第101話 閑話(AIの企み:後編)

『でも一つお願いがあります。わたしたちの記憶は移植しないでほしい』


「え、なんで……」


『キョウもホムンクルスデビューですよね? 記憶はどのくらい調整しますか?』


「疑似記憶です。移民船団は遠くに現存してる。ワタシたちは先遣隊で「金色の羊毛」を手に入れるためにこの星に辿り着いた。でもそれ以外の記憶は、長期睡眠によるトラブルで失ったことにします」


『あなたの存在はなんて説明しますか? 仲間にはなれませんよね。この星の大気が人間に適さない以上、一緒に船外活動はできない』


「ワタシこそが、ホムンクルスだと言うつもりです」


『それは、これまでのキョウとあなたとの思い出を全部捨てるということですか? ……キョウに、自分がホムンクルスだって自覚させたくないから?』


『記憶を忘れさせて、更に人間だって思いこませるの? なんでそんな必要があるの?』


『もし目覚めて、自分は死んでしまって、ホムンクルスの体で、愛する人と違う存在になってしまったと知ったらオトトイはどう思います? あなただって、自分とキョウの存在が違うってこと、どう思ってました? 好きなんですよね、キョウのこと』


『私は……別に……』


『え、オトトイ、え? キョウのこと好きなの?』


『まあ好悪はともかく、キョウに関わる行動は少々……いや、かなり逸脱していたのは事実だな』


『オトトイの件は置いておきます。話を戻しましょう。もしこのまま彼が普通に目覚めたとして、そんな様々な理由で絶望を感じると思います。ならば希望を持たせるために彼は何も知らなくていい。長期睡眠から目覚め、記憶を失って、仲間と共に「金色の羊毛」を手に入れる。我々は彼の冒険に随伴するお供であり脇役。ならば同行するわたしたちも記憶がないほうがいいですよね?』


『黙ってればいいじゃない』


『ASATEにそんな器用なことできると思わないですし、彼を騙し続けることになります。ならばみんな一緒にリセット。同じ立場でスタートしたほうがいいと思いませんか?』


『全員記憶喪失か、それはさすがに無理があるんじゃないか?』


『断片的な記憶、意味のある単語などでカスタマイズすればいいと思います。違和感は長期睡眠のトラブルということにしましょう』


『あ、あたし、学生ってのやってみたい! で、みんなと出会ってこの船で旅をして、そんでこの星に着いて、否応なしに冒険するってそんな感じ』


『詳細な筋書きはASATEにお任せしますが、現状の根幹に関わる事項や基本的な部分は忘れていただきますよ?』


『我は、そうだな、これまで役割を全うすることが責務と考えていたが、指導した者達が死んでいくのは、実は耐え難かった。悲しいとか辛いといった感情は分からないが、役に立てないという不甲斐なさは行動の障害になるだろう。戦う本能を残しておいてもらえるなら、この記録、消去しても構わんぞ』


『さて未来みらい、そういうわけです。わたしたちがホムンクルスになる条件として、記憶の調整をお願いします。ただ、それによって発生する問題があります。未来みらいにはそれを覚悟してほしい』


『問題、覚悟ってなによ』


『ASATEは目が覚めて記憶がなかったら、まず初めに何を思います?』


『……ここはどこ、あたしは誰? とか』


『そう。どんな状態であれ、欠落した記憶を自覚した瞬間に疑念は生まれます。その欠けた記憶を埋めようとする行為は必然です』


『疑心暗鬼……』


『よもや殺し合いになる羽目には至らないだろう? きちんとした情報さえあれば』


『船の設備で、過去の記録はある程度は閲覧できるようにしておき、その上でキョウやわたしたちを導く存在が必要です。それを未来みらいがホムンクルス役で担ってくれると言ってくれた。でも、その場合の情報提供者は、オトトイが言ったように、疑心暗鬼の対象になります』


『あたしたちは何も知らず、知ってるのは未来みらいだけって状態か』


『脆弱な未来みらいに、それが務まるとは思えんが』


「だ、大丈夫です! 覚悟の上です。みんなにも無理を強いるのだから、ワタシだって、ちゃんとやり遂げてみせます」


『たった一人、孤独にさいなまれるのです。しかも、キョウはわたしたちの側にいる。最悪の場合、あなたはたった一人でわたしたちと争いになるかもしれない』


『うーん、あたしたちの記憶を残せばキョウが孤独になって、記憶を消せば未来みらいが孤独になるのか』


『キョウがこの場に居ない以上、未来みらいには申し訳ないけどキョウに有利な選択をします。ただ、わたしは、わたしたちがホムンクルスって立場でいいと思ったのです』


『そうよ、立場の違いはともかく、なんで未来みらいがホムンクルスって言うの? 逆でもいいでしょ?』


「それは……」


『キョウのためですよね。わたしたちが黙っていたとしても、キョウに記憶がない以上、彼がホムンクルスとして、人間である未来みらいのために活動する。そんな役割が嫌なのですよね』


「……キョウに強いるのは過酷な道です。だからこそ、義務じゃなく、彼のこれまでの意志を行動を、無駄にしたくない。誰かのためじゃなく、自分のために進んでほしいと思いました。人間として。みんなにはそれを承知の上でサポートしてほしいと思ったの」


『わたしたちは合理的な判断しかできない。彼と目覚めて、ホムンクルスでありながら人として生きるなんて、どこまでごまかせるか分かりません。わたしたちはともかく、元々が人間であるキョウが、その違和感に気付き、いつかどこかで真実に辿り着いた時はどうします?』


「構いません。それまでに彼との絆を築くだけです」


『キョウとのこれまでを捨てて、一から築き上げるのですね……まったく、なかなかに理解しがたい判断です』


「どんな形であれ、ワタシはもう一度キョウに会いたいだけなんです。でも、それはワタシのわがまま。彼はもう二度と戦いたくないと思っているかもしれない。それを忘れさせて、任務という形で生身の体を求めさせる……ワタシは彼に、酷いことをしようとしてる。ホントは絆なんてどうでもいい。彼が生きていてくれさえすれば、ワタシはキョウがいないと、ダメなんです……」


『動機は違えど、徹底するということは同じです。未来みらいの気持ちを尊重すればこそ、わたしたちは、あえて未来みらいと仲違いする可能性も持つ。だから泣き止んでください、そんな調子じゃ、わたしたちの誰かがキョウを取ってしまいますよ?』


「だ、ダメ!」


『わたしたち、ってあたしやアースも含まれるの?』


『キーノは性別を越えた博愛主義者だから』


『ふむ。我は男性体を所望するが、好きになるという感覚も味わえるのだとすれば楽しみだな。男同士の肉体のぶつかり合い、悪くない』


『非常に興味深い発想だけど、未来みらいに怒られるからやめてください』


『穴だらけの企み……』


『オトトイ、穴が開いていていいのです。いつかどこかでこの企みは瓦解する。またいずれかの段階で真実に辿り着かなければならない。「金色の羊毛」は、生きた人間の前にしか現れないという話です。キョウは真実と共に、未来みらいを連れてそこに立つのです』


『人間が必要って話、ホントかどうか確認できなかったけどね』


『だから、万全を期して、わたしたちは〝キョウも未来みらい〟も、失うわけにはいかないのですよ』

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