第80話 エフテの離脱

「キョウ!!」


 エフテの叫び声。

 投げられた刃先は、身動きの取れない僕にまっすぐ向かう。

 視界が遮られる。

 続いて、液体が飛び散る光景と頬を掠め過ぎる凶器。


 エフテが身を挺して僕を庇った。

 そして僕はかすり傷で、エフテがひどい怪我をした事を理解した。


「ロック完了!」


 パネルを固定したサブリの声が、僕という武器を解き放つ引き金になる。

 目の前で崩れ落ちるエフテの安否より、まずは脅威を排除する。

 じゃなきゃ、エフテは何の為に傷を負ったのか分からない。

 脅威排除と手当、それから、皆で船に帰ろう。


 ターゲットまでの距離も一瞬だ。

 この程度、別に足が壊れることもない。

 大地に過剰な足跡が残るだけだ。

 両手にはもう武器を握っている。

 隠していた爪を展開するように。


 絶対に許さない。

 それが、言いがかりだとか、自己欺瞞だとか、そんなものはどうでもいい。

 僕の仲間に傷を付けた。

 罪状はそれだけで十分だ。

 それが気に入らないというなら、僕を何度でも切り刻んで殺せばいい。

 その度に、僕は何度でも蘇るけどな!


 ヤツは投げようとしていた二つ目の刃先を構える。

 投げる前に僕がここに届いただけだ。

 そんな緩慢な動きで! よくもエフテを!

 右の逆手を振り上げながら右腕を切断し、回りながら左の逆手で首を落とす。

 胸元に蹴りを入れ、その勢いを利用して距離を取り、一旦止まる。

 切り離された腕と頭がやっと地面に落下し、ボトリと鈍い音が重なる。


 すぐに見回し、続く脅威が無いことを確認し、短刀を鞘に戻しながら駆け戻る。


「エフテ!」


 自分の声と思えないほどの切迫した声。

 僕が動き出す前に見た光景は、エフテの左腕が切断される光景だった。


「エフテ! しっかり! キョウ、どうしよう、血が止まらない!」


 サブリがエフテの左腕が存在した箇所に手を当て、叫ぶ。

 さすがのサブリも僕らを治すのは不可能か。

 

 以前、怪我をしたときどうするかって話をした時、メロンが言ったことを思い出す。


「メロン! エフテが重傷だ、ドローンを出してくれ。寝台ならなんとかなるんだろ?」


 即死じゃ無ければ、四肢の欠損くらいなら、なんとかなるって言ってたよな?

 だから頼む。

 エフテを助けてやってくれ。


『救急ドローンを出します』メロンの反応も簡潔だ。


 彼女もそれなりに準備をしていたんだろう。


『おい、どうした! 早く退避しろ!』アリオの声もらしくない焦りを孕んでいる。


「エフテが負傷した。回収のドローン待ちだ」


 サブリに抱えられたエフテは、出血のショックだろう、虚ろな目で、浅く早い呼吸を続けながら意識は薄い。

 サブリはエフテの脇を圧迫しているが、肩下の切断面からは、心臓の鼓動に合わせるように、血液が流れ飛んでいる。


『悠長なこと言ってられないぞ! 数もそうだが、デカいヤツが出た。ドローン部隊は全滅だ』


「修理は終わってる! アリオは船に戻れ! こっちはなんとかする」


『……そっちの援護に回る』


「いいから戻れ!」


 僕の叫びにアリオは応えない。

 クソッ、何が正解かなんて分からないけど、苛立ちだけが募る。

 こんな時、エフテならどう判断する?


「なあ、頼れるリーダー。頼む、死ぬなよ」


「……はぁはぁはぁ、き、キョウ……これで、わたし、寝台室、入れるね……」


 それは僕らに対する気遣いだ。

 痛いだろうに、苦しいだろうに、エフテは苦悶の表情の中で小さく笑った。


「ドローン、来た!」


 船体の上部から、コンテナドローンの下部円筒部を寝かせたようなヤツが降りてくる。


『そのカプセルに入れてください』


 横になったカプセルは全長2メートル、直径も80センチほどで、円筒の上部が開いている。

 アリオでも入れそうなその空間は、粘性の高い液体で満ちていた。

 サブリと二人でゆっくりとエフテを液体に沈み込ませると、流れ出る血液の色に染まる。その変化の早さで出血量を理解する。

 そのまま、エフテの全身は液体に浸かってしまう。

 

「え、大丈夫? 溺れちゃう!」


 エフテの顔面が液面の下に沈み、がぼっと息を吐き出すと、そのまま静かになった。


『大丈夫です。運びます』


 上部の蓋が音も無く閉まり、ドローンはそのまま上昇し船体の上部に見えなくなった。


「キョウ、戻ろう!」


 ドローンを目で追いかけたまま呆けた僕は、サブリに肩を揺すられる。

 それをきっかけに、戦闘音が近付いていることに気付く。

 同時に、ヒュウゥゥゥゥという甲高い動力音を響かせ装甲車が船の前方側から姿を見せる。


「戻れって言ったのに……」


 どいつもこいつも、また、自分を顧みずに、僕の元へ来るなんて。

 僕は皆の主人になったつもりはないんだがな。


 装甲車の後ろから、多数のオークが怒号と共に現れる。

 声と、地響きが、冗談みたいな喧騒を運んでくる。

 その中に、ひときわ大きな個体。

 全長5メートルほど、オークをそのまま巨大化させたような姿だが、その存在感に息を飲む。

 しかも、所持する武器は棍棒じゃない。

 鈍く光る、先端がささくれている棒は、槍のつもりか。

 まっすぐな造形は、それがであることの表れだ。

 そんなモノを持つ化け物は、泣いても喚いても、許しを請うても、問答無用で殺す、そんな澄んだ殺意を持った、天災みたいな存在に思えた。


「Sクラス……早すぎるだろ」


「キョウ! なに笑ってんのよ! 逃げなくちゃ!」


『速度落とす。飛び乗れ!』


 接近する装甲車からアリオの通信が入る。

 ご丁寧に後部左側のドアを開けてくれている。

 そんなことしてる間に、銃座で後方に一矢報いろよと思ったが、残弾が無いか有効な手が無いんだろう。

 なにせ、アリオが敗走一択なんだ。


「サブリ、飛び乗るぞ」


「う、うん!」


 装甲車に乗ったところで、果てしない鬼ごっこを続けるのか?

 見たところ百体を越えているこいつらが、一斉に船に襲い掛かって、船はどうなる?

 あいつの槍は、間違いなく船を傷付けることが出来るのに。


『並走しろ! 追いつかれる』


 アリオの声に従い、装甲車の進行方向に向かって走りながら上空に待機させていたDドローンを呼ぶ。

 肉薄するオークの群れに突撃させるが、多勢に無勢だ。

 それでも、Dドローンの犠牲で稼げた時間でサブリは助けられる。


 走る僕らの後ろから装甲車が近付き、最接近したところでサブリを車内に押し込む。


「キョウ!」


 車内から手を伸ばすサブリの手を、握らなかった。


 僕は一度止まり、追走する獣の波に向かって走る。


「バカ野郎! 戻れ! キョウ!!」


 銃座から顔を出したアリオが叫ぶ。


「うるさい! 船の周りを一周して、ヤツらの後ろに出ろ! 挟撃するぞ」


 走りながら答える僕の言葉は、もちろん冗談だ。

 僕の戯言ざれごとを、真剣なプランと考えるだけの時間が稼げればいい。


 数秒あれば。

 下位種に毛が生えた程度の中位種くらい。


 僕は〝眠らずの竜〟と対峙して、生きて帰還した人間だぞ!


 短刀を羽のように広げる。

 気流に乗る鳥と同じ。

 向かい風の中を飛ぶ鳥が、空気抵抗で堕ちることがないように、僕は走る。

 迫るヤツらの武器は届かないし、僕の鋭利な羽は気流ごと肉を斬り裂く。

 まるで筋書きのある演舞の様に、僕は流れるまま、余計な力を一つも込めず、ただ避けて、切り開き、進む。


 抵抗が消え、視界が開けた先、オークキングと対峙する瞬間まで、僕は戦いを始めてから、ひと呼吸もせずにそこに辿り着いていた。

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