第87話 目覚め

 結局、僕らは何も有効な手立てが無く、初戦から三か月が経過していた。


 五本首の竜は、正式にE―S03ヒュドラと名付けられた。


 アリオはエイジスで何度か立ち向かった。

 最初からボディコネクトを活用しても、EMP攻撃によって完全硬直に陥る。

 その度に大きな損傷を受け、僕らが回収した。

 だんだん面倒になり、ワイヤーを繋げておいて、動けなくなったらウィンチで引っ張った。

 長距離からレーザーも撃ったが、光学兵器用のバリア的な何かに遮られた。


 そんな中、損傷が増えるエイジスを見てられなかったんだろう。

 サブリがキレた。


「対策が出来るまで、もう絶対乗らせないから!」


 そう言ってエイジスと共に工作室に籠ってしまった。

 悔しそうなアリオも訓練室に籠ること数日。


「おしっ! 最高点更新したぞ! ちょっくら行って来る!」


「生身でか? アホか、ダメだって!」


 体の練度を上げてどうにかなる相手じゃないだろうが。

 あれはエイジスじゃないと無理で、今のエイジスじゃダメだって、身を持って理解してるだろうに。


「申し訳ありませんが出撃は許可できません」


 エイジスでの出撃は仕方なく許可していたメロンも、こんな状況であれば頑なに拒否を続ける。


「じゃあどうしろってんだ! 時間ばっかり経って、もう三か月だぞ!」


 ここしばらく大人しかったアリオが爆発した。

 気持ちは分かるけど、今はサブリの改造を待つしかないだろうが。


「みんなうるさい、静かにして」


 ソファで膝を抱えたプロフが呟く。

 サブリは工作室に籠りっぱなしで状況は分からないし、エフテの状況も大丈夫としか伝えられず、気持ちばかりが焦る。

 焦る? 何に? ……そう、制限時間だ。


 そんなタイミングでサブリが久しぶりに顔を出す。

 疲労にまみれた表情から、彼女の作業が上手くいっていないことを察する。


 フードコンソールからオレンジジュースを注いで、一息に飲み干した後、僕らに向き直り、泣きだした。


「ごめぇぇぇん、上手くいかないのよぉぉぉ」


 エイジスがヒュドラのEMP攻撃に対応できなくては状況を打開できない。

 その対策が上手くいかないと言われても、僕らにはどうすることもできない。


「それは、サブリの能力か? それとも別の要因か?」


 アリオは感情を抑えて聞く。


「う、グス、ボディコネクト自体の伝達効率は上げられたんだけど、タイムラグが取りきれないの。これまではそこの伝達を電子アシストで対応してたんだけど、EMPの常時照射に晒されると、秒単位で遅延が起きるの」


 えぐえぐと泣きながらそんな説明をしてくれる。


「でも、それだって大したもんだろ、今までヒュドラとやる時は完全硬直してたんだからさ」


 正直、すごいと思うぞ?


「五秒が一秒になったところでヤバいのは変わらないでしょ? 時間停止と同じレベルなんだよ?」


 そう聞くと、ヤバいと思うけどな。


「カラダの遅延は地下でも味わってる。それを加味した動きをすればいいだろ? 大丈夫だよ」


「EMPをどんなタイミングで照射されるか分からないのに?」


 アリオが優しく諭すと、すぐにプロフが指摘を入れる。


「対応してみせる」


「無理よ、少なくとも私は回避できない」


「じゃあどうしろって言うんだよ!」


「落ち着けよ! 怒鳴ったって何も変わらないだろ?」


 アリオとプロフの口論に口を挟む。


「キョウ、お前はいいのかよ。ヤツを倒せなければ、時間だけが過ぎるんだぞ? それとももう降参か? メロンが間に合わなくてもいいのかよ」


「いいわけないだろ! でも今はサブリを頼るしかできないだろうが」


「エイジスを使わず、俺とお前でなんとかできるかもしれないだろ?」


 今までの感情的な物言いを抑え、ゆっくりと問いかけてくるアリオ。

 それは合理的じゃない意地だけで歩む死地への誘い。

 ヒュドラを倒すには電子機器を使わず、短刀と銃を用いる。

 そこまでは読めても、あいつを倒せても、僕らが無事でいられる結果を読み解けない。

 そこで終わってしまったら、あいつを倒すことに拘る意味はあるのだろうか。


「エフテちゃんがいないと単純な作戦立案もできないなんて……」


 プロフが呆れたように苦笑する。


「出撃は許可できません」


 メロンは僕をまっすぐに見て言う。

 真剣な眼差し。

 成功確率とか作戦の成否を考えている目じゃ無い。

 それは、単純に僕を案ずる想い。


 この三か月、メロンは僕を避け続けている。

 まるで僕と二人きりで会う事で、大切な何かを損ねてしまうかのように。

 でも、僕がお前を案ずる事も認めろよ。


「お前の時間が間に合わない」


「それはどうでもいいんです」


「いいわけないだろ? このまま対抗手段が見つからなければ、あっという間に時間が経って、そしたらお前はどうなるんだよ」


「ワタシは、ワタシのことなんて考えなくていい……」


「考えるさ! だって、お前がホムンクルスだからって、僕はお前の事を!」


 僕の言葉の途中、メロンは踵を返し寝台室に向かう。


「メロン!」


 僕が言う事を聞きたくないのか。

 ああ、僕だって公衆の面前でお前に想いを伝えようとするなんてどうかしてる。

 そんな事は、分かってるんだよ。


 制止の声を振り切ってメロンがドアを開けると、そこに、エフテがいた。


「エフテ……」


「あら、珍しく愁嘆場かしら?」


「エフテ!」「エフテちゃん!」「エフテぇぇぇぇぇ」


 久しぶりのエフテの姿に僕らも口々に驚くが、メロンも驚いている様子。

 イヤイヤと首を横に振りながら後ずさる。

 それに合わせ、エフテが居間に歩を進めると、傍らに高さ1メートル、直径30センチほどの円筒形の移動式カート?


 エフテと一緒に、車輪を転がしながら円筒が居間に入ると、寝台室への扉が閉じる。


「それで、今度はなんの諍い? まあ、聞いていたんだけどね、ミライと一緒に」


「ミライって……え? ていうかエフテ、お前、体はもう大丈夫なのかよ」


 色々と混乱しているが、真っ先に気になったのは彼女の安否。

 左腕の欠損は、思い出しても生々しくて胸が苦しくなる。


「あら、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。この通り」


 エフテは左腕を肩で回してみせる。


「すごい再生技術……」あの怪我を見ていたサブリも感嘆の声を上げる。


「メロンが、かいがいしく治してくれたわよ。材料は使い切っちゃったけどね」


「材料? それって、どういう意味だ?」


 まさか、機械化したのか?


「そのままの意味よ。まあ運び込まれた時からしばらくは意識も無かったけど、目が覚めた後でミライが教えてくれたのよ。どんな修復をしたとか、それ以外の事も、いろいろね」


「修復?」アリオがエフテの言葉に反応する。


「それより、もめ事を片付けましょ。現状、ヒュドラを倒す方法が見つからなくて、このままじゃ時間制限に引っかかって、メロンの稼働時間に影響が出るかもって話しでしょ? 大丈夫よ」


 エフテはアリオの問いかけを躱し、彼女らしいリーダーシップを発揮する。


「ヒュドラを倒せる?」


「それもなんとかなるだろうけど、メロンも問題ないわよ」


「さすがエフテ!」サブリが調子よく声を上げる。


「問題ないって、間に合うってことか?」


 エフテは穏やかな顔で、問いかけた僕を見返しながら頷く。

 そして厳かな雰囲気を纏いながら、彼女は、まるで何かの宣言を発するかのように一つの言葉を紡ぐ。


「だって、メロンは人間だからね」

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