第98話 越えられた停滞
失神していたアリオは装甲車が走り出すと目を覚まし、ドヤつく前にサブリに怒られていた。
いわゆる、全裸正座ってやつだ。
狭く暑苦しい帰路だったが、ヒュドラを倒した高揚感と達成感、なにより、皆が無事だった安堵感もあり、雰囲気は良かった。
格納庫に帰還すると、大気の入れ替えの後、メロンとミライが出迎えてくれた。
「お疲れ様でした」メロンは僕らに向かい深々とお辞儀をした。
「ドラマとかだとさ、真っ先にキョウに抱きつくんじゃないの?」
サブリが珍しく軽口を叩く。
『後でたっぷり抱きつくから大丈夫だよ』
「な、ちょっとミライ!」
メロンのすまし顔が一瞬で崩壊する。
ていうか何が大丈夫なんだよ。
「もう、せっかく大勝利で帰って来たのに、気が抜けるわね。でも、皆、お疲れ様でした。特にアリオ、本当にありがとうございました」
エフテがアリオに向かって腰を折る。
「よせよ、結果オーライってだけで、俺としては見苦しい戦いだったって反省してるんだから」アリオは苦笑しながら頭を掻く。
「体は大丈夫?」
「ああ、痛みはキツかったけどエイジスとリンクを切れば嘘みたいに消えたからな。こっちのカラダの操作に若干の違和感はあるけど、すぐ戻るだろ」
プロフの気遣いに快活に返す。
それにしても。
「ブラックホークの暴発ってなんだったの?」
「えー、あれはそのー」僕の疑問に歯切れの悪いサブリ。
『単純に倍に拡大して作ったからね、強度計算もしてないから素材と剛性が炸薬に耐えられなかったんだよ』
「ちょっミライ、知ってたなら教えてよ!」
『さすがに試射くらいしてたかと思ったんだ。それにハッタリのつもりもあったのかと』
「つまりサブリは、安全が担保されていない攻撃手段を決戦に持ち込んだと」
どの口がアリオを責められるんだよ。
「まあサブリも悪気があったわけじゃなく、結果的に毒と風の首は倒せたんだからオーケーだろ? ありがとなサブリ。お前のおかげで俺は男になれた」
少ししょげていたサブリが目を見開く。
「え、いや、やめてよ、こっちこそ碌な準備も出来ずにごめん」
「はいはい、とりあえず片付けて休みましょ。ゆっくり休んで、それから反省会ね。メロン、今のところはそれでいいでしょ?」
「はい。またPPP反応を探す必要があります。しばらくはここに留まります。センサーも復帰しましたので、何か変化があれば連絡します。今はゆっくりお休みください」
「正直、僕らはあんまり疲れてないけどな」苦笑しておく。
「これから疲れる癖に……」プロフうるさいぞ。
「否定しないところがキョウらしいわ」サブリうるさいぞ。
「はいはい、さっさと洗浄して休みましょ」
エフテに促され、僕らは全員で戦いの汚れを落とし、自由な時間を過ごす。
僕は食事を摂った後、自室に戻る。
「お疲れ様でした」
ベッドサイドに腰掛けていたメロンが立ち上がりお辞儀をする。
「だから僕は何もしてないってば」
あまり労われると、逆に嫌味に感じるんだぞ?
一応、メロンの頭をぐりぐりと撫でておく。
「それでも、この三か月停滞していた障害を越えることが出来たのは、アリオだけじゃなく、皆のおかげです」
「エフテとミライの貢献は大きいけどな」
二人の登場が無ければエイジスの改造も完了しなかったし、精神的な安定感も得られなかったと思う。
全員集合して初めての作戦。
だからこそ、その結果にも大きな意味があると思った。
二人でベッドに腰掛けながら、あらためてメロンが真実を黙っていた理由を考える。
エフテはともかく、ミライが登場していれば戦局は変わっただろうか?
その場合でも、エイジスの操作を行う仕組みを考えれば、僕らがホムンクルスである説明は不可欠だっただろう。
「僕は、どんなAIだったの?」
「……ですから、昔の事なので覚えていないんです」
不意打ちのつもりだったが、いつものように躱される。
僕も、過去の事なんかどうでもいいと感じる割には、メロンとの関係性、いや
「そう言えばさ、僕らの容姿や性格とかって何をモデルにしたの?」
「……適当」
「いや、適当ってことはないだろ? それぞれに特徴的な外観だし、それに食事の嗜好なんかも違うし」
覚えてないけど、リクエストでもしたのだろうか。
「……正直な話、造形はミライの担当です。嗜好などのパーソナルデータは分かりません。キョウの味覚がどこかおかしいのは事実です」
そんな深刻そうに言うなよ。僕が欠陥製品みたいじゃないか。
あれ? それじゃあエフテの視力とかも……。
「僕の味覚やエフテの視力って何らかのバグなの?」
「この船の設備でできることは限られていました。皆さんがちゃんと動けていることの方が奇跡に近いと思います」
人を模した存在。元は人ですらない存在。
客観的にそれを観測できる人間がメロンしかいない訳だから、多少おかしなところがあっても気付かないってことかな。
「結果オーライだね。少なくとも体を動かすことに関して違和感はないからね。でも、エイジスの操縦は自信がないなぁ」
「こうなってしまった以上、ポイントやレベルなどと言う設定は必要なくなりました。全て承知の上で慣れていただくしか……キョウは乗りたくありませんか?」
「あ、いや、乗りたくないってわけじゃないんだ。ただ自信がないだけで」
正直な意見を抑え、意地を張っておく。
「ワタシは、あなたに乗ってほしくない」
メロンは僕の胸に寄り添いながら小さな声を零す。
「それは、僕が上手く乗れそうもなく、やられちゃうかもって心配?」
軽く抱擁を返しながら苦笑と共に聞く。
「そうじゃないの……あなたに背負わせたくないだけ」
「僕らの目的や、人類の存亡ってこと?」
「ワタシも一緒に戦いたい……」
僕の質問に答えずそんな望みを告げる。
「この星の大気、メロンには毒なんだろ? それに人が乗れるエイジスは無いんだろ?」
ヘルメット式のスーツで外に出るとしても、EMPを食らえば生命維持装置や各種制御機器はやられてしまう。
だから外気に対応できるホムンクルスを作ったんだろう。
僕らは、生身の体であってもそれ自体がパワードスーツみたいなものだ。
「結果として、皆を危険に晒して、ワタシはのうのうと船に残る……」
「だから、唯一の人間なんだって自覚しろって、僕らが全員死んでも、メロンが「金色の羊毛」に辿り着ければ勝ちなんだろ?」
「そんなの、勝ちじゃない……」
たった一人生き残り「金色の羊毛」に願う。
その時、メロンはどうなる?
幻想生物の発生を止めてもらい、人類が生きる土壌を作ったとして、彼女が一人なのは変わらない。
僕らだって、途中で破壊されたり、残り約二年半の時間が過ぎたりすれば、意識体になり、
結局、その時にメロンが泣いていても、僕は彼女を抱きしめられない。
だから受肉を求める。
そんなご褒美を与えてもらえるかなんて何一つ分からないし、これだけこの星で好き勝手に暴れる僕らが、そんな資格を得られるかも分からない。
それでも信じて続けるしかないんだ。
僕は、多くの移民船団の人たちの死因と同じ、自死だけはメロンに選ばせたくないと強く思った。
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