第89話 パラダイムシフトの果て

「僕らに記憶が無かったのはそういうことか……でもサブリの記憶は?」


「それこそが改変なのよね」エフテが答える。


「前にエフテが言ってたヤツか、過去の記憶を持たされて五分前に生まれたとか」


「ウソぉ、あたしのこの記憶って嘘なの? ウソぉ、ちょっと気持ち悪くて吐きそうなんだけど!」


 オーバーアクションで嘆くサブリ。


「人間の歴史でも、体験したことのない記憶を持ってる例なんてたくさんあるんだから我慢しなさい」


「まあ困らないけどね」


 エフテが諭すと、サブリはけろりとした顔で舌を出す。


「サブリちゃんはもう少し繊細なデリケート感が必要……」


「でも疑似記憶をプロフが持ってたら大変だったな、どうしようどうしようってアタフタする様子が目に浮かぶ」


 アリオが笑い、プロフが膨れる。


「ホント、そのチョイスは高評価ね。能天気なあたしで良かった」


「……あなたたち、ショックじゃないの?」


 みんな、意図的に考えないようにしてたのか、エフテのそんな問いかけに黙ってしまう。

 自分が人間じゃなく、人造人間だった。

 移民船団が存在しない。

 アルゴー号が最後の生き残り。

 メロンが最後の人間。


「結局のところ、僕らの行動は何も変わらない……」


 他に選択肢が無いって自虐を込めて話す。


「まあそうだよな「金色の羊毛」を手に入れればいいんだろ」


「あたしとしては当座の脅威にどう対抗するか、そこが問題なのよね」


「私は一緒にいたいだけ……みんなと」


「はぁ、だってさ、メロン。誰ひとりあなたに文句を言うわけでもなく、かといって気を遣ってるわけでもなく、そういう風に創ったからかもしれないけど」


「そんなわけ、ない……」


 小さな呟きを零すメロンはずっと俯いている。


『ね、だから言ったでしょ? さっさと明かして協力を募った方が好転するってさ。そうすればボクだって表に出られるし、それにお話だっていっぱいしたい』


「ミライはそれでいいの? 肉体が無い状態で生かされてる現状に不満はないの?」


 エフテの質問はメロンを責める意図じゃなく確認のためだろう。


『肉体を持ったことがないからね。端末に繋がっていれば、どこにでも行けるから、皆の方が大変だなぁって思うくらいだよ。だいいち、意識ってなに? 肉体を持つ意味ってなに? ボクは確かにここにいるのに』


 そんなミライの疑問に浮かぶのはメロンの裸身。

 肉体を経由したつながりは僕にとって特別なものだ。


 絆、信頼、愛情、そんな言葉じゃない、もっと根源的なもの。


「甘いモノを食べられる。美味しいよ……」


「だからさ、それすらも疑似記憶で再現できるんだってば。ああ、セントラルで味わった三ツ星レストランやスイーツ三昧の記憶も嘘だったんだよ」


 お前はここでフルーツしか食ってないだろうが。


「過去なんてどうでもいいだろ? 今はメシも食えるし体も動かせる。俺はその、意識と肉体の不自由さ、みたいなものが嬉しいけどな」


「アリオの感じてる主観だって創られた記憶かもしれないじゃない」


『みんなが起きてからいじった記憶は無いよ。それはボクが保証する』


「だとさ」


「それを信じる根拠は?」


『無いよ。何一つ証拠も無い。じゃあエフテはさ、自分の発言が自分の脳内から正しくアウトプットされてる自信ってある? 配慮、遠慮、深慮、そんなフィルターを通して本音が建前にすり替わったりしてないの?』


「……そうね、誰が何を考えてるか考えるだけ不毛だわね。発言した内容だって撤回できるわけだし」


『ボクから見るとさ、皆のそんな反応全てが、データベースにある人間の思考パターンとなんら変わりがないんだよね。なら人間とホムンクルスの差ってなんだろうね? 昨日まで人間と思ってて、ホントはホムンクルスだ、って言われ一体何が変わったのかな?』


「変わんない……かな」


「思うところはあるけど、今の優先順位はそこじゃない」


「何はともあれ「金色の羊毛」を手に入れる。そうすりゃ人間の滅亡は避けられるんだろ?」


「そうなのよね、メロン一人じゃ生殖だってできないわけだし……あれ、じゃああたしたちの生理を抑える薬ってのも嘘ってことか」


 プロフ、エフテ、アリオ、サブリ。

 皆は順番にそんな理解を示すけど、大事なことを意図的に避けている?

 僕らがホムンクルスであると決定した以上逃れられない事実があるんだけど。


『だからメロン、何も変わらずやっていけばいいんだよ』


 ミライにそんな言葉をかけられたメロンは僕を見る。

 すがるような視線の中に、辛そうな意志が見える。

 それは、僕がこれまでずっとメロンに感じていた焦燥だ。


「やることは変わらないんだけどさ、意識は変えないといけないよね」


 皆に声をかける。


「奉仕される側とか主従関係とか?」エフテはわざと悪役を気取る。


「そんなんじゃない。ねえメロン。ホムンクルスの寿命は前に聞いた通り?」


 再び俯いて黙り込むメロンの姿は肯定を表している。


『起動してから概ね三年、これは間違いない。寝台にもっと本格的なメンテ機能があれば延命できるんだけど。それに材料の予備もエフテでほぼ使い切った。もう皆、怪我しないでね』


「ってことは、残り二年半ってところか、メロンか俺たちかってことが切り替わっただけだな、うん」


「ヒュドラが倒せなくちゃ状況は悪くなる一方でしょうが……光明は見えたけどさ」


「私たちの三年後、結局どうなっちゃうの? 腐り落ちる? 両手両足は無くなっても甘いモノが食べられればいいんだけどな……」


「ちょっと想像させないでよ。それに肉体を失っても人格と記憶のバックアップはできるでしょ?」


『今の脳を失えば電子脳に保存だけどね』


「生体脳とどう違うの?」


『EMPを食らうとヤバい』


「それは……怖いわね」ミライとやり取りしたサブリが身を震わせる。


『現在の肉体を失えば電子化のバックアップは出来ても、安全の為、シールドされた安全区画に保管するしかない』


「この船にAIが無い理由はそれか……」


『万が一に備えてだけどね。ボクや皆みたいに有機素材を用いた人工生体脳ならいいんだけど、戦闘中に船のAIが機能停止とかゾッとするでしょ?』


「でもどうやってバックアップを? 俺たち最前線だぜ」


『破壊された瞬間までならバックアップが取れるから安心して』


「どうやって?」なんとなく予想はできるけどな。


『ゴーグルや随伴ドローンが絶えず差分を記録してるよ』


「破壊されても、このボディの耐用年数が過ぎても、死ぬことは無い、か」


『そうなんだけど、エイジスを運用できなくなる』


「なんで、ミライだって乗れたんだろ?」


『乗っただけだよ。作業程度の動きは出来ても、上位種と戦うなんて無理。だからボディコネクトなんて改造を施してるんだ。キミたちのボディはエイジスの核でもある』


「まあ、厳しい条件なのは変わらないでしょ? ねえ皆、あらためて確認ね。AIだったわたしたちに人類の存亡を賭けるなんて義理はないけど、せっかく得られた命だから、こんな荒唐無稽な挑戦に使ってみてもいいかなって、それが生きてる意味かもって、わたしは思うのよ」


 生きる意味、か。


『そんなもん、ワタシにもあなたにもありませんよ? 強いて言うなら「生まれた以上は、死ぬまで最も長く生き続ける」ことが意味でしょうかね』


 メロンの言葉が浮かぶ。

 だから僕は言わなきゃいけない。

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