第88話 ホムンクルス

「だって、メロンは人間だからね」


 言葉の意味が理解できない。


「そんなはずないだろ? 前にエフテが殴って、血を見たじゃないか」


 僕らに流れる紫色の血液と違う、メロンの口元から流れる赤黒い液体を思い出す。


「だから、メロンこそが人間なんだってば」


 僕との関係を〝人間とホムンクルス〟と彼女は言った。

 それは嘘じゃないと。


「じゃあ、人間とホムンクルスって……」


「わたしたちこそが創られた存在なのよ」


 パラダイムが切り替わる。


「ついでに言うとね、船のAIは存在しないし、移民船団も存在しない。厳密に言えば、ここにいる存在の全てが移民船団。テラの最後の生き残り」


 僕らは与えられた情報に戸惑い、何も言えない。

 メロンが黙っている理由は、エフテの言葉が真実である証明か。


『さて、そろそろボクにもしゃべらせてよ。やっと表に出られたんだからさ。オホン、初めまして。ボクがミライです』


 円筒形のボディから聞こえる電子音声は、幼い少女を連想させた。


「六人目……」プロフが無意識に呟く。


『正しくは、ボクが一人目なんだ。最後の人間、未来みらいちゃんの人格をコピーして生体脳に移植された存在』


「えっと、つまりメロンがミライでお前さんもミライってことか?」


『人間としての未来みらいちゃんはメロンという名前になり、未来みらいちゃんからコピーされた人格がボク。元は一緒だけど、ご覧の通り性格も思考も、ついでに容姿も全然違う。これが環境による変化かな? 未来みらいちゃんの違う未来とも言える』


「ちゃんと、全部、説明してくれ」


 僕の口からは、やけに掠れた声が出たが、実はそれほどショックを感じていない。

 これも僕がホムンクルスだからこそか?

 それとも、無意識に想定していたのだろうか?


『もちろん全部話すよ。もういいよね、メロン。そもそもキミが一人で抱える必要だってなかったんだ。それはエフテも分かってくれてる』


「あなたたちが納得するか分からないけどね、わたしは理解出来たわよ」


 エフテはとても穏やかな顔をしている。


『まず前提として、未来みらいちゃん、分かりづらいからメロンって呼ぶけど、彼女が最後の人間であることを知ってほしい。この星を攻略するのは初めてじゃないんだ。前回の侵略の際に船団は壊滅し、この船とメロンだけが残った。考えてみてよ、たった一人残されて、絶望を感じて自暴自棄になってもおかしくなかった。でも彼女は一縷の希望に賭けた』


「金色の羊毛」自然とその単語が出た。


 途切れ途切れの記憶がミライの言葉で補強される。


『そう。彼女は「金色の羊毛」を使って人類の再生を考えた。でも一人じゃ無理だ。実際、彼女もエイジスに乗って戦った一人で、船団は最後の敵まで辿り着くこともできた。でももう一歩及ばなかった。逃げられたのはアルゴー号だけ』


 僕の脳裏に、いくつかの情景が浮かぶ。


「僕らは、何者なんだ?」


『……電子化された存在』


 言いよどんだ後、端的で簡潔なひと言。


「俺たちは、AIだったのか?」


『そういう理解でいいよ。ボクとメロンは残されたホムンクルス用の素材を使って、電子化された人格を元に、一緒に戦える仲間を生み出した。でも素材は少なくて五体しか造れなかった。戦闘に特化した二個体を男性体として造り、その時点で素材が足りなくなりそうで、三体目は小さくなった』


「わたしをオチに使うのはやめてよ」エフテは笑う。


『反動でサブリは大きく、プロフが小さくなったのはご愛嬌。そこにボクの体は残ってなかったんだ』


「だからその中にいるのか」


『そ、生体脳としてね。皆と違ってボクは専門職でもないし、元は未来みらいちゃんだから、メロンの話相手でいいと思った。逆に体が無いからさ、考えるしかなくて、これでもメロンのアドバイザーとして頑張ってきたんだよ?』


「……ギガスの時、エイジスに乗っていたのは」


『ボクだよ。生体脳だけを載せたんだ。メロンも未来みらいちゃんの時、エイジスに乗っていたけど、今現在、人が乗れるエイジスは無いんだ。その理由はEMP対策としてホムンクルス専用に改造してるからなんだ』


「改造?」暗闇に光が差すイメージが浮かぶ。


『うん。ボディコネクトと言って、AIがホムンクルスを操縦する技術なんだけど、これは皆の活動データが役に立ったし、皆にもフィードバックできた』


「キードリンクか」


『そうだよ。体の操作はまさに操縦だ。それに慣れた皆は、有機部品だけで構成されたエイジスを自分のカラダの延長線として操作できる。AGISはAGIのSkinなんだ』


「今まさにヒュドラのEMPに対応できないんだけど……」


『皆のデータを活用できる。ホムンクルスを前提として改造すれば、サブリが抱えている問題は解決できるでしょ? だから種明かしに出て来たんだ。エフテも完治したし、まだまだ制限もあるけど、これで皆もエイジスに乗れる』


 それは問題の解決と新たな火種にもなった。


「あたしたちは、兵隊として創られたってことなのね」


『前回の戦いで「金色の羊毛」を守護する〝眠らずの竜〟まで辿り着いた経験を元に、EMP対策が施されたエイジスが五体あれば、勝算が、確率があったんだ。メロンはもちろん自分で戦おうと考えていたんだよ? でもボクが止めた』


 ミライは一度言葉を止めて、僕らの発言が無い事を確認し続ける。


『その理由は分かると思うけど「金色の羊毛」は生身の人間の前にしか現れないんだ。これは船団の歴史に記録されている。確証は無くても、たった一人残った彼女を危険に晒す訳にはいかない。だから立場を変えたんだ。皆を、戦う理由がある人間として自覚させる』


 もし僕らが目覚めた時、お前たちはたった一人の生き残りの姫のために戦うために創られた存在だ! 姫を守れ! って言われたらどうだっただろう?

 仰せのままにと従っただろうか?


「なんで、自我なんか残したんだ?」


 アリオのもっともな疑問。

 命令に従順な、思考しないロボットとして運用すればもっとスムーズに事は進んだんじゃないのか。


『ベースにしたAIにそもそも人格プログラムがあって、人間と共存していたからね。その自律思考システムの有効性は長い歴史の中で証明されている』


「人間を模倣するなんて非効率って思う……」プロフが呟く。


「そうでもないらしい。人間の戦闘時の判断力や柔軟性は人工頭脳を凌駕する、だっけ?」


 何度かメロンに聞かされた話を口に出す。


『そうそう、よく覚えているねキョウ。人間のとっさの判断力、直感といった不可思議な思考システムを解明するために、AIに汎用性を持たせた。AGIというのはまさに人間とAIの良いところを相互補完できる存在なんだ。結果として皆の思考柔軟性は人間と遜色ないほどになっている』


 これまでのたくさんの議論や討論を思い出す。


「人格を残したならAIだった時の記憶だって残して良かったんじゃない? もっと上手く対応できたと思うけど」サブリの疑問。


『ホムンクルスの体を手に入れて、元の記録が残っていて、今回のミッションに素直に賛同できたかな? 前回の敗北を知っているAIたちは、最初から効率や確率を考えて、動けなかったんじゃない?』


「わたしのことね。十分に考えられるわね」


 エフテは自分に対する皮肉と捉え自嘲気味に笑う。

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