第74話 中位種との戦い

「これはこれは……壮観だな」


 アリオは周囲を見回して声を出すが、僕らは言葉を失っている。

 初めて見る偽装されていない出入り口とアルゴー号の巨大な船体。

 短い草に覆われた平原。

 船の周囲を埋め尽くす、E―010オークの死骸。


 そして森。


 船は森の手前約300メートルの位置に不時着していたが、背の高い森の木々によって、陽光が輝く昼間だと言うのに薄暗く感じていた。

 アルゴー号の全高よりわずかに高い、十メートル以上はある木々は、奥に行くほど樹高が上がっているみたいで、遠近感がおかしい。


「それじゃ手筈通り、アリオとわたしが警戒。プロフとサブリが船体確認。キョウは二人のサポート」


 エフテは事務的に告げ、アリオと共に森の境界線付近まで歩き出す。

 エフテは標準装備だが、アリオはミサイルランチャーとライフル、腰には拳銃と大小の刀とフル装備だ。


 時間も無いから僕らもさっさと始めよう。


 昨夜の放電攻撃の後、メロンとやりとりした内容を元に、今回の船外活動を行う事になった。

 大規模なPPP反応は今のところ森の奥にあり、船の周囲に敵影は無いとのことだが、それは本当なのか。

 船の自己診断結果と実際の損傷はどの程度か。

 アルゴー号を見たい。

 外に出たい。

 とにかく、自分たちで状況を確認したい。


 ポイントを獲得したいという気持ち以前に、待っているというのは何とも辛いものだ。動ける体がある以上、やはり状況を自分たちで把握したいというのが皆の総意だった。

 朝になってから。活動は1時間以内。

 メロンはそんな条件でしぶしぶ許可を出してくれた。


「アリオはメロンにポイントを横取りされたくないって感じだけどね」


 サブリは船の周囲に転がるオークを眺めながら言う。

 体長は二メートルほどで筋骨隆々といった体格。

 剛毛に覆われたボディは、僕らの標準兵装で戦うのは難しい相手だろう。

 それが全長100メートル、全幅50メートルほどの、銀色の船体の周囲に100体以上転がっている。

 ちなみに四機の腕付ドローンが数十メートル離れた場所に死骸をせっせと運び続けている。まとめて焼くんだそうだ。


「これ、電磁砲じゃ倒せない」


 船の周りをゆっくりと歩きながら、オークを横目にプロフが呟く。


「大体さ、リニアガンのくせにパワーが足りないのは何でなのよ」


 サブリは構えている電磁砲をコンコンと叩きながら不平を言う。


「携行サイズにしてるからなんだってさ。そもそも対人用兵装らしいからな」


 僕も構えている電磁砲を掲げ見る。

 それに001から003、鳥なんかは倒せたからな。


「中途半端に通用すると信用して、いざという時に使えない。笑えない」


「そうなんだよな。これからは中位種も混ざる……こいつらも中位種なのかな?」


「実際に戦ってみないと脅威度が分からない」


 プロフは左腕に装備した盾を眺める。

 盾はいつの間にか標準装備として用意されていたが、装備したのはプロフだけだ。


「あたし無理! こんなの一体でも無理!」


 身悶えるサブリに心の中で激しく同意しておく。


「あそこ、Gユニットの基部かな」


 位置的には船の左舷中央部。

 障害物の岩を回り込んだプロフが立ち止まり指を差す。

 アルゴー号はランディングギアで着陸しているわけじゃなく、胴体着陸状態で、地表と接触する底面の付近、キャタピラを装備したロボットが作業していた。


「ほうほう、ご同業だ」


 サブリは嬉しそうに声を上げ走り寄る。

 いや、同じ船の仲間だから同業かもしれないが、ただの修理ロボットだろうが。

 僕とプロフも船体に近づく。

 サブリはロボが作業する箇所を見ている。

 僕は船体に深く穿たれた大きな亀裂を眺める。


「これ不時着で出来た傷かな?」


 プロフは首を横に振る。


「古いような……それに鋭利な刃物で付けた傷みたい」


 ざっと周囲を見回すと、全高10メートルほどの船体各所に似たような傷が多くあった。


「歴戦の勇者みたいな風格だな」


 僕らを守り生かしてくれる母性と、猛々しいほどの父性を感じるのは、何かに庇護されたいと感じる弱さなのだろうか。


「今のうちにしっかり直しておきたい」


 プロフも船に対する敬意を感じているのか、思いつめた顔で見つめている。


「たぶんプロフの言う通りここがGユニットの基部だね。久しぶりの飛行で気圧差かなんかでやられたのかも? この亀裂が良くなかったんだと思う」


 それまで故障していなかったけど、飛んだことで故障に繋がったってことか。


「たぶん、長いこと岩山として埋まっていた影響。できればきちんとしたドッグで整備しないと、宇宙に出るのは難しい……」


「そこは診断結果を確認しようよ。僕としては生でアルゴー号が見れて、実際にここまで飛んできたって事実を感じられて満足だよ」


 以前エフテが感じていた疑問のいくつかは解消できた。

 こうやって一つ一つ真実を積み重ねて行こう。


『敵が来た。すぐ戻れ』


 アリオからの通信は短く簡潔だ。

 ゴーグルの索敵情報を確認しながら、僕ら三人は前方の出入り口に向かって走る。


「オークかな?」


 サブリの質問に答えるようにゴーグルに映し出されたマップに10体ほどの光点と010の表示。


「そうみたいだね」


 ドオォォンという炸裂音。

 続いてドンドンドンという、ライフルの発射音。

 そしてまたドオォォォンという爆発音。


「あれだけの火力じゃないと対応できない相手ってことだよね」


 サブリは心底、嫌そうな顔をする。

 僕も苦笑を返すが、短刀、ポイント交換して持っておくべきだったか。


 船の正面側、上部に開いた出入り口まで辿り着くと、森からアリオとエフテが走って来る。

 ゴーグルで確認するまでもない。

 その後ろ、森の中から大量の黒い豚面の獣。

 いや、010のことなんだけどさ、あいつらメッチャ速くないか?


 50体くらいが横に大きく広がっているのはミサイル対策か。

 アリオは走りながら振り返り、三方向に向けてミサイルを放つ。

 ロケットの噴射音を響かせ、すぐに着弾、爆発を起こすが、多くの010は弾道と殺傷範囲を避けている。


「船の中へ!」


 アリオの声に弾かれ、観戦していた僕らも再起動する。

 駆け込んできたエフテを僕の後ろに通し、アリオを待つ。

 電磁砲を構えると、プロフとエフテも同じく援護射撃の準備。


 残り5メートル。

 一番近いオークとの差は10メートルほど。

 そのオークが腕を振る。

 持っていた棍棒のような武器が回転しながらアリオを襲う。

 電磁砲で迎撃、いや、アリオと射線が被る!

 僕の横にいたプロフがアリオに走る。

 

「アリオ、そのまま!」


 驚くアリオにエフテが叫ぶ。

 棍棒はアリオに激突する寸前でプロフの盾が弾き飛ばす。

 その勢いを利用しすぐに反転したプロフは、アリオとほぼ同時に出入り口に駆け込んだ。


 すぐに扉が閉じはじめるが、閉まりきる前に見えたのは複数の棍棒が飛来する光景だった。

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