第102話 閑話(メロンとミライの誕生日)

 真っ暗い空間の中、自分のカラダを抱えて丸くなってる夢を見た。

 ワタシを構成するカラダ、その中身、その意識。

 ワタシを定義するものは何?


 ゆっくりと覚醒する。

 光と声を感じる。


『おはよう、未来みらい。複製、うまくいきましたよ』


 寝かされている寝台。

 耳元のスピーカーからキーノの声。


「……キーノ、ありがとう。その、キョウは?」


『二週間ぶりに目覚めてすぐ想い人の容態ですか? 相変わらず肉体は死んだままですし、脳は寝かせてありますよ。ところで、なんで彼の肉体に拘るのです? この後、人格の移動処置を行うのだから、死んだ肉体なんて廃棄すればいいと思いますが。維持するのも大変なのですよ?』


「こればかりは、人としての感傷としか……」


『脳が生きているのですから別にかまわないと思うのですが、わたしには体が無いからその大切さをイメージできないですね』


「ごめんね」


 キョウはどこに存在しているのだろう。

 心は脳の中にだけしか存在しないのだろうか?


『まあいいです。ところで、と話をしてみますか?』


「なんだか、怖いな……」


 合わせ鏡と会話する気分。

 差異の無い自我は、差異の無い着想を覚えるのだろうか。


『面白いですよ。自然脳と人工脳の違いはあっても、まったく同じ構成、同じデータを複製したにもかかわらず、刺激に対する反応の数値に、すでに違いが出ています』


「そうなの?」


『双子が環境で変化するようなものですかね。あなたの場合限りなく差をゼロにすることにこだわりましたけれど、人間って不思議。過去の記録にもあるのですが、遺伝子操作で同じDNAを作り上げても差異が生まれるのですね。これも「金色の羊毛」の意志なのでしょうか』


 ワタシたちを生み出した「金色の羊毛」はもういない。

 だから稼働している「金色の羊毛」を求めて旅をしてきた。

 同じシステムなら、人間の体、今のワタシと遜色ないカラダを生み出せるだろう。

 きっと、死んでしまったキョウの肉体を再生することだってできるはずだ。

 

 でも、彼が目覚めたとき、そこにいるのは、私が求める、私が知ってるキョウなのだろうか。


未来みらい?』


「あ、ごめん、ワタシの複製と話をしたい」


『……あ、えと、ワタシ、ミライです』


 キーノと同じく寝台のスピーカーから声が聞こえる。


「あなたもワタシみらいなのよね、記憶はどう?」


『……施術前の記憶は残ってる。キョウの人格や記憶を移動するために、まずは自分で実験した』


 受け答えは可能なんだ。

 そりゃあそうか、立場が違えば視点も変わる。


「聞かれたくないかもしれないけど、どんな感じ?」


『体が無いって違和感は、あまり気にならない。視覚も聴覚もあるからかな?』


 触覚、四肢の消失感を最少にするため、事前に感覚の分断を行っていた。

 意識を残したまま、二週間かけて、ゆっくりと五感を切り離す。

 幸い恐慌を感じることもなかった。

 ただ、長い眠りの中にいた気分だ。


 目覚めた今は、しっかりと四肢を、体が存在している事を感じている。

 それは予想以上に安堵する感覚だった。


 会話しているもう一人のワタシに、この安堵は無いのだろう。

 それが差に繋がっている?


「辛かったり、悲しかったり、しない?」


『どうだろう、分からない。それに目的があるから大丈夫。やることはたくさんあるし』


 もう一人のワタシにはこれから多くの仕事をしてもらう。

 皆の代わりに。


『やっぱり未来みらいをホムンクルスに移すのが最適じゃないのですか? わたしやオトトイより、うまくカラダを使えると思いますが』


 キーノは遠慮している、というよりあくまで効率を考えている。


「言ったでしょ、ワタシが二人になったら、キョウが困るって」


『そこもよく分からないのです。好きな人が増えれば喜びも倍増するんじゃないのですか? ハーレム思想とか、そういうものだと思っていました』


「彼は望むかもしれないけど、ワタシは嫌だな」


『そっちの未来みらいもそうなの? って、先にお二人の識別を変えませんか?』


「それなら前から考えてたよ。キョウの覚醒が上手くいけば、どうせワタシは演じなくちゃいけないから、ワタシが名前を変えようと思う」


『どんな?』キーノが聞いてくる。


 もう一人のワタシは知っているはずだ。


「メロン。古代の言語で「未来」って意味なの」


『ふうん、メロン、いい名前ですね』


「キーノがお世辞を言うなんてね」


 随分と人間臭くなった。これも全部キョウのおかげか。


『えっと、ワタシからも提案。自分の呼び方、変えてもいいかな?』


 もう一人のワタシからの提案に驚く。少なくともワタシにその着想は無い。

 今のワタシとキーノのやり取りの中で差異が生まれたのか。


「どんな?」今度はワタシが聞く。


『ボク、ってどうかな? どうせ肉体も無いし、中性的な感じで』


 小さな衝撃を受ける。

 それはキョウとの決別を意味しているのだろうか。

 肉体が無くなると、相手を想う気持ちにも変化が訪れるのだろうか。


『あら、未来みらい、じゃなかった、メロン。バイタルが不安定ですよ。少し休んだ方がいいです』


『ふふ、そうか、ワ……ボクはもう体に引きずられなくていいのか、それは煩わしく無くていいのかも』


 少し明るい口調のもう一人のワタシ、ミライ。

 それは本心だろうか、それとも諦念だろうか。

 ワタシは目を瞑る。

 

 決めたんだ。

 もう一度、キョウに会うって。

 その為にどんなことだってやり遂げてみせる。

 ミライを犠牲にして、皆をいしずえにして、キョウを取り戻す。


 まるで宇宙空間に飛び出した宇宙船のようだ。

 何かに止められるまで、ワタシはもう止まらない。


―――――


『これで作業は終了です。覚えられましたか?』


『大丈夫だよ。ボクがいるから』


 ワタシは皆のために術式を覚えなくてはいけなかったのに、やっぱり気持ちを抑えることが難しかった。

 キョウの肉体から、彼の人格と記憶を抜き取り、データを整える作業。

 強制的に生かされていた脳の中身も、もう何も残っていない。


 彼の頬に触れる。


『未練、という感情ですか?』


「……うん、ごめん。覚悟してたつもりだけど」


 キョウの死を今更ながら実感する。


『さて、これからのスケジュールを確認しましょう』


 いつまでも感傷に浸ってはいられない。

 これからの大切な作業に没頭しなくてはいけない。


「……初めは、キーノからでいいのかしら」


『そうですね。わたしは個体もありませんし、失敗しても影響は少ないですからね。指揮自体はミライがいれば問題ないでしょう?』


『ボクはあまり表に出たくないなぁ』ミライの苦笑。


『……そうですね。体もありませんから、寝台に引きこもっていた方がいいかもしれません』


 ホムンクルスのボディは五体、すでに製作が済んでいる。

 ミライはキョウに会いたくないのかもしれない。

 いや、見られたくないのかもしれない。


「キーノの人格データを生体脳に移しホムンクルスに載せる。記憶の調整も済んでいるから、目覚めたときあなたは何も知らない状態、でいいのよね」


『はい。それと、名前の件も忘れないでくださいね』


 四体のAIからは、それぞれ新しい名前を付けるようにリクエストされている。

 ワタシの名付けに合わせ、古代語をモチーフにしているそうだ。


『ありがとうね、キーノ、お母さん』


 ミライがキーノに感謝を述べる。


『お母さん?』


『ボクを生み出してくれて、メロンの仲間になってくれて、ありがとう』

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