第72話 空旅の果て
「思いのほかつまらないね」
サブリが不満を口にするのも分かる。
カメラアングルが固定されていて、わずかな大地と青空が見えるだけ。
時折、雲の中に入ることもあるが、そうなるとずっと真っ白だ。
「高度はそれほど高くないのね」
「成層圏ならもっと高い位置を飛ぶのが普通」
エフテが呟きプロフが応える。
確かに、雲の上で視界を確保した方がいいと思うけど、何かしら理由があるのだろうか?
「上空にも幻想種がいて、船に自衛手段が無ければ低空飛行もあり得るんじゃないか?」
「ワイバーンとか、ドラゴンとか?」
「アリオもサブリも夢を見過ぎ。なにそれゲームの世界?」
まったく何がドラゴンだ。
あんなのがそうそういてたまるかよ。
「幻想種の世界だからね、これまでにこの星で出会った生き物だって、わたしたちのコモンデータに、実在する生き物としての記録は無かったでしょ?」
「創作の世界だけの存在……」
僕らだって、エネミーリストから、コモンデータを検索するくらいのことはしている。検索結果のほとんどは童話や物語に突き当たる。
「メロンも言っていたでしょ? 怖いのは既成概念だって。少なくとも、いるはずがないとか考えるより、どんな現実も受け入れる準備は必要よ。空はドラゴンが制空権を握っている。船の自衛手段は無い。じゃあどうしようか」
「え、どうするの? 船の上で戦う?」
サブリの反応に、アリオと僕が船の上で拳銃と短刀を構えドラゴンと対峙する場面を想像する。
いや、それは対峙とは言わんだろう。
「まあ、戦えんわな」苦笑するアリオ。
「だから、この高度……」
「そこはなんとも。地表から離れすぎるとPPP反応が拾えないとか、地対空攻撃手段を持つ敵がいるとか、対地カメラの性能が悪いとか、大気成分の関係で支障があるとか、衛星からの電力供給の関係とか、考えられる要素はたくさんあるでしょ?」
「いつものことながら、考えても仕方がないってことだろ?」
思考は自由だけど、メロンに任すしかないんだからしょうがない。
「あたしたちは次の戦場に送られる荷物と同じ。そこに意志は無いのよね。ホント、研修旅行がさ、こんな殺伐とした戦いの日々に変わるなんて誰が想像できたのよ」
「少なくとも、移民船団の誰かは想像できたんでしょ」
サブリのぼやきにエフテが苦笑で返す。
皆はしばらく居間で外部モニターを見ていたが、新しい情報が更新されないこともあり、常に一人だけは居間に残るようにして、各自が自由な時間を過ごす。
僕も何度かシミュレータに入り、昼寝をして、変化は夕食後に訪れた。
夜になり、外部モニターは暗闇を映す。
時折、雲らしき気体の流れや星らしき光点を映し出さなければ、電源が落ちていると疑っていたかもしれない。
そのモニターに「到着まで600」と表示されたのだ。
「十分後か」アリオが緊張を孕んだ声を出す。
「ハラハラするわね」サブリも拳をギュッと握っている。
「ねえプロフ、あなた的には今回の飛行、どう思う?」
エフテがプロフに、メロンの航行が適切であるか、操縦士としての意見を募る。
「ここまでは問題ない。映像から見ても巡航速度は維持できてたし、慣性制御とGコントロールが問題無ければ飛ぶのは平気。でも、失速以外で運動エネルギーを0にするまでにはいくつか複合したバランスが必要。事故の多くは着陸時に起きるの」
「なんとなく意外だな。大気圏から宇宙に飛び出した技術があるんだろ?」
僕も感じた疑問をアリオが口にする。
「宇宙は慣性のコントロールが単純なの。惑星上では、重力、大気成分、惑星の規模、地磁気、条件が同じ星は二つとして存在しない。強力な主機があれば飛べる。だけど、機体に負荷なく止まるのは難しい。なによりこの船の質量を考えても、とても大変だと思う」
「殺すために斬るのと、手術のために切るのではデリケートさが違うってことだね」
プロフの説明にサブリが腕を組んでうんうんと頷く。
例えとしては適切じゃないけどニュアンスは分かる。
「でも、AIが機能していれば、ちゃんと補正してくれる」
プロフ、それはフラグになるぞ。
そう思った瞬間、機体にほんの少し、振動が生じた。
到着までのカウントダウンは200を切っていた。
「振動は、ダメ!」プロフが珍しく声を荒げる。
モニターに映る暗闇は、不思議と揺れている事が理解できる。
映し出されている星らしき光点が、縦横に揺れているからだ。
とはいえ、できることは何もない。
固唾を飲んでモニターを注視するだけだ。
カウントが100を下回ったと思ったら、その数字が消えた。
画像は、映っている。
暗闇の中にゴワゴワとした闇が浮かび上がる。
大地、いや森か?
『ごめんなさい! 何かに掴まって!』
居間の中に響くメロンの声。
その切迫感に、ソファに深く座り直し、テーブルの端を掴む。
するとプロフがすっと近寄り、僕にしがみつく。
彼女は僕の頭を護るように両腕を回す。
これは、怖いからとかじゃない。
いつもの、守りたいという衝動だろう。
突き放す理由は無い。
僕も彼女の頭を片腕で抱え込み、テーブルをしっかりと掴み直す。
直後、振動と共にゴゴゴゴゴゴという異音。
ソファから跳ね飛ばされるほどではなかったけど、宇宙船が引き起こす事故という本能的な恐怖に、プロフを抱きしめる力が増す。
「……止まった。みんな大丈夫?」
エフテの声に、きつく閉じていた目を開くと、緊張して心配そうなプロフの顔。
慌てて拘束を解き、距離を取る。
居間の中はいつもと同じ静寂に包まれている。
……いや、何かがおかしい。
「傾いてるのか」
「そうみたいね」
「ありえない……」
「工作室の設備、大丈夫かな」
皆が口々に呟く。
「プロフ、ありえないってのは?」
想像はできるけど一応聞いておく。
「Gコントロール……重力制御が効いていない」
「傾斜角2度ってところかしら? コップは倒れないけれど、球が転がるレベルね」
プロフの説明にエフテが冷静に現状を把握する。
「大変! 寝てる時、頭に血が上っちゃう」
サブリはズレた心配事を言うが、敷布団で調整しろよ。
そんなことより。
「飛べないし、宇宙へも出られないか……」
「うん。垂直方向の推力があれば飛べる。でも、無重力には対応できない」
僕の理解にプロフが頷く。
「宇宙はともかく、運転手さんに事故の内容を教えてもらいましょうか」
エフテが苦笑と共に立ち上がる。
「どうするんだ?」
「とりあえず操縦室のドアでもノックしてみる。呼び出しボタンも効果が無さそうだし」
僕の口を見ながら呼び出しボタンなんて言うんじゃないよ。
さっきは何もなかったぞ?
「ねえ、これなんだと思う?」
サブリがホロモニターを見ながら声を上げる。
皆が注視した先、映し出されているのは無数の赤い星?
「敵性体だな、それも大量の」
アリオの声は静かに響く。
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