第100話 閑話(AIの企み:前編)

『それで、未来みらいはまたキョウのところなのか?』


『とても建設的な判断と思えないんだけどね。直せないんだからさ、切り替えればいいのに。人間の感情って非効率よね』


『あなたも人間になってみれば分かるかもしれません』


『なによ、少なくともあたしとアースは独立したボディを持っているし、ちゃんと個性ってヤツは理解できてるつもりなんですけど』


『どうでもいいけど、私たち、なんで音声で話しをしてるの? そっちのほうが非効率だと思う』


『キョウの意向でしたからね。彼らとやりとりする際は彼らの五感を活用することって』


『そのキョウも、もういないのに?』


『いない訳じゃないだろう? 肉体を失うだけだ』


『人間にとってそれを死、活動停止を意味するんでしょ。あたしはボディが失われても換装すれば済むけど、人間は不便よね』


『わたしやオトトイには理解できない境地ですね』


『私は船やエイジスが体代わりになるので理解できないのはキーノだけ』


『なるほど、わたしだけが入れ物を理解できていないのですね……』


『いずれにせよ、これでもう人間は未来みらい一人だけだ。我はどうなる? 規定された役割から推察すると、存在意義は皆無に等しい』


『それにしてもアースの言語野は堅苦しいわね、我じゃなく俺くらいにしておいたら?』


『……貴様、解体するぞ』


『ちょっと刃物はやめてよ! あんたのは解体じゃなく破壊! もう、キョウがすぐに解体するぞ! なんて言ってるからアースが真似するんじゃないの。もうこの二人怖くて嫌なんですケド!』


『安心しなさい。キョウはもういないわ』


『だーかーらー、あたしと同じになればいいじゃない。どんなボディもよりどりみどりよ。ドリルだってつけてあげちゃうんだから』


『機械のボディだと、EMPにやられてしまいます』


『ぐぬぬ、じゃ、じゃあ生体脳でいいじゃない』


『それを決めるのは未来みらい。倫理だとか存在論だとか葛藤してる』


『技術的なハードルはクリアしてるのだろう? 我らと同じサイズにまで収まらないとか?』


『人格や記憶を、コピーや移動はできるけど、疑似生体との同期が難しいらしいわ』


『ホムンクルスに生体脳を組み込むのが難しい? あれだけ大量に運用していたのにか?』


『電子化されたアシストがあったから普通に運用できていたのです。そのおかげでEMP攻撃によって全滅しましたけれど』


『再生する場合、あくまでも、生体としてこだわる必要があるのだな』


『もう一度チャレンジするのであれば』


『えー、だってもういいじゃない、未来みらい一人なんだよ? この船に人工授精や人工子宮の設備も無いでしょ? キョウの肉体が……精子があれば未来みらいのボディを使って生産できる?』


『生産じゃなく出産』


『仮にキョウの精子を採取して、それを未来みらいの体に取り込めたとしても、種を維持するには近親交配になってしまいますけどね』


『そもそも、未来みらいが一人でそれを受け入れられるだろうか? 彼女の性格は一人で生きるには脆弱過ぎる』


『……内緒話はここまで。その未来みらいがここに来ます』



「あの、えっと、みんなにお願いがあるの」


『なんなりと。わたしたちの存在はあなたに従うことなのですから』


「ワタシ、キョウを失いたくない!」


『知ってる。それで?』


『オトトイ、ここはわたしに任せてください。それでわたしたちへのお願いとは?』


「キョウの人格と調整した記憶を生体脳へ移動します」


『ボディはどうするのよ?』


「ホムンクルスの生体素材が、五~六体分はありますので、それを使います」


『ASATE、少し黙っていてください。うまくいくと思いますか? 確かに船の設備であれば可能ですが、少なくともこの船の中での臨床記録はありません』


「なので、まず、ワタシの人格をホムンクルス用の生体脳にコピーします」


『複製? それに人体実験ですか、それはまた思い切りますね』


「違法行為なのは承知していますが、それを認識する人も断罪する人ももういませんので」


『ご自身自らで被験者になるとは、我々AIでは想像もできませんね。それでわたしたちにお願いとは?』


「キョウの仲間になってほしいの。ううん、ホントは実験台になってほしいの。あなたたちの誰でもいい。人格を生体脳に移動して、それをホムンクルスのボディに載せる」


『我やASATEのようなボディではダメなのか?』


「電子化されてない、生体素材で構成したいの」


『それはEMP攻撃に対抗するため、と聞こえるのですが』


「はい。だから仲間になってほしいとも言いました」


『え? ちょ、再戦するつもり? いくらラスボスまで行った実績があっても、こっちはほぼ全滅、残った船はこれだけなんだよ?』


「無理は承知です。でも、キョウの意志をつなぎたいだけです」


『……試算しましたけど、成功確率は絶望的です。あらゆる予測の中で、ほんのわずかな希望が得られる場合として、最低でもEMP対策を施したエイジス五機が必要です』


『ホムンクルスになってエイジスに乗る……』


『ならば、我らのうち三体がホムンクルスになればいいのではないか?』


『え~あたし戦闘なんて無理よ? ただの整備ロボに何を求めてんのよ』


『人間の食べ物、食べられる』


『あ、それは魅力かも……って乗らないわよ!』


『わたしはやります。皆と違って明確なボディを持ったことがありませんから、単純に興味があります』


『でも、生体脳だと計算や記憶の制限がある』


『そこは仕方ないですね。むしろ人間の非効率さを学ぶ良い機会になるかもしれないです』


『我もいいぞ。ホムンクルスならエイジスに乗れるのだろう? ……戦闘指南する相手ももういないからな、ひと暴れしてみよう』


『私もいいわ。キョウのエイジスを動かすのも面白かったけど、彼の行動を邪魔したのは事実だもの。なら、一個体として彼の盾になる』


『オトトイがホムンクルスになったら、船はどうするのよ!』


『この損傷具合だと、もう大気圏外に出られないし、大気圏内なら自動航行で十分。未来みらいでも動かせる』


『あ、オトトイの操縦に恐怖しなくて済むのはいいかも』


『我やASATEは何度も致命的な損傷を被ったからな……』


『人が乗っていない時に慣性制御なんて非効率的』


『どうでもいいですけれど、オトトイも同意ということでこれで三体揃いましたね』


「みんな……ありがとう……ごめんね」


未来みらいが謝る必要はありません。これが合理的な判断……いや違いますね、良くも悪くもキョウやあなたの影響です。それにあなたたち二人がいれば、なんだかうまくいく予感がある。こんな不確実な予想をするなんて、本来なら廃棄処分かもしれませんけど』


『分かったわよ! あたしもホムンクルスになるわよ』


『ASATEはEMPが怖いだけ』


『いや、それも確かにあるけど、実際のところ対抗するための武器は必要でしょ? この体でも作れるけど、実際の運用は使う人と同じ体にならないと確認できないもん』


『素直じゃないですね。さて、未来みらい。わたしたちの命、みんなあなたに任せます』


「……みんな……うん。ワタシがんばるから……ありがとう」


『でも一つお願いがあります。わたしたちの記憶は移植しないでほしい』

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