第79話 修理作戦開始

「最終確認ね。Aドローン三機、Dドローン三機を上部ハッチから射出。一旦高度を取ってから変形し、周囲の010を一掃した後、前方側の敵を集中して殲滅。わたしたちが出られる状況になったら、アリオとプロフは装甲車で正面ハッチから発進。メインの攻撃担当はAドローン。アリオは遠距離から間引き。できるだけ船に近づけさせないように」


 エフテはそこで一旦区切って、アリオとプロフの頷きを見てから続ける。


「わたしたちはサイドハッチから残りのDドローンと一緒に出撃。サブリが修理部品を持って、約50メートル後方の修理個所まで移動。キョウとわたしは援護しつつ、サブリのフォロー」


 僕とサブリも頷く。


「修理は約30分の予定だけど、そこでダメなら一旦引き揚げてもう一度検討しましょう」


「了解だ。一発で決めようぜ」


「任せてよ! って言いたいとこだけど、結構、勇気がいるわね」


 サブリが苦笑するが、僕だって尻込みしてる。

 外の緑の平原は、大量の死体と臓物と血で染まり、性質たちの悪い地獄絵図だ。

 その惨劇の当事者だから、知らぬ存ぜぬなんて言うつもりは無い。

 ただ、その肉片たちと混ざり合う可能性を覚悟するってだけだ。


「プロフ、船の周りは平坦な地形だけど敵の死骸が運転の妨げになると思う。アリオが銃座にいるから転倒にはくれぐれも注意してね」


「分かってる。大丈夫」


 プロフの目がギラギラしているのが気にかかる。

 そう言えば、地下から脱出した際も皆が彼女の運転を嫌がったんだっけ?


「プロフってスピード狂とかなの?」


「そそそんなわけない」分かりやすいな、おい。


「えっとねキョウ、あたしの中に、プロフに操縦させちゃダメって記憶が鮮明なのよ。理由は分からないけど」


「記憶は無いが、魂がヤバいと叫んでる」


 サブリとアリオが僕に告げる。


「みんな失礼しちゃう……まだ私の運転を見てもいないのに」


「にも関わらず、わたしも含め危険を感じてるんだから、何かあると思うでしょ? 今回だってわたしが運転したいくらいなのよ?」


「エフテちゃん、ペダルに足が届かない」


 エフテは141センチ、プロフは150だったか。

 9センチの差を誇るプロフが珍しくドヤ顔だ。


「はいはい。そればかりじゃないけどね……さて、始めましょう。さっさと修理して、船を飛ばせるようにするところまでが作戦だからね」


 皆で力強く頷き、作戦は始まった。


―――――


 戦端は順調だ。

 三セットのドローンチームは順調にキルスコアを積み上げ、船体の周囲、百体以上のオークを肉塊に変えた。

 すでに、逃げると言う選択肢が無いヤツらを正面側まで倒し、ドローン隊は徐々に前進を続けている。

 船から森までの距離は約300メートル。

 100メートル前方までに動く敵はいない。


「よし、出る!」


 銃座から顔を出しているアリオが告げると、格納庫の正面、車両用発進口と思しき箇所が開口し、ゆっくりした速度で装甲車は船外へ進み出た。

 発進口はすぐに閉まり、内部モニターで情勢を確認する。


「プロフ、意外と安全運転じゃん?」


 ゆっくりと10メートルほど進んだ装甲車は一旦停止する。


「たぶん、いろいろと確認してるんだと思う」


 エフテが呟くと状況に変化が現れる。

 ゆっくり動き出した装甲車は、軽い蛇行や急加速、急ブレーキなどを繰り返したかと思ったら、爆走を始めた。


「ち、ちょっ! プロフ?」


『あ、ああ、大丈夫、車の性能限界を、確認、イテッ、するんだ、そうだ!』


 代わりにアリオが答える。

 ちなみに僕らはいつもの出撃準備を整えていて、ノーマルスーツにゴーグルのセット、各種武装を装備している。

 僕は、短刀も出してもらった。

 皆は嫌な顔をしたけど、使用する許可はエフテが出すということで所持を許された。


 腰の後ろに並べ、左右に抜けるようにマウントしてある。

 柄を握ると、なんとも言えない安堵感に包まれる。

 ちなみに、ギガスの斧を受け破損した刃は修理されていた。

 刃面を眺めたサブリ曰く「まあまあね」とのことだった。


 装甲車はしばらく激しい挙動を続けた後、船から100メートル前方に停車した。

 銃座のアリオがレーザー銃を放つ。

 まばゆい光条が、前方に固まるオークたちを薙ぎ払う。

 チャージ時間に五秒かかると聞いていたが、射程の長さもあり、どこまでも届く光の槍だ。

 それでも、木々やオークの体で減衰して射程は短くなるらしい。

 どうでもいいけど、くれぐれもこちらに向けて撃つなよ?


「状況安定。行きましょう」


 僕らも素早く動き出す。

 エフテと僕は電磁砲を抱え、サブリは交換部品を持つ。

 重さとしては3キロ程度。こんな小さな部品でも、船の活動には不可欠なんだ。

 エフテと同じだな。ちっこいけどチームには欠かせない。


 開口したサイドハッチから目視で敵がいないことを確認し、素早くタラップを駆け降りる。僕とエフテが警戒する中、サブリが降り立ち、後方へ駆け出す。Dドローンも上空から出撃する。


 実際に外に出ると、視覚情報ももちろんだが、生理的嫌悪感を刺激する異臭がものすごいな。

 嗅覚が麻痺することで、いろんな感覚もおかしくなりそうだ。


 010の死体は、あちこちに小山の様に点在し、もしそんなところに死んだふりでもしてるヤツがいたら恐ろしいなと、動体センサーに気を配る。

 昼間で、出来立ての死体もあるから、温度センサーは役に立たない。


 修理個所に辿り着くまで、僕は呼吸すら忘れるほど緊張していた。

 荒い呼吸をしながら、黙々と作業を開始するサブリを見る。

 僕と同じく緊張しているだろうけど、その洗練された無駄の無い動きに感嘆を覚える。


「キョウ、カバー外すからそっち持って」


 サブリに声をかけられ、電磁砲を肩にかけたまま指示に従う。

 50センチ四方のカバーに手を添えたまま、サブリが工具でボルトロックを外すと、ずっしりとした荷重が両手にかかる。


「重っ!」


「我慢して、落とさないでね」


 工具を小脇に、サブリも手を添えて、二人でゆっくり下に降ろす。


「後は大丈夫、警戒してて」言いながらサブリは内側の保護パネルを外し作業を始めた。


―――――


「前の方、静かだね」


 20分ほど警戒を続けていると、先ほどまで聞こえていたアリオの戦闘音が途絶えてることに気付く。


「アリオ、状況は? こちらは順調よ」


『こっちも、と言いたいところだけど、連中、波が引くように森に逃げていった』


「追撃は、しないでね」


『ああ。ドローンも森の中じゃ動けなくなるから、今は森の手前20メートルほど上空に待機させてる』


「変化があったら教えて」


 了解と言うアリオの返答を聞き、エフテは通信を終える。


「20メートルの上空なら、棍棒も届かないか」


「こっちのDドローンも上空からの監視にしましょう」


 エフテの指示で近くに待機していたDドローンが上昇する。


「おしっ、後はカバーだけ! キョウ、手伝って」


「おっ早いな!」


 さっさと取付けて帰ろう。

 僕は電磁砲を降ろし、両手でカバーを持ち上げ、船体に宛がう。

 ふと、何気なく周囲を見回す。


『敵襲だ! 一気に来たぞ!』アリオの声はよく聞こえなかった。


 少し離れた場所にある、敵の死体の山が崩れ、身を潜めていた一体のオークが僕に向かって投げつけたのは、墜落したAドローンからはぎ取った、刃の先端だった。

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