第97話 対ヒュドラ!

「エイジス、森を抜けるよ!」


 銃座からサブリが簡潔に告げる。

 その声と同時に、アリオのエイジスが、走る!


 いつ消えるか分からないモニターから、前面の強化ガラスへ視線を移す。

 ゴーグルは透過モードで各種データだけを表示させる。

 データは、エイジスの稼働時間、予想稼働可能時間、そしてアリオのバイタルだ。


 ヒュドラは緩慢な動きで五つの首を持ち上げる。

 真ん中の本物の首以外は、首を模した発射管。

 これまでも観察はしていたが、エイジスを回収することに神経を集中していたから、こんな風に冷静に見ることもなかったな。


「EMP照射!」


 ゴーグルにアラートが走り、表示や車内灯がわずかに明滅するが、エイジスは止まらない!

 残り30メートル。

 左から二つ目の首が火球を放つ。

 アリオは右にステップし余裕を持って躱す。


「よし!」声が出る。


「次弾来ない、行ける!」サブリも昂っている。


 残り10メートル!

 右にステップし、相対距離を維持しながら反時計回り。

 ヒュドラも追従し、こちらから見て右二つの首がそれぞれ攻撃を放つ。

 

 ドンッ! という音はニードルガンの発射音。

 

「風! 散らされたみたい!」


「毒も撒いたわね」


「エイジスのフィルターでなんとかなる! ていうかアリオ息止めて!」


 サブリ、無茶言うなよ。

 大丈夫、ヤツの毒を圧縮エアで食らっているけど、アリオの動きに変化は無い。

 リズムを変えたステップを続け、ニードルガンを連射しながら背面に回る。


「外皮、固いね……」


「先に首を落とした方がいいよ!」


 プロフとサブリに言われるまでもなく、アリオも気付いている。

 ただ、良い位置を取ろうにも、ヒュドラは機敏に動く太い四肢で素早く姿勢を変え、火球と毒と風を吐く。

 その中でも、風。

 圧縮した大気を射出する攻撃は、エイジスを吹き飛ばす。


「ダメージは無いけど、翻弄される!」


「盾役が必要……」


「近づけないわね」


 火球は次弾まで三秒ほどの間隔があるが、風は呼気を利用しているのか、エイジスの細かなステップに対応し接近を阻む。

 

「まさか風に手こずるとはな……」


 風は、ニードルを防ぐだけじゃなく、エイジスの動きを規制する。

 エイジスの残り稼働時間は三分を切った。


「どうする? レーザー撃つ?」


「FF(Friendly Fire)警報が出て撃てないよ……」


 それならば、向かい風すらも切り裂く鋭利な刃なら……。


「キョウ、ダメよ」くそ、なんで分かるんだこいつは。


 エフテの声に続いて、運転席から伸びたプロフの手が僕の腕を掴む。


「プロフ……」


「キョウが行くときは私も一緒。でも今はアリオの番」


「そうね、それにアリオなら大丈夫」


 珍しい、エフテが希望的な言葉を紡ぐなんて。


「回り始めたね、え、どこ撃ってるの?」


 サブリがエイジスの動きに疑問を呈する。


「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、足を止めるのよ」


 だらりと腕を下げたエイジスは、闇雲にニードルガンを撃ちながら、ただヒュドラの周りを周っているように見える。

 ……なるほど、針で削岩とはな。

 

 ヒュドラも踏みしめる大地の変化に気付いたのだろう、移動を続けるエイジスから、ほんの少し意識が足元に向いた。

 同時に砂状に砕かれた大地に足を取られる。

 大きく姿勢を崩すヒュドラの背面から急接近するエイジス。

 左手にはブラックホーク!

 ドンッッ!!

 ひときわ大きな轟音が響き、風と毒を放つ首が二つ吹き飛ぶ。


「やった! あれ?」


「やっちまったな!」


 僕らの視線の先、ブラックホークと共に、エイジスの左拳から先が消失していた。

 暴発かよ!


「結果オーライ」エフテは冷静だ。


 急接近したエイジスは、破損した左腕で火球を放つ首をかち上げ、ニードルガンを真ん中の首、ヒュドラの顔面に向けて連射する。

 ドドドドドドド!

 残弾の全てを叩きこみ、残響が消える頃、戦場に動くモノはいなかった。


『ぐおぉぉぉぉぉぉ!』


 ゴーグルを通して聞こえるアリオの絶叫。それは最初、勝鬨かと思った。


「プロフ、出して!」エフテの指示が早い。


「え、ちょ、アリオ大丈夫?」


「今確認したんだけどね、彼、ゲイン調整でフィードバック効率を二倍にしてるのよ」


「ドーピング……」


『まるで身体強化の魔法みたいだね。ボクが教えたんだけどさ』


 ミライが通信で加わる。

 身体強化?

 フィードバックって、エイジスが食らった攻撃を倍で感じてる?


「どんだけマゾなのよ! 修行僧じゃあるまいし! あたしの調整じゃ不満ってこと?」


 サブリが怒っている。


「ミライ、外部から強制停止して」


『あーごめん、対EMP対策で遠隔機器を載せてない。短距離発信するから近付いて』


「あれ? 対EMPなのに、フィードバックって電子アシストで操作してるんだろ?」


『神経伝達のゲートは生体素材なんだ。増加減は電子信号でやるんだけど、EMPを食らった時の倍率が維持される』


「それで、感覚が倍になってるってことか」ハイリスクハイリターンだな。


 アリオの叫び声が続く中、装甲車はエイジスに辿り着く。

 エイジスはヒュドラから離れた大地でゴロゴロと転がり悶えている。


『止めるよ。ハッチも開けるからアリオを救出して』


 ミライの声の途中、暴れる駄々っ子のようなエイジスが急に停止する。

 僕らが装甲車から飛び出すと、四つん這いの姿勢で止まっているエイジスから、でろん、とアリオが零れ落ちる。


「アリオ!」


 仰向けで虫の息のアリオの口に、サブリが同期用のドリンクを流し込む。


「ゴホッ! ガホッ! おい、よせ、やめろ!」


「がまんしなさいよ! 無茶して! なによあたしの調整が信じられないの? 痛みで死ぬことだってあるんだからね!」


 サブリは目の端に涙を浮かべながら飲ませるのを止めない。

 そんな初めて見るサブリの激情に驚き、アリオも抵抗を止める。

 いや、失神してるのか?


「お、おい、サブリ、ちょいやめ!」


「何よ! アリオもキョウも無茶ばっかりして、こっちがどんなに怖い思いしてるかなんて知らないくせに!」


 サブリを抑えようとした腕を振り払われる。

 いや、だって、しょうがないだろうが。


「サブリ、アリオが死ぬわよ。ほら、文句は後でたっぷり言いなさい。今は帰りましょ?」


「……うん、グスっ、うん」


「キョウ、アリオ運んで」


 サブリをあやすエフテを横目に、僕に指示を出すプロフ。

 

「なあ、僕一人で持ち上がると思うか?」


 しかも体表の同期剤? ぬるぬるでねちょねちょなんだぜ?


「私、エイジス積まなくちゃ」


 プロフは言いながら、機敏な動きでキャリアに走り去る。

 くそ、何が悲しくてローション塗れの男を抱えなくちゃならないんだ。


 それにしても、感覚が倍になるのか……。


『ホムンクルスの体でやろうとすると瞬間負荷で恍惚死の恐れがあるからおススメしないよ』


 ミライの声がゴーグルに響く。

 まさかと思うけど、僕の思考はなんらかの技術でダダ漏れなんだろうか?


『データの差分は記録してるって言ったでしょ?』


「おいやめろ」


『今更なにを……バレて困るような思考しなければいいのに。それに今までキョウが考えて行動した全てがキョウなんだから大丈夫だよ』


 大丈夫! じゃねーよ。人権が息してねーぞ!

 僕はできるだけ余計な思考を止めてアリオを引きずることに集中する。

 くそ、あんなことやこんなこと、妄想すらも自由に出来ないなんて!


『安心して、ボクの口は固い』


 硬い違いだろうが! こいつ、ホントにメロンと同じ人格だったのかよ。

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