第81話 畏怖

 ここまで、まだ20体程度しか倒してないぞ?

 お前らはまだ100体くらい残っているじゃないか。


 デカい個体の前、一瞬で呼吸を整える。


 数の暴力に対し、恐れずに立ち向かい、草を刈るように歩を進めてきた僕に対し、畏怖を覚えているのが分かる。

 逆の立場を何度も味わったからな。

 だが、長である立場か、それとも中途半端な知性の結果か、キングは涎塗れの咆哮を上げ僕を威嚇する。

 槍を構えて。

 それが僕の逆鱗に触れる。


 お前にとってはどこかで拾った自然物かもしれないが、僕はそれを知っている。

 それは武器じゃない、ただのアンテナだ。

 強度に拘った、硬いだけの頑丈なアンテナ。


 武器ですらないそんなもので、僕を殺せるわけねーだろーが!!


 一息に接近し、槍を断つ。

 もう二度と、こんな用途に使えないように、短く何度でも断つ!

 こいつを殺してからゆっくりと処分する案ははなっから考えない。


 死者に対する尊厳を守ることは、僕の安否より優先される。

 くだらない、バカげた感傷だ。

 でも、僕がそれを弔わなくてどうする。

 それが残された僕に出来るわずかな供養だ。


 キングは手元まで裁断された得物を放り出す。

 武器として使用できないのだから当然だ。

 だが、それすらも僕の怒りに火を着ける。

 

 その汚い手をこの世から消す。

 その穢れた腕をこの場から無くす。

 お前の命であがなえ!!


 キングの四肢を断ったのは、エフテを傷つけられた恨みだ。

 その上で惨たらしく殺したのは、その槍の使用料だ。


 それが代価として高いって文句があるなら、僕を狙ってくればいい。

 ただ誰かが止めないと、賞金は上がり続け、僕は最後まで辿り着くぞ。

 

 気付けば目の前には、湯気を上げるバラバラになったキングだったモノだけが散らばり、あれだけいたオークの群れは、背中を向けて森へ走っている。

 僕一人を怖がるとか、防人としての矜持はどうしたんだよ。


「キョウ……お前は、いったい」


 後ろから声が聞こえる。

 そのアリオの声には、キングも纏っていた、畏怖の響きが隠れていた。


「ごめん、エフテを傷付けた。僕の責任だ」


 なんて思われてもいい。

 自分でもなんでこんな判断をして、装甲車に乗ったアリオすら逃げ出す敵を瞬殺するとか、結果だけ見れば、とても現実感に乏しい行為だ。

 ヤツらと僕の中で、談合でも行われたんじゃないかって疑われたっておかしくない。

 だからゴメン。

 エフテの敵を討ったということにさせてもらう。


 戻ってきた装甲車から降りた三人は、敢えて周囲を眺めまわしたりしない。

 認識したくないか、それによって感じる恐怖を僕に見られたくないか、そんな配慮と思うのは穿った見方だろうか。


「そのエフテちゃんは?」


「メロンが出してくれた救急ドローンで船に戻った、はずよ」


「ああ、遠目から船の後ろの方のハッチにドローンが入るのが見えた。で、傷の具合は? ……命に別状は?」


「左腕……落とされちゃった」


 サブリの声に息を飲む二人。


「どこに敵がいたんだ?」


「死体の山に隠れてたよ……調査の時、修理個所に長く居たから狙われていたのかも」

 

 あいつらのプランなんか知らない。

 偶然だろうが必然だろうが起きたことが全てだ。


「僕が悪いんだ。修理を優先して、警戒も自分の身を守ることも怠った。エフテはそんな僕に腹を立てたんだと思う。それで僕を庇って……」


「それで激高した結果がこれか? やり過ぎだろうが」


 アリオは優しく笑ってくれる。

 この星にとって、僕の行為が罪となるならば、それを一緒に背負う。

 僕にとってはそんな笑みに感じた。

 まったく、都合のいい解釈だな。


「ごめん、頭に血が上ったんだ。ただ、こいつを倒すことしか考えられなかった」


「それにしても無茶し過ぎ……」


「ホントよ! キョウがこっちに走り出したと思ったら、プロフなんか大騒ぎよ? 車停めて飛び出そうとするのを必死で止めたんだからね」


「サブリちゃんだってうるさかった」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、僕はメロンに通信を入れる。

 確認はしなくちゃな。


「メロン、エフテはどうだ?」


『……これ以上の戦闘行為は厳禁です。すぐに戻ってください』


 わずかに怒気を含む声。

 僕に対する不満だろうが、今は僕の質問が先だ。


「エフテは!」


『……命に別状はありません。治療の為しばらくは寝台室で寝かせます。処置を急ぎますので、みなさんは早く帰還してください』


 メロンはそれだけ言って通信を切った。

 今は、エフテが最悪の結果に至らなかったことに心の底から安堵する。


「とりあえず、戻ろう」


 アリオが促し、口数も少ないまま、僕らは装甲車に乗り込んだ。


―――――


 格納庫の前面開口部から船に戻り、各種装備はそのままに、僕らはゴーグルに指定されたドアを潜ると、そこはいつもの洗浄室だった。


「やっぱり洗浄なのね」


 サブリが苦笑しながら僕らを見る。

 安心しろ。そんな気分じゃないから。


 なんとなく距離を取られた感じのまま、いつもより静かな帰還シーケンスが始まる。

 洗浄液が僕の体に付着したオークの返り血を洗い流す。

 エフテから流れる血を思い出し、血で血を洗うなんて言葉が浮かぶ。


 血を流さないと、生きてる実感を、殺した実感を味わえないなんてな。

 だから「金色の羊毛」は生きた人間に拘るのだろうか。

 機械に代行させるんじゃない。

 血を垂れ流しながら、自分の力でここに来い、と。


―――――


「みんなごめん、少しだけ休ませてほしい」


「それは構わないが、船の安全だけ確認しておかないか? 気になってゆっくり休めないだろ?」


 居間に戻り、皆に希望を告げるとアリオがすまなそうに返す。

 正直な話、船が直ろうが、飛べなかろうが、どっちでも良かった。

 Sクラスを倒したんだ。

 また、しばらくは敵を探す羽目になる。

 裏付けも無いのに、そんな確信があった。

 

 でも、彼らの仲間としてこれからも一緒にいるために、僕は向き直る。

 それが一番適切な選択肢だと思ったからだ。


「分かった。メロンに聞いてみよう」


「あれ、でもさ、傾きが直ってるんじゃない?」


 サブリの指摘に、確かにわずかに傾いていた傾斜が無くなっていることに気付く。


「重力制御、直ったみたい。サブリちゃん偉い」


「あーー良かったーー、こんな思いまでして、エフテも怪我して、その上修理がダメだったらなんて思ってたけど、本当に良かったー」


「それなら船も飛べるか? そうすればこんな最前線に留まることもなく余裕ができるだろ?」


 アリオの質問は、ここにいない誰かに向けてのものに聞こえた。

 頼りがいのあるリーダーに、僕らがどれだけ依存していたか理解する。


「メロン、直ったのか? 船は飛べるのか?」


 アリオの質問を無駄にしない為、忙しいだろうメロンに左腕のデバイスで声をかける。


『おかげさまで修理は完了しました。ですが、群体としてのPPP反応は検出できるほどではありません。当座、この場を離れる必要はないと思われます』


「へ? だって逃げ出したあいつらって、相当な数がいたでしょ?」


「ギガスの時とおんなじ……」


「あのデカぶつはSクラスだったのか?」


 また、考えることがたくさんだな。

 でも、エフテ。お前が帰ってきたときに呆れられないように、僕らはきちんとしっかりやらなくちゃな。

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