第82話 閑話(眠らずの竜)
エイジスのコクピット内は、さっきからずっと警告音が鳴りっぱなしだ。
警告音なのに、うるさいと感じなくなっているのは問題なんだが、慣れって怖いな。
機体も、僕もボロボロだ。
慣れるほどに長く激しい戦いは、スーツの耐衝機能を越え、その結果、僕の体は致命的な損傷を受けている。
ここからどうやって逆転するか考えても、キーノからの回答は撤退の二文字がずっと続いている。
撤退?
何の意味がある?
この機会を失って、もう一度仕切り直しだと?
たった二人で、惑星相手にどうやってリベンジマッチが興業できるんだよ。
最大戦力だったんだぞ? 約200機のエイジス。
多くの仲間を犠牲に、多くの敵性生物を屠った。
でも、最後の、アイツには届かない。
ヴォン
暗闇と静寂が訪れる。
クソッ! まただ!
パッとコクピット内に光と警告音が戻る。
その一瞬でまた機体はリセットされ、自動防衛もできずアイツの攻撃にさらされる。
EMP兵器。
なんで生体のアイツがそんな機能を有しているかなんて知らない。
ここまでそんな情報は無かった。
だからこそ、確実に勝ちを取るために投入した約200機のエイジスは、間抜けな的になって羽虫のように落とされた。
もちろん、対EMP装備だってある。
でもアイツのEMPは、エイジスに搭載されているAIや、使われている電子機器を一瞬だけ機能停止させる威力を持つ。
一秒にも満たないたった一瞬。
アイツにとっては僕らを死に至らしめる十分な時間だった。
僕たちはその影響を受けなかったが、エイジスと兵装はダメだ。
常時使えない制約はあるみたいだが、効果的な瞬間にアイツはEMP攻撃を使ってきた。
荷電粒子砲を初めとする光学兵器。
自動制御された誘導兵器。
当たりさえすれば傷を負わせられるだろう僕らの爪や牙は無力化された。
実体剣も持っているが、超振動による切れ味を封印されれば、アイツの体にはわずかな傷しか付けられなかった。
アイツを倒すには、斬れ味の鋭い実剣や、火薬式の火器しか通用しないのか……。
フリキとオルギを持ってきていれば、エイジスを降りて、やり合えたかもしれないな。
それでも!
『キョウ! だめ、戻って!』
みんな死んだ。
何世紀も旅をしてきた、お互い名前も性格も知らない何万もの人々。
ここは、やっとたどり着いた「金色の羊毛」が存在する希望の楽園だった。
例え幻想生物に支配されていたとしても、だ。
老朽化した船団は、もう別の宙域まで渡る力を残していなかった。
この星に賭けるしかなかったんだ。
そして、多くの犠牲と殺戮の果てに、やっとここまで辿り着いた。
撃ちすぎて変形した粒子砲を斉射する。
知ってるよ、効かないって!
アイツの体を覆う「鱗」は一つ一つが独立して動く。
光学兵器は反射され、実体弾にも耐える。
時にはリアクティブアーマーのような反応も返し、すぐに再生する。
アイツはつまらなそうに首を振り、たった一つの火球を放つ。
これまでたくさんの僚機を堕とした火球は、こちらの耐熱限界を越え、しかも速かった。
浮遊盾を展開するジェネレータはすでに過負荷で、仮に展開が出来ていたとしてもその仕様では火球を防げない。
万事休す。
無謀で玉砕覚悟な行動なんて重々承知だ。
未来を怒らせ、悲しませることだって分かってる。
でも、僕ら二人も、もうすぐ終わる。
どちらが先に終わるか、それだけの違い。
だから、すぐ会えるから、さよならだって言わない。
それは意地みたいなものだった。
『キョウ!!!』
耐衝スーツを着ていても感じる大きな衝撃を左側に受ける。
それがアイツの火球じゃなく、未来の乗るエイジスの体当たりだと気付いた時には、彼女が乗る機体の左腕が消失していた。
「未来!!」
バカ! ろくに動かせもしないくせに! 後ろで待ってろって言っただろ!
意識せず反応だけで機体を制御し、彼女のエイジスを抱え全速で離脱する。
視野に固定されたアイツは、離れる羽虫にはなんの興味も持っていない素振りで、その体をゆっくりと丸めた。
それはまるで穏やかな陽光の下で貪る午睡の様に見えた。
巨大な地下空間。
誰もいない古代都市。
荘厳な白亜の城。
色とりどりの花に満ちた庭園は広く、アイツが巨体を丸めてもまだ余る。
そんな幻想的で美しい舞台だったが、そこは僕たちにとっては死地で、人が記録した最後の戦いの場所となった。
―――――
荒れ果てた地表から、脱出してきた大穴を眺める。
あそこは、やっとたどり着いた場所だったんだ。
アイツさえ倒せれば終わったはずの終着点。
ここに突入する時は、それを信じて疑わなかった。
僕たちが終わる想像なんて、これっぽっちもしていなかった。
幸い未来は無事だった。
エイジスから降りた僕は、破損したヘルメットから流れ込む大気に晒され、咳き込む。人にとって有毒な成分が、自分の肉体に与える影響を思い出し、それが内外傷も含め、既に修復不能なレベルにあることを理解していた。
それでも気を失っている未来をエイジスから降ろし、その横に寝転ぶくらいの行動は出来た。
左腕のデバイスで救難信号を発信する。
あれだけ存在していた僚機の反応は既に無く、あるとしても無人機が残ってるくらいだ。
もう、誰もいないのは知っていた。
ならば、僕が死んで、未来が生き残ったとしてなんになるんだろう。
僕は、ヘルメットに覆われ目を閉じたままの彼女を眺める。
このまま一緒に行った方がいいのかもしれないな。
彼女のスーツの左胸にある生体維持システムに触れようとして手が止まる。
どちらが、彼女のことを想う行為なんだろう。
無責任に、これから先、一人で生きろと放り出す。
来世を願って、一緒にここで朽ち果てる。
どちらを選んだところで、僕が消えれば世界は終わる。
彼女を観測する対象も無くなれば、彼女が存在する証明もできない。
結局、僕は自然に身を任せる。
選べないから。
主体性がなくてゴメンな。
でも、それでも僕はお前に生きていてほしい。
この瞬間だけでも、僕と未来がいればいい。
信号音が無人機の接近を告げる。
大きな影が見える。
よりによって僕らの船が残っていたとは。
アルゴー号よ、どうか最後のアルゴナウタイを乗せてやってくれ。
コルキスを目指し、金色の羊毛を手に入れられなかった冒険者の棺になってくれ。
『キョウとミライを発見。アース、ASATE、回収急いで。すぐ生命維持を。AUTO TOYは回収後、速やかに離脱。安全圏まで退避』
『キーノ、エイジスはどうする?』
『……彼だったら、回収しろって言うでしょうね』
『なんのためだ? 作戦は終了したのだろう』
『結局、今回も彼は帰ってきた。それならば、彼の確率を上げるためにエイジスは必要だと判断するわ』
『は? どういうこと? 帰って来たって、だってキョウのバイタルはもう……』
『どんな形であれ、帰還確率0%を覆したのは事実』
『そうよ。だから尊重するの、彼の意志を。その意志に、わたしは従いたいんだと思う』
『キーノの計算を悉く覆す変な人間だから、興味があるんでしょ?』
『ASATEだってキョウに頼まれると喜ぶ』
『AUTO TOYだって使われたがるじゃん!』
従えたり、使ったつもりもないけどな。
お前らは、僕の最後の友達だから。
途切れない友達の声を聞きながら、とても安らかな眠りが訪れる。
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