖と激怒……」


「なんだよ、エフテ怖い顔して」


「古代の言葉でね、フリーキとオルギーって、恐怖と激怒を表すの」


「怖いなぁ……でも、あれを使ってる時のキョウがまんまそんな感じだよね」


 恐怖と激怒?

 激怒に駆られ、恐怖を与えるってことか。

 または、恐怖に怯え、激怒させるとか。

 ……嫌な名前だな、おい。


「それにしても、よくそんな言葉知ってるんだな」


「名付け……勉強したからね」


 遠い目をしながらエフテはそう呟いた。


―――――


『さあお待ちかね脱衣タイムだよ!』


 どんどんどんパフパフという効果音を付けながらミライが複数のマニュピレータをわちゃわちゃさせて叫ぶ。

 

「嫌なテンション……」


 操縦室から引きずられて不機嫌さを隠さないプロフがミライを睨む。


『まあまあそう言わずに! ここまで辛く長い道のりだったのだよ! 試行錯誤を繰り返し、やっと量産に至ったエイジスたちに拍手!』


 いや、エイジスに拍手するのかよ。

 みんなパラパラと気怠そうな拍手を送る。


「さあ行こうぜ! 服を脱げ!」


「ちょっアリオ、やめなさいよ!」


 おもむろにサブリの室内着を剥こうとするアリオ。

 いいぞもっとやれ。


「何号機に乗ればいい?」


 いつの間にか全裸なプロフがミライに問いかけている。

 ううむ、僕としてはもう少し恥じらいをだな。


『04がエフテ、05がサブリ、06がプロフ、07がキョウだね。で、そのキョウが凝視してるから気を付けて』


 失礼だぞミライ!

 いや、もう何をどれだけ考えても考えなくても筒抜けなら、いっそ欲望は隠さないぞ。僕の思考を解き放つきっかけになったことに恐怖するがいい!

 ああ! なんだどうした急に暗闇が!


「キョウはこっち!」


 僕の後ろから両手で目隠しをするメロンに押され、移動する。

 目隠しだけじゃなく、眼球を圧迫するのはやめていただけないだろうか?

 失明しそうだぞ?


 暗闇から解放され、エイジス07号機の前に立つ。

 ……07号機だと? いや、お前、07じゃないだろうが。

 違和感と共にミライを見る。


『07だよ。今はね』


 これも以心伝心ってやつか?

 なんとなく浮かんだ着想だったけど、確かにどうでもいいか。

 過去、何号機だったか誰の愛機だったかなんて関係ない。

 大事なのは今。


「よろしくな、相棒」


 僕の声かけに対し、起動していないエイジス07が、やれやれと苦笑いする姿を幻視した。

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