第86話 森の奥

 無人回収車でピックアップされて帰宅したアリオは、エイジスの中からデロリと零れ落ちた。

 体の動かし方を忘れたみたいだったけど、メロンが用意したドリンクによって復活した。


「いきなり体を失った感じがしたぞ」


 その感覚、僕も夢で味わったことがある。

 泣いてる人を、抱きしめることができなかったんだ。


「体を操作している信号をエイジスに回すからだよ。ただ、その維持にずいぶんとエネルギーが必要みたいだね」


「当座は、電子アシストをメインに運用します」


「EMPは……今考えてもしょうがないよね!」


「なあメロン。頼む。魂の前借でもなんでもいいから、俺からエイジスを取り上げないでくれ」


「レベルってさ、操作系の定着率みたいなものなの?」


「……はい。起きてからの時間ではなく、どれだけ体を使ったかによって熟練度が上がり、結果としてエイジスの操作効率が上がります。現時点でも運用はできますが、稼働時間の制約があります」


 それが三分。まるで変身ヒーローみたいだな。


「ドリンクを飲み続けながらじゃダメなのか?」


「エイジスに乗っている間、そのカラダに対し自律行動はできません。完全にエイジスと同化して、同期剤を外部タンクから補給しても、稼働と供給が追い付きません。今は〝アリオ〟に慣れることが先決です」


 格納庫の中、三人の会話が続き、僕とプロフは蚊帳の外だ。

 ふと、メロンが動きを止め、左耳のインターコムに手をやる。


「うそ……なんで?」


 呟きと共に虚空を見上げる。

 脳内で何らかの映像でも見ているのだろうか。

 なんとなく、その緊迫感から話しかける事も躊躇する。

 まさか、エフテに何かあったのか?


 緊張を解き、ため息を吐いたメロンに聞く。


「何があった?」


 メロンはしばらく迷っているみたいだった。

 僕を見て、エイジスを見て、皆を見て、それから僕に向かって話す。


「……新たな敵の反応を感知しました。恐らく、これを倒さないと次のステージに進めません」


「どこに出たんだ?」


「森の最奥です」


 アリオの問いに、メロンは素直に答える。


「何体で、どんなヤツだ?」


「一体、PPP反応は強大です」


―――――


 アルゴー号は飛翔可能になっているが、敵の攻撃力が分からないため、飛行接近は行わない。

 よって、エイジスにフライトユニットを装備し、威力偵察することになった。

 稼働時間の制限があるため、アリオとエイジスのボディコネクトはギリギリまで作動させない。

 発動まではエイジスとのリンクを切り、フライトユニットの操作だけに集中する。

 両手両足はエイジスに拘束されているため、視覚と音声で操作を行うんだとか。どうやるんだろう?


「こればっかりは乗ってみないと説明できないな」


 アリオは僕の疑問に笑いながら答え、発進準備を整える。

 背中に装備したフライトユニットは、地下で僕らを助けてくれた時の装備だ。

 高圧エアを使って対地効果で飛翔する。

 そのため、極端に高い高度は取れないし、そもそもが偵察任務なので、森の中をゆっくりと浮遊しながら進んで行く。


「私たちも行きましょ」


 メロンが探知したPPP反応は、ここから約3キロの森の中。

 道中は微細な反応すら存在しないらしく、遠方からの援護と、いざという時にエイジスを回収するため、無理やり同行を許可してもらった。


 僕らは、エイジスのキャリアーを後部に接続した装甲車で追従する。

 運転はプロフ。

 ナビシートに僕。

 銃座にサブリ。

 これは中遠距離射撃能力の高さによる人選なのだ。


「だいたいさー、ちっともレベル上げする環境じゃないわよね。極端だと思わない?」


 走り始めると銃座でサブリが毒づく。


「次から次へ強敵。バランスが悪すぎる」


 プロフも続くが、ドラマのように都合の良い展開で進むとは限らんだろうが。

 現実の世界では、やり直しもできないんだから。


「意外と進みやすいな」


 時速に換算すれば10キロほどか、木々はそれなりに密集していて、さすがに直進を続けられないが、エイジスと装甲車の進行を阻む障害物は無い。


「強大なPPP反応って、どんなヤツかな? このところずっと人型ばっかりだから、たまには違うのがいいな」


「フラグ立てるなよ。火を吐く竜とか出たらどうするんだ?」


「キョウの方がフラグみたい……」


「でもさ、こっちにはエイジスもいるし、レーザーだって単体の敵には効果的でしょ?」


 サブリはレーザー銃を撫でながら言う。


「レーザーが効けばな。それに、そろそろ嫌な予感もするんだよな」


「特殊攻撃……」


「EMPとか? 今のところコウモリだけだよね? そもそもなんでそんな機能を持ってるんだろうね?」


「さあな、進化したんだろ」


 ……だからエイジスだって改造が必要だったんだ。

 また、中途半端な理解が浮かぶ。


「前にもあたしたちみたいな侵略者がいたってこと? そっか、ギガスの斧とか、オークの槍とか、その当時の遺物だったりして……」


『ここで止まろう。索敵ドローンを先行させる』


 サブリの話はアリオからの通信で途切れる。


 約1キロ手前で停止した僕らは、ドローンからの映像を注視する。


「もうすぐ、見える」


「……あれは、なんだ?」


 森の中、直径100メートルほどの木々の無い平原。

 その中央に小山?

 灰色の歪な塊に、木の幹がいくつもまとわりついている異形。

 ふいにその幹がシュルリと動き、画面がオレンジ色に染まったと思う間もなく、暗転。


『堕とされた。火球か?』


「ついにファンタジー攻撃が!」


「竜?」


 いや、あれは。


『複数の首を持つ生き物だ。待機時の全長は5メートルほど』


「火を吐く竜ねぇ、エイジスの耐火性能って確認してなかったよ」


「どうする?」


 今までならこのタイミングで頼れるリーダーの声があった。

 行くか、戻るか、それすらも躊躇してしまう。


『倒さなきゃ進めないんだろ? 試しに当たってみよう。お前らは近付き過ぎるなよ?』


 そんな宣言に対し、僕らはうまく反応できない。

 危険なんて元より承知しているし、進むためには行くしかないって分かるけど、僕はずっと気乗りしないモヤモヤした感じが続いている。


 浮遊したまま進むエイジスに続く。

 もうすぐ、木々の無い空間。

 まるで、戦いのためにあつらえた闘技場みたいだ。


『こっからは足で行く』


 木々の途切れた境界線。

 アリオはニードルガンを装備し、ボディコネクトを繋げた。


 フライトユニットの推力も併用し、エイジスが走る。

 異形が待機姿勢を解く。


「五本首……」プロフが呟く。


 ヒュドラ、と頭に名前が浮かぶ。

 火、酸、毒、風を放つ首と、食らうための首。


 だが、目に見える攻撃は何も無かったのに、エイジスはいきなり失速し、もつれるように転ぶ。

 まだ10秒も経ってないぞ!

 次の瞬間、車内のモニター類が消灯。


「EMPだ! 動力切り替えろ! 有視界で回収するぞ」


 僕の声にすぐ反応するプロフ。

 装甲車の予備の駆動系や、キャリアーの回収アームは機構が単純な空圧などで回路が組まれていてEMPの影響を受けない。

 エイジスを急いで積みながら思う。

 戦いの場にすら立てないなんて、と。


 五つ首の竜は、僕らが敗走するまで追撃もせず、つまらなそうに首を丸めた。

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