第85話 1対3

 エイジスが開口部からスロープを歩いて降りると、すぐに格納庫のハッチが閉まる。

 空調が働き、気流を感じる。


「アリオ、大丈夫かな」


「地下と同じよ。アリオがダメならここで終わるだけ」


「僕じゃダメなのか?」


「どうかな。たぶん大丈夫だろうけどさ、キョウは手札とかチップじゃない、ギャンブラーそのものだから安易に出ちゃダメなんだよ」


「すごくよく分かる。サブリちゃん天才」


「そんなことより、始まるよ」


 僕の存在意義は、よく分からない例えと、そんなこと扱いで一蹴される。

 確かに、余計なことを考えてる場合じゃないしな、アリオの行動をしっかりと見なくちゃ。

 脅威に対し、身を挺して戦いの場に身を投じた男の姿を。


 格納庫のモニターは前方全景と、エイジスとオークキングの各個体を追うカメラによってマルチアングル化されている。

 アリオのエイジスはAGIS03。斥候のオークキングは画面にはS02Bと識別表示がある。残りはS02CとS02Dだ。

 それにしても、AGIS03、三号機ってことか?


 そのエイジスの歩みは遅い。ゆっくりと大地を踏みしめながらじっくりと進む。

 S02Bはエイジスに気付き、警戒しながらこちらもゆっくりと近付く。

 相対距離は30メートル。


 その距離が近付き、呼吸すら忘れるほど緊張が高まる瞬間、エイジスが追従カメラから消えた。


「えっ?」


 誰から出た言葉か分からないけど、三人とも同じ感想だったのは間違いない。

 ダッシュで一気に距離を詰めたエイジスは、慌てて棒立ちになったS02Bに銃を向ける。

 S02Bを追っていたカメラが映す映像には、その上半身が消え、足だけが棒のように二本残っていた。

 上半身だけ消えた。……いや、消えたんじゃない赤い霧に姿を変えたんだ。

 最接近し、広範囲に射出された硬質の針は、硬い毛も頑丈な肉体も関係なく、微細な構成素材に強制分解した。


「えげつない……」


 プロフの呟きも分かる。

 なんという非人道的兵器。

 撲殺だろうが、絞殺だろうが、刺殺だろうが、命を刈り取る結果は同じでも、さっきまで意志を持って自律行動していた存在が、肉片と血の霧に変わるってのはどうなんだ? 意識はどうなる? そこに留まるのか? 散ってしまうのか?


「ま、手法は考えてもしょうがないよ。同じことをいつか返される覚悟は持つ必要はあるけどね」


 サブリの苦笑に、僕の仲間が同じ死に方をした時の事を想像する。

 少なくとも、骨や皮を再利用されないだけマシか、と見当違いな感想を抱く。


 アリオはまたゆっくりと、森に向かって歩いている。

 時折、腕を上げたり、シャドーボクシングの様な動きも見せる。


「馴染んできたね」


「サブリ、ボディコネクトってなんだ?」


「んー、あたしたちがさ、自分のカラダを動かす時ってどうやってる? 手を上げる時、手を上げろって指令を出してる?」


「指令を出す……って感じじゃないな」


「いつ、どこから、どんな速度で、どのくらいの力で、どの位置まで、可動域の範囲か、稼働エネルギーは足りているか、干渉する物体は無いか、そんなたくさんの要素があるにも関わらず、それを無意識に行ってるんだけど、それってすごくない?」


「言われてみれば、すごいな」


「ロボットや外骨格の運用って、いろんな操作系、インターフェイスがあるんだけどさ、どれもこれもタイムラグがあるのよね。もちろん自分のカラダだって遅延はある。でも自分のカラダを動かすように動かせる機体があれば、自分が強力な装甲を纏ってパワーも増幅された拡張した自分自身になる。これがボディコネクト」


「五感も含め、自分が一回り大きくなる感じか」


「そうそう。それに駆動系も有機素材で構成され、神経伝達も人が筋肉を動かすのと同じ仕組みを使うから、極端に言うと電子制御が不要になるの」


「EMP対策?」


「プロフ正解。厳密に言うと、神経伝達には電子アシストを使ってるし、通信やセンサー類、フライトユニットや各種武装なんかの電子機器は併用してるけどね。必要最低限の行動だけなら内臓燃料を使った有機構成動力を用いた運用が可能なの」


「そりゃすごい」


「感心してるけど、キョウはずっとそういった存在を目の当たりにしてるじゃないの」


 サブリが胡乱な目で僕を見る。


「……ホムンクルス」


「その通り。って、次、始まるよ」


 向こうの二体は状況を正確に掴めていないのか、どうしたらいいのか躊躇している気配も感じる。

 Sクラス故に、汎用オークみたいに背中を見せて逃げられない制約でもあるのか、それでも感じる恐怖によってなのか、半歩ずつ後ずさりしている。


 向かって左側のS02Cに急接近したエイジスは、先ほどよりも接近した為、ニードルガンの破壊範囲が広がらず、中間の胴体を吹き飛ばす。

 支えを失った腕の付いた胸から上は、何も反応できずに腰に落下した。

 一気に全高が低くなったS02Cは、生命活動を停止し、すでに奇怪なオブジェに変わっている。


 アリオは止まらない。

 先ほどまでの緩慢な動きはどこへいったのか、全力疾走で最後のS02Dへ向かう。

 そしてまた消失。


「飛んだ!」


 エイジス専用カメラからは消えたようにしか見えなかったが、俯瞰した全景カメラには、10メートルほど手前から跳躍し勢いの付いた放物線を描きながら強襲するエイジスが映る。

 それでも、腕をクロスして防御姿勢を取るオークキングの反射神経と動体視力は大したものだ。

 迎える攻撃が、そんな対応では何の意味も無いだけだ。

 正々堂々だの、真っ向勝負だの、ここにあるのは戦いの矜持や尊厳なんかじゃない。相手を滅する、ただそれだけを行動原理にする者同士だ。


 上空から連射で放たれた数千本の針は、固い大地すらも砂塵に変え、そこには赤い砂が残る。

 それが、戦いの痕であり、S02Dが存在した微かな証となった。

 その痕跡を作ったエイジスは足からは着地できず、平原の上を数度転がり、止まる。


「アリオ!」思わず声が出る。


『大丈夫だ、着地のフィードバックが予想以上に大きかっただけだ』


 痛みを感じさせる声だったが、どうやら無事の様だ。


「勝負にならないなんて……」


「さすがアリオ、初戦で乗り熟しちゃうかなぁ、普通」


 青褪めるプロフと、苦笑するサブリ。

 だが、モニターの先にいるエイジスは動かない。


『こ、こちらアリオ、う、動かないんだが』


 ガレージの奥の扉からメロンが飛び出して来て、コンソールを確認する。

 なんで一緒に観戦しなかったんだろう?


「伝達系のリンクがオーバーロードしています。すぐに回収車を出します」


「んん? 機体側のエラーはどこにも出てないケド?」


 サブリも近づき、僕にはさっぱり理解できない画像や数値を見てメロンに問う。


「……これがレベルが足りないと乗れない理由です」


「……ドリンク不足みたいな?」


「はい。詳しいことは省きますが、三分程度の運用しかできないみたいです……」


 メロンは思いつめた顔をしている。

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