第84話 エイジス
「お前たちは待ってろ!」
アリオは早足で格納庫へ向かいながら僕とプロフに強く言うが、僕もプロフも納得できない。だから一緒に付いて行く。
「レベルが足んないならあたしだって乗れないよね? なんでご指名?」
サブリは緊張した声を出す。
なんとなく分かるけどな。
サブリは戦闘要員としては適していない。
でも、エイジスの運用には不可欠なんだろう。
それに、アリオだって適正レベルに達していない。
にも関わらず、エイジスを出す必要があるほど、まずい状況なんだ。
いや、僕を生身で出させないためか?
格納庫の扉は、僕とプロフを拒まなかった。
左右に並んだガレージの一つが開いている。
そこに辿り着くと、いつか見た金色の巨人がそこに居た。
全高は3メートルより少し高いか。整備用の構造体に囲まれ、いくつものケーブルが繋がれたエイジスは静かで、まだ眠りの中にいた。
「乗るのも出撃するのもアリオです。行けますか?」
傍らのコンソールパネルで操作をしているメロンは、普段と違う濃紺の作業用つなぎを着て、一瞬、そこに居ることに気付かなかった。
「おう! 俺に任せろよ!」
こいつは、何一つ不安や心配事が無いのだろうか。
乗ったこともないくせに、ちゃんと動かせるかも分からないのに、そして、アイツらと戦って勝てるかだって分からないのに。
「ねえ! あたしは何すればいい?」
さっきまで不安そうにしてたサブリも戦わないと分かったからか、嬉しそうな目でエイジスを見ながら聞く。
いや、単純にコイツをいじれるのが嬉しいってだけか。
「サブリは駆動系の簡易チェックを」
「りょうーかい!」
慣れているのか、それがエンジニアとして当たり前の資質なのか、サブリはすぐに機体に貼りつく。
「アリオは服を全部脱いでください」
メロンがパネルに映し出された数値やエイジスの外観図を見ながら声をかけてくる。
「おう! 了解だ!」
アリオは言いながら、室内着を引きちぎる勢いで全裸になり、仁王立ちする。
「ハッチを開けますので、乗り込んでください。すぐに慣れますからガマンしてください」
「よく分からんがいいぜ!」
アリオの返事の前に、エイジスの胸部がガパァっと開く。
その内部は、何と言うか、生き物の内臓を思わせる色と質感だった。
そこに躊躇なく足から飛び込むアリオ。
「ぬおっ! ヌメッて、あっ! おうふ……」
ヌプヌプと粘性の高い液体の音を立てながら、乗ると言うより沈み込むアリオは、普段の彼からは出ないだろう気色の悪い、喜色に満ちた声を出す。
肩から上だけが見える状態で固定された彼の顔は、冷え切った体が温泉に浸かったような恍惚とした顔をしている。……温泉ってなんだ?
「アリオ、きもい……」言うなプロフ。
「それにしても、乗るって感じじゃないな。着るって感じか?」
サイズ的に言っても、パワードスーツか、甲冑とも言えるか。
「ボディコネクトのフィードバックチェックを始めます。アリオ、右腕を上げてください」
「お、おう。……どうやるんだ?」
「ご自分の右腕を上げてください」
「む、……上がらんぞ?」
「いえ、大丈夫です。アリオ側の出力とエイジスの入出力チェック完了。伝達効率56%、基準合わせやって……えっと、ゲイン調整して……もう一度お願いします」
「よく分からんが、これでどうだ?」
アリオは声を出すが、エイジスに変化は無い。
「78%、ギリギリですね」
メロンは様々な数値が変化する画面を見つめ呟く。
「アクチュエーターの可動域干渉チェック終わった。外装ロック問題なし。本体はOK! オプションと武装は?」
「フライヤーは使いません。念の為、外部動力を背負わせます。あの敵ならニードルガンが最適です」
「ブレードは?」
「自傷の危険がありますので持たせません」
サブリとメロンのやり取りを聞きながら疎外感を感じる。
「なあプロフ、あいつら何を話してるか分かるか?」
「分からないケド、ニュアンスは分かる……気がする」
仲間がいて良かった。
「アリオ、聞いてください。敵が近付いています。警戒しながら、船の前方50メートル付近まで接近中です。慣れるまでは大変だと思いますが、銃を持たせます。これを使って射殺してください。但し、射程が短いです。10から20メートルほど、至近距離であれば即死させられます。発射可能回数は、約50回です」
メロンが見ている画面上には、外部の様子も映し出されている。
オークキング、三体中一体がゆっくりと近付く。
「機動性は望めないってことか?」
「歩くのがやっとのはずです。でも、あなたならすぐに操れると思います」
珍しく微笑むメロン。それは古い友人に向かって信頼を示すような笑顔。
「根拠も使い方も分からんけどな、俺に任せろ」
「ハッチ閉じます。視覚と聴覚、すぐに慣れます。それと、念の為ですが、出来るだけ早く倒してください」
「了解だ」
アリオの返事でエイジスの前面が音も無く閉じ、瞬間、エイジスに命が灯った気配がする。
これはロボットなんかじゃない?
まるで本当に生きている巨人みたいだ。
「サブリ離れて。アクチュエーターロック解除。アリオ、膝に力を入れておいてください」
『お、おお。あ、これは、なんと』
メロンがパネルを操作すると、エイジスの外部スピーカーからか、アリオの焦る声が聞こえる。
同時に、エイジスがぎくしゃくとした、生まれたての小鹿のような動きをする。
「あれ、大丈夫なのか?」
隣に戻ってきたサブリに声をかける。
「起き立ての違和感や、地下の不調に比べれば軽いでしょ」
こいつは、人に説明する気が無いのか。
それでも予言通り、エイジスは落ち着きを取り戻した。
『なるほどな。こういうことか……操作方法を心配して損したぜ。武器をくれ、出るぞ』
「背部にマウントしてあります。指先で探ってみてください」
『お、こうか。へえ、まるで俺だな』
エイジスの右腕は腰の後ろにセットされていた無骨な銃を手に取る。
取り損ねたりせず、実にスムーズな動きだ。
握られた銃は、サイズ比から言うと銃身の太い拳銃だ。
グリップからはフレキシブルホースが背面に伸びている。
動力と、弾の供給か?
「ニードルガンって?」
「微小な針を高威力、高速で大量に射出する武器よ。一度に数千回の刺突を食らわすから、対象はバラバラになるわね。接近する必要はあるけど、連発できるから、動きに慣れてない現状では最適な兵装ね」
サブリは腕を組み、うんうんと頷く。
『出るぞ』
ゆっくりとした歩みで、エイジスはガレージから出る。
「対象は正面に居ますので、サイドハッチから出てください。地面の感触は大丈夫ですか? ペインアブソーバーの伝達効率は下げていますが」
『もう少し返してくれ。多少痛い方が、逆に怪我をしないもんだ』
「分かりました。ワタシは別の部屋でコントロールを行うので、みなさんはご自由にしていてください」
メロンがいくつかコンソールパネルを操作した後、ガレージの奥にある扉に消える。
直後、サイドハッチが開口する。
コルテスの外気が格納庫を満たし、アリオが声を上げる。
『アリオ、エイジス、出る!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます