第73話 黒の森
「001かな? あいつらも赤目だったよね」
僕は地下でやりあった宿敵の顔を思い出す。
「いや、シルエットは、もっと平たい……豚か?」
「ひょっとして、オークとか? 可愛い女の子にいやらしいことするっていう」
アリオの推測にサブリが青褪める。
いや、人間のいない場所で普通に生態系を営んでるなら、生殖目的とかありえないだろうが。
「嫌らしいことはともかく、捕食対象にはなるかもね」
エフテは冷静だ。
「そんじゃ、脅威排除ってことで出るか? 船の損傷も気になるし、もしどっかに大穴でも空いていれば、進入されてやっかいなことになるだろ?」
アリオは不安を煽るが、久々の敵性体との邂逅に笑顔を隠さない。
「このカメラ、位置的に船の先端あたり。出撃口の安全を確保した方がいい」
「別の出入り口を使うってこと?」
プロフの提案に反応してみるが、そもそも別の出入り口なんてあるのか?
「脅威度も含めてやっぱりメロンに聞きましょう。入手できる情報は全部知っておくべきよ」
「手遅れになったら?」とアリオ。
「勇んで出て、取り返しがつかなくなったら?」
「だあ! どっちも止め! 操縦室に行こうよ。メロンに会えなければ、僕とアリオでそのまま出撃する」
「だめだ」「却下」
エフテとアリオのやり取りに参加したら怒られた。
それでも操縦室に向かう案はすぐに採用となり、皆でぞろぞろ移動する。
「思えばこれまで船を攻撃されたことはなかったな」
歩きながらアリオが言うが、それだけうまく偽装していたし、遠方からの一方的な殺戮が行えていた理由でもある。
その優位性が失われたらどうなる?
船の装甲や防衛能力が敵よりも劣っていたら?
ギガスの斧。
あれで攻撃されたら、たぶんヤバい予感だけはあった。
皆もそれを考えて無口になっているのかもな。
操縦室は出撃口手前。娯楽室などと同じ大きさの扉の前に立つ。
認証用のパネルはあるけど、手を置いても、カメラを覗き込んでも反応はない。
ダメもとで扉を叩いてみる。
他の内装素材と同じように、表面はわずかな弾性体であるため、ボンボンといった鈍い音が響きもせず、わずかに振動を伝えるだけだ。
「なにそれノックとかいう開放の合図?」
「メロン! 状況を教えてくれ! それと外に敵がいるみたいだ、確認してくれ」
サブリの苦笑を聞きながらアリオが声を上げる。
反応が無い事を確認して僕が続く。
「それじゃあ、僕とアリオで外に出て確認してくるぞ!」
「俺一人でいいぞ」「だめよ」「ダメ」「危ないってば~」
皆が僕を否定する。クソっ、くじけないぞ。
『ち、ちょっと……少し、お待ちください。……えっと、現在Gコン、下部スラスター、PPPセンサーの一部などに損傷あり、予定着陸位置から2キロほど進んだ、森の300メートルほど手前に不時着中。敵性体、010と新規登録、に囲まれています。船体に対する脅威度3%、外部放電で一掃します』
通路の天井辺りから聞こえるメロンの声。
「最初からキョウが声掛けすればいいんじゃないの?」
あっさりとメロンの返事が聞けたことでサブリが笑う。
「おいおい、全滅させるのだけは勘弁してくれ! ポイントが稼げない」
アリオは身の危険より経験値かよ、安全マージンが故障してるんじゃないのか?
「とりあえず安全なところに移動できないの?」エフテが天井に向かって問う。
『……すみません。修理しないと飛べません……』
「だから、私に任せれば良かったのに」
いや、プロフ、たらればの話はしてもしょうがないぞ。
「プロフが操縦して、あなたの責任じゃなくて事故が起きたとすればどう思う?」
「それは、出発前点検も含めて責任取るつもり……」
「記憶を失っているのに? もし忘れている内容に致命的な整備、操作、そんな内容が含まれていたら? メロンの責任にするのは簡単だけど、逆に彼女が背負っている責任も考えてあげましょう」
エフテってこういうとこあるよな。
誰かがメロンの問題点を掲げると、それを
誰もメロンの問題点を上げなければ、自分で提起する。
結局、全体バランスを取って全員をうまく使おうと考えてるんだろう。
全員を、最大効率で運用すれば確率は上げられるからな。
「敵性体010の規模、周辺のPPP反応はどうなんだ? 船の修理に影響はないのか?」
『……現在地点は010の反応が多い直径5キロほどの森。その最南部の外縁に位置しています。ここから北に約3キロほど森の中央付近で一番PPP反応が強いですが、センサーの不調で詳細が分かりません。船の修理にはドローンや修理用のロボットを出しますが、こちらは防衛能力がありません』
「で、外部放電とやらで継続した防衛はできるのか?」
『と、とりあえずまずは試してから修理に取り掛かります』
アリオの質問攻勢にメロンも焦りが感じられる。
確かに責任の所在なんかより、現実的な脅威排除が先決だもんな。
「僕たちはどうすればいい?」
流れを引き継いで聞いておく。
『諸々の行動を済ませてから状況をご報告しますので、居間で待機願います』
「そちらからの一方的な連絡だけじゃなく、こちらからもコールする手段はないのかしら」
見ているし、聞いているだろうけど、と、言葉に出さないが不満を感じさせる口調でエフテは問いかける。
『……デバイスのインターコムにワタシ宛にコールできるようにしますが、多忙につき音声での返答が出来ない場合、文字にて返信します』
「了解。それでいいわ。それじゃあ皆、待機しましょ」
「大丈夫なのかなぁ」サブリは不安そうだ。
「不安を口にし出したらキリがないわ。船の存亡はわたしたちの命運と直結しているけどね」
「だから外に出て防衛したほうがいいだろう?」
「何百、何千って敵に囲まれていたら? まずは正確な情報よ」
そんな会話をしながら居間に戻る。
食事でもしながら待とうかと思いながらテーブルのモニターを眺める。
そこには相変わらず赤い点がうじゃうじゃと溢れ、蠢いている。
「これ、精神衛生上、大変よろしくないと思うんだけど!」
「ぞわぞわする……」
「そうなんだけどね、唯一の情報源がこれだから仕方ないわね」
女性陣が皆げんなりした顔をする。
生理的に耐えられないのだろう。
僕だって嫌だ。
『船外攻性放電の準備が整いました。フィルターはかけますが、フラッシュに注意願います。十秒後に、三秒間の放電を二回行います』
モニターに再度カウントダウン表示が出る。
0になった瞬間、モニターは黄金色に染まる。
二度の放電とやらが終了した後、モニターに赤い点は存在しない。
水蒸気のような立ち上る気体が見えるだけだ。
「倒しても消えないのよね……」
エフテのため息は、船の周囲にどれだけの亡骸が積み上がっているか想像させる一言だった。
「あれが、森か……」
密集していた敵がいなくなったことで、カメラは外部の風景を映し出す。
黒い森。
そうとしか言いようのない濃密な森が、星の灯りの下に広がっている。
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