第99話 次のステージ

「普通に起きてくると、それはそれで面白くないのよね」


「いつもいつもいじられる僕じゃないぞ。これからは時間との勝負なんだからな」


『昨日は自室に戻ったのも早かったからね。時間もたっぷりあったし』


「ああ、そういう熟練度の上げ方もある?」


 だからミライは余計なこと言うんじゃないよ。それにプロフ、なんだよ熟練度って。


「で、俺はいつでも準備オーケーなんだが」


 アリオの鼻息が荒い。

 エイジスに乗っていると性的な恍惚でも得られるのだろうか……俄然、興味が湧いて来たぞ?


「反省会が先よ」エフテが締める。


 食後、七人がテーブルに着いて反省会とやらが始まる。

 まあ、先日のヒュドラ戦の経緯を、各自の感想や意見を踏まえて進めて行く。

 あらためて、こういう時のエフテの進行は巧みで、気付きづらい部分とかもフォローしてくれて、じつにありがたい。

 ただ、時間をかけてこんなやり取りをする必要はあるのだろうか。


「あのさ、僕らの思考や行動って常に差分がバックアップされてるんだろ? そのログをまとめて報告書を作るってのはダメなの?」


 プライバシーの侵害を常時行っているミライに対する牽制をしてみる。


『あのさ、キョウの頭の中、思考の全部を言語化して文章に残して皆に開陳したくてたまらないっていう衝動を抑えられないならそうするけど……』


「会議一択だな!」危ねぇ、墓穴まっしぐらだ。


「本音と建て前、知らないフリをするのも人間関係の維持には欠かせないでしょ?」


「不思議だよね、AIだった頃の記憶は無いけどさ、思考ログが筒抜けになってるって考えたら羞恥心がすごいのよ。これも人間化の弊害なのかな?」


「私は弊害じゃなく美点って思う……」


「プロフはなんとなく隠し事が多い感じがするもんな」


 エフテ、サブリ、プロフ、アリオの意見が続く。


「わ、ワタシは、皆さんの思考ログは見ていません。変換機能もありませんから」


 なんとなくメロンに視線を送ると、彼女は両手を振って弁解する。


『そうそう。データを把握するのはボクの仕事で、メロンは知らないよ。それにボクだって、皆のプライバシーは尊重してるよ? あくまでも情報の一つとして、作戦遂行の確率向上のために行っているだけなんだから』


 逆に言えば、ミライが見たくない知りたくもない皆の本音に触れなくちゃいけないってことなんだよな。

 超能力者が他人の思考を覗けるって、最初は楽しそうだけど、人間不信に陥るだろ? ってか、僕らは人間じゃないからどうでもいいんだけど。


「キョウの性癖はどうでもいいとして、これからの事を考えましょ。まずPPPだけど、これは次の目的地を調査中ってことでいいのよね、メロン」


 エフテが失礼なまとめ方をして会議を進める。


「はい。前回と同じように衛星からの索敵待ちです。二日程度で惑星全域をスキャンできますのでお待ちください」


「じゃあそれまで特に船を移動させる必要は無いとして、何をするか。ミライ、残りのエイジスの改造は?」


『急ピッチで進行中。ハード的な改造は終わってるんだけど、生体素子の定着に二日ほどかかる。その後、四人のパーソナルデータ、主に今の体に合わせて内部を成形するのに一日、データの反映に一日ってところ』


「四日ってところね。それまでシミュレータかしら?」


『うん。エイジスの操作に特化した身体操作プログラムがあるから四人にはそれをやってもらいたいんだ。個人別のカリキュラムを作ってあるから、さぼらないでやってね?』


「内容による……」げんなりしたプロフ。


「あ、あたしはやっぱり兵装開発が向いてるかも」あたふたするサブリ。


『プロフには機動力重視のプログラム。Dドローンみたいに皆の盾役になって欲しいんだ。サブリにはもちろん装備の製作もお願いしたい。その為にその体があるんだからさ』


「え、人体実験しろって?」青くなるサブリ。


『そうじゃないよ。装備を製作するだけなら自動加工機でできるでしょ? でもそれって今まで作ったことのあるモノなんだ。皆の体で運用する、今まで存在していない兵装ってのは、その体に合わせて作るしかない。ボクには使い勝手ってやつが分からない。エイジス用のブラックホークが暴発したのもそれが理由の一つ。サブリが実際に使うことで、装備は完成する』


「なるほどな。対EMP用の兵装ってやつ、これまで存在してなかったわけだもんな。よし、サブリ、じゃんじゃん作ってくれ! 俺が試す!」


「あなただけが使うわけじゃないでしょ? それにその度に腕を壊してたらキリがないわ」


 アリオの意気込みにエフテが苦笑で返す。


「でも、そうだね。誰でも使える安全安心な武器を作れるのは、あたしだけってことだ。そのためにもあたし自身がエイジスでそれを保証しなくちゃ!」


 暴発騒ぎを思い出し反省と共に静かな闘志を燃やすサブリ。

 安全安心な武器ってのがブラックジョークだけどな。


「私は盾……避けるだけじゃなく脅威を防ぐ」


 プロフは自分の世界に入りブツブツと呟いている。

 この子は操縦AIとして優秀だったのかもしれないけど、皆の心の奥底に恐怖を植え付けているのは、避ける事に特化した操縦をしてきたからだろう。

 その操縦技術を活かし、自律した存在として飛来する脅威に対抗できるとすれば、攻撃担当の個体は、それに専念できる。

 それは活路である、と頭の片隅で何かが呟く。


「俺はどうすればいい?」


『アリオはシミュレータに入る必要ないから、じゃんじゃんエイジスに乗って、データ取りと稼働時間の延長を果たしてよ』


「おお! 望むところだ! ずっと乗っていてもいいぞ」


 電子アシストがあればずっと乗っていられるらしいけど、ボディコネクトのみでどこまで稼働できるか、今後の作戦にとって大きな課題だ。


『アリオのサポートに誰か一人付くようにしてね』ミライが苦笑する。


「それじゃあ、わたしたちがエイジスに乗れるまで、順番でシミュレータに入り、アリオのサポートして、兵装の開発ってことでいいわよね」


 皆の返事にブレは無い。

 さすがエフテ、不満を吐き出させ、うまく纏めるもんだ。



 各自が動き出した後、あらためてエフテに礼を伝える。


「ありがとうね。エフテがいれば、三か月も無駄にしてなかったかもね」


「買い被りよ。わたしがいたところでエイジスの改造は進まなかった」


 そりゃあそうなんだけど、お前が怪我してなければ、何か違う打開策でも見つかっていたかもしれないだろ。


「それでもさ、なんていうか、帰って来てくれてありがとう。それと、あの時、僕を庇ってくれてありがとう」


 本音は違う。

 自分を犠牲にして僕なんかを庇いやがって! という憤りは今も残ってる。

 それでも僕の身を案じてくれた、その事実に対してはきちんと感謝を伝えておく必要がある。


 エフテは少しだけキョトンとした顔をした後、なんだかすごく悲しそうな顔で俯いた。


「わたしはね、そんな風に言ってもらえる存在じゃないのよ。むしろ、あなたに恨まれたって仕方のない人間……人間じゃなかったわね」


 その悲しそうな顔に何も言えず、エフテは僕の前から走り去る。

 お前はなんで、そんなに自分を卑下するんだ?

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