第71話 飛翔
「それでメロンに聞いてみたの?」
「昨晩は会ってないぞ?」
そんな驚いた顔をされてもなぁ。
僕だってメロンが訪れなかったことに驚いているんだ。
でもまあ、質問してほしくない話題を、僕らがここで話をしていたら警戒して近寄らないかもって予感はあった。
でも多分違う。
彼女は船を動かす準備に奔走している。
そんな確信があった。
訓練したり、のんびりしたりしていると居間にメロンが現れた。
「お待たせしました。準備が整いましたのでこれから発進します」
「わたしたちはどうすればいい?」
「重力も慣性もコントロールされていますので、どちらにいても結構です」
「不測の事態は、大丈夫なのよね?」
「……船外の様子はモニターできるようにします」
言いながらメロンはジェスチャーでホロモニターを起動させる。
映像は真っ暗なままだ。
オフラインなのか、実際の映像なのかは分からない。
「カウントダウンとか、最低限の情報は欲しいわね」
「……モニターに反映しておきます。到着予想時間も分かり次第、映します。それでは、しばらくお待ちください」
メロンは軽くお辞儀をした後、珍しく前方側の扉に消えた。
「操縦室……」プロフが口を尖らせて呟く。
操縦士だった自分が役に立てないことを残念に思っているのかもな。
「そういえばサブリは操縦室を知ってるのよね」
「あー、うん。おぼろげながら。ていうか、出撃口以外はどこも普通に出入りできてたんだけどね」
「出撃口以外? 戦闘はしてないのか?」
アリオが食いつく。
「乗り込む時は、たぶん通ってると思うんだけど、洗浄だの着替えだのってのは無かったよ。それに宇宙空間で何と戦うのよ」
サブリが呆れたように返すので僕も聞いてみる。
「シミュレータも使ってたって言ってたっけ。工作室や格納庫も入れたの?」
「うん。格納庫は広いだけで搭載装備はガレージに仕舞われて見てないケドね。工作室は、実はよく覚えてるんだ。ずっとそこにいた気がする」
工作室へのあの強い拘りは、改造願望だけじゃなく、愛着のある場所だからこそってわけか。
「それで、操縦室の様子は?」プロフが続けて聞く。
「えっとね、広さは縦10メートル、幅5メートルくらいかな。パイロットシートが前方に二つ。プロフがそこにいたような? 航法士や機関士用の席もあって、後方の少し高くなった偉そうな椅子にエフテがいたと思う」
「偉そうかどうか分からないけど、キャプテンシートかしら。わたしは船長だったの?」
「いや……そんな呼び方はしてなかったっていうか、ごめん覚えてないや」
「操縦自体はプロフ一人だけでやってたの?」
「たぶん一人でも、それどころか操縦用のAIがいれば大丈夫」
サブリとエフテのやりとりにプロフが混ざる。
「この船にも操縦AIがいたのか?」アリオが聞く。
「いや、あくまで研修ってことであたしたち以外は船の基幹AIだけだったと思うけど……そいつも、あたしたちがどうしょうもない場合にしか出てこない設定だったかな?」
「ほとんどがAIで代行できるのに、敢えて人力で苦労させるための研修だったのかもしれないわね」
「じゃあメロンの役目ってなんだろうね? セントラルからの発進時にはいなかったと思うんだよね」
だからなんでみんな僕を見るんだよ。
「僕に聞かれても困る。想像だけで言えば、不測の事態で学生が侵略者にジョブチェンジしたことに合わせて起動した隠しキャラ?」
「なるほどね。いろんな役割を行う個別なAIを積んでない代わりに、汎用型の人型AGIを一体用意しておく。研修中に手ごろな星が見つかって作戦を切り替えた。274年っていうのが事故によるものなのか、それだけの時間がかかる距離だったのか分からないけど」
僕の適当な言葉にエフテがフォローしてくれる。
「ならさ、操縦もメロンに任せて大丈夫ってことじゃない?」
サブリは少しでも安心したいのだろうが、おい、その冷汗はなんだ。
「それでも専用のパイロットAIの方が優秀」
プロフが拘る。
操縦士としては同じ役割のAIと仲が悪そうだけど、専門外の誰かにいじられる方が嫌なんだろうな。
「コモンデータでもあるわよね〝AUTO TOY〟シリーズだっけ? 船団のパイロットAIはほとんどこのタイプが採用されてたみたいね」
AUTO TOYじゃない。オトトイって呼べって……誰に言われたんだっけ?
「とりあえず俺たちに出来ることは、優雅な空の旅を満喫することだろ? で、考えておくべきことは次の戦いの準備」
「アリオは本当に戦闘バカよね。あ、でもエイジスを手に入れたらあたしにもいじらせてよね。あれは改造の余地がたっぷりありそうよ」
「嫌だね。自分で手に入れて、自分で手を入れればいいだろ? 俺はノーマルをいかにうまく運用するか拘るタイプなんでな」
サブリとアリオがじゃれ合っていると、モニターに変化が現れる。
CD180と表示されたと思ったら、179、178と数値が減っていく。
「いきなり三分後とか! トイレくらい行かせてよ!」サブリがうるさい。
「……心の準備をする暇がない」
「それが狙いなんでしょ? 不安を感じる猶予を与えない」
プロフとエフテは緊張した面持ちだ。
もちろん僕だって、いやアリオだって少し引きつった顔をしているぞ。
「とりあえず、座っておこうか」
皆を促すけど、慣性制御されていればそんな必要もないはずだ。
「静かね……これで主機は動いているのかしら?」
メインエンジンの音も振動も感じない。それが不安を増大させる。
120を切る。
モニターの画像は暗いままだ。
重苦しい沈黙が続く中、カウントダウンは続く。
残り10になると赤字になった。
身構える。
0。
画面が揺れる。
真っ暗だった映像は生の映像だったみたいだ。
暗い中に、光が差し込む。
「これ、ほんとに外の映像なのか?」
岩がゴロゴロと転がり、大地が割れ、天変地異でも起こしているような大迫力の映像が続く。
にもかかわらず、居間の中は普段と何も変わらない。
「臨場感が無さすぎる」
「あったら困る。大気中の高機動で乗員も備品もぐちゃぐちゃになる」
僕の呟きにプロフが答える。
いや、慣性制御なんて、知識としては知ってるけど、実際は初めて体感してるんだから自由な感想ぐらい言わせろよ。
「せめて窓でもあればな」アリオが遠い目をする。
「船外カメラがあるじゃないの。現実かどうかは抜きにして」
またエフテの陰謀論が始まったと思うが、映像に目を奪われそれどころじゃなかった。
地中の映像から、大地と青空に変わっていく。
飛翔してる。
実感は無いけど、僕は新しい冒険に向けて、不安よりほんの少しだけワクワクしていた。
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