第75話 アルゴー号の包囲網

「いや、助かった。油断した」


 珍しくアリオが余裕の無い顔で、荒い呼吸を続ける。

 僕の腕の中でも、抱き止めたプロフがぜぇぜぇと苦しそうだ。


「メロン、全員戻ったわ。とりあえず放電で防衛して」


 エフテがすぐメロンに要請する。


『そ、それが、放電の射程外まで離れ、遠巻きに待機しています。数は、増えて70体ほどです。20メートル付近から棍棒による投擲攻撃を受けて、修理ロボと死体搬送用ドローンが破壊されました』


「マジですか?」


 サブリがひどく驚いてる。この子は自律機械を友人のように思う感性があるんだよな。


「放電以外の武装は無いのか?」


『惑星破壊爆弾や地殻破壊ドリルミサイルとかなら……』


 話にならない。

 とは言え、こいつらを一定数倒さなければ次のSクラスだって発生しないんだろうから、大量殺戮兵器で森を一掃、なんてわけにはいかないんだろうさ。


「元々、この森が次の目的地だったわけよね」


『はい。予定では2キロ後方の高台に着陸し、少しずつレベルを上げて徐々に侵攻していただく予定でした』


「めっちゃ最前線なんだけど!」


「他の出入り口は無いの? ここ開けた瞬間に棍棒の嵐よ?」


「棍棒一本でもキツイ。飽和攻撃は無理」


 プロフの盾は受け流したにも関わらず凹みが出来ていた。


『現在展開可能な出入り口はそこだけです……』


 そんなはずもないんだろうけど、押し問答しても仕方ない。


「タフで俊敏で身体能力も高くこちらの武装を恐れない。やっかいだぞ」


「おまけに知性も高いわね」


 アリオとエフテが珍しく弱気だ。


「メロン、敵の増援とか詳細な外の様子を教えて。ついでに現在の脅威度も」判断をする為の情報を得よう。


『70体、数、位置共に変わらず。増援は、森の中に待機してます。正確な個体数は不明。船体への攻撃は軽微、今のところ脅威度は無視できるレベルです』


「攻めてこないからいいって言ったって、個体数不明? あんなのが何万体もいたらどうすんの?」


「どうもしないわよ。やることは変わらない。むしろ否応なしに勝手に攻めて来る状態だから、どうあっても状況が進むわね」


 青褪めるサブリにエフテがつまらなそうに答える。

 かと言って、このまま何年も籠城する訳にもいかんだろうし、もっと大量に襲われたら船だってどうなるか分からない。

 いくつかの亀裂や、スラスター、ベクターノズルなど、物理的なシールドはされていなかった。


「修理できなければここで終わり」


「その修理をするロボたちはやられちゃったのよ?」


「なあメロン、修理ロボって予備は無いのか?」


『待機状態の完成機はありませんが、追加生産可能です』


「それも壊されたら……」


 いたちごっこだな。


「エイジス……」アリオが呟く。


「わたしたちが知る対抗手段としては、それが最高の選択肢なんだけどね。それを手に入れるための条件がアイツらを倒してポイントを溜めるってことなんだから本末転倒よね」


「でも規則とかルールとか言ってて、それで全滅したらどうすんの?」


「私たちの研修旅行は失敗……」


「デスゲームじゃあるまいし、と言いたいところだけれど、これまでも安全が保証されていたわけじゃないからね」


「そんなぁ、あたしたちが全滅したら、船が飛べない以上メロンだって逃げられないじゃない。出し惜しみしてる場合じゃないでしょうが。この前だって助けてくれたんだし」


「メロンもわたしたちと運命共同体なのよ。わたしたちがうまくやれれば生き残る。ダメならお終い。そもそも三年って稼働時間が設定されているのよ。ある意味、わたしたちよりシビアな立場だと思うけど」


 四の五の言わず外で戦ってきてください。

 そんな幻聴が聞こえるが、たぶんメロンは言わないだろうな。

 彼女が僕らを焚き付けるのは、ちゃんと安全が担保された状況だけだ。

 地下に落ちた時みたいな不測の事態は、全力で助けてくれた。


 だからきっと今回も助けてくれると思った。


『申し訳ありませんが、エイジスの使用は不可です……。代わりにレベル5までの兵装をポイント無しで使用可能にします』


「あくまでも、わたしたちが生身のまま最前線で戦うってことね……分かったわ。でも一旦休ませて? それなりの作戦を考えたいの」


『承知しました。洗浄を始めます』


 僕らの意見も聞かずエフテとメロンで話は進んでしまった。

 とはいえ、不満だとか蔑ろにされたなんて思わない。

 二人に選択させてしまった、そんなモヤモヤした憤りを感じながら洗浄が始まった。


―――――


「ヤツら交替勤務だとさ、知能レベルは予想以上だな」


 アリオがモニターを注視しながら呆れたように呟く。

 船外活動から戻り、休憩と外部監視を続け、010の活動を確認していた。

 オークたちは放電射程外、船から20メートルほどの位置に、船を囲むように待機しているが、順番に別の個体と交替し、森へ帰って行く。


「24時間体制で監視するとか大胆なストーキングねぇ」


 サブリが頬杖をついてため息をこぼす。


「さて、それじゃ夕食も済んだことだし、作戦会議を始めましょう。まず問題点の提示から。船が飛べない。強敵に囲まれてる。修理は中断中。他には?」


「そんなとこだろ。とにかく最優先は船の修理じゃないか? 飛べるようにしておかないとまずいだろ」


「それで、修理は外からじゃないとできないの?」


 僕は隣に座るメロンに声をかける。

 インターコムでの呼び出しに素直に応じてくれただけでもありがたい。


「自己診断プログラムの結果、外装を一部外して重力制御ユニットの一部を交換するのが最適と判断しました」


「で、修理ロボたちは、その作業中に敵さんに襲われたと。そもそも修理ロボはどこから船外に出たの?」


「格納庫からの出入り口です」


「あるじゃん出入り口」サブリが口を尖らす。


「そりゃああるでしょう。わたしたちが通る権限が無いだけで」


「権限以前に、全方位を010に監視されています。少しでも動きがあれば投擲攻撃の的になります」


 メロンは俯いて答える。


「責めてるわけじゃないわ。修理が必要で外部からじゃないと修理できない。となると外で出待ちしてるヤツらを一掃する必要があるけど、船には効果的な武装が無い」


「銃座も無いのか? 近接兵装くらいありそうだけどな」


「申し訳ありませんが、近距離の放電銃とエネルギー弾用のシールドフィールドくらいしか機能していません。船の兵装に関してはワタシに言われても困ります」


 アリオの質問に、珍しくムッとした顔でメロンが返す。


「あ、いや、俺も責めてるわけじゃないんだが……」


「船の状態を確認せずに飛行した結果とも言える」


 そんなプロフの言葉にシュンとなるメロン。

 そこの責任は感じているんだろう。


「要はさ、強力な武器を持って外に出てオークをやっつけて、その間に修理してとりあえず船でここから離れるって作戦はどうかな?」


 なら、僕が前向きな提案をしなくちゃな。


「キョウ……それは作戦じゃなくて、最高の期待値というものよ」

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