第70話 訓練

「そもそもなんで動きを抑えてるんだ?」


 アリオが首を傾げて聞いてくる。

 僕が体への負荷を抑えるために武器を振らないことを言ってるんだろう。


「だって、動いたら神速? 過剰な動きになっちゃいそうで」


「それじゃあなんでギガスとの最後、あなたの左腕はなんともなかったの? とんでもない速度で動いたのに」


 あれ、そういえばそうだった。


「運が良かった?」「そんなわけない」


 プロフのツッコミが神速だ。


「あれは実に美しい動きだったな……ていうかお前、あれ無意識だったのか? 力任せに振っていたことを反省し、最適な動きを会得したんだと感心してたんだが」


「ごめん、無意識です」激情に突き動かされていた記憶はある。


「わたしも、アリオみたいな専門家じゃないけど、すごく綺麗だと思った。水が流れるように……ううん、あれは回転?」


「ああ、円慣性。重力や引力による影響はあるけど、連続した動きを考えた場合一番効率がいいな。とはいえ、あれは全身の筋力を引き絞り、溜めた力を反対方向に一瞬で解放する攻撃でな、瞬間殺傷能力としては一番無駄がない動きだった」


「普通に速く突くのはダメ?」サブリが首をひねる。


「体の使い方だけどね。突く場合、攻撃は基本的に突いたときだけなのよ。引いて斬ることもあるけど刃物のキレ味によるでしょ? 回転は運動が続く限り攻撃力に転化するの。刃の位置は大事だけどね」


「前蹴りは躱されるとお終いだけど、回し蹴りと後ろ回し蹴りを連続で繰り返せばいいってことね」


 エフテの解説に、サブリは変な理解を示す。


「力学的な話はさておき、要するに僕はクルクル回ればいいってこと?」


「目が回るだろ? 体を守るためにも、過剰な力で筋肉を固定したり、速く動かなくていいって話だ。一つの迎撃と二つ目の迎撃を連続してやってみろよ。静と動じゃなく、力を抜いてゆっくりと連続を意識して動き続けるんだ」


 アリオのアドバイスに従ってみよう。


 それから、慣れるまでは大変だった。

 でも、最初のプレイで両腕を痛めたことが、無理な力を入れないことにつながったからだろうか、加減速の緩急はあっても動きを止めないよう意識して動かせた。

 結果として多くの被弾はあったが、迎撃に費やした自分の動きで体を痛めることはなかった。


「奥義、開眼ね」


 それでいいのよといった頷きと共に、エフテの笑顔は柔らかかった。


―――――


 メロンが朗報? を持ってきたのは翌日の夕食時だった。


「距離や方面は説明しても意味がありませんので省略しますが、非常に濃度の高いPPP反応を確認しました」


 まあ、地図を元に旅をしてるわけじゃないからな。


「それは群体? それともSクラスとかの個体?」


「データからの推測ですが、以前もお話した通り、Sクラスは当該地域にて一定数の個体を駆逐すると出現すると言われていますので、この反応は集団であると思われます。正確な個体数や平均値は、50キロまで近づけば船のセンサーで測定可能です」


 エフテの質問に答えるメロンは、いつものメロンだ。

 先日のメロンだけが何故ポンコツだったのかは分からん。

 僕の部屋ではとくに話すこともないし、カラダはいつもと同じ正直者だけど。


「おしっ! それじゃあメロン、いっちょそこまで最速で頼むぞ」


「すぐに移動するの?」


 アリオが気勢を上げエフテが問いかける。


「……いえ、先日より主機や各設備の確認を行っているのですが、もうしばらく時間をください」


「はいはいはい! あたし手伝うよ! セントラルから出る時もセルフチェックした記憶があるから大丈夫だよ」


「私も操縦系のお手伝いしたい」


 サブリとプロフがそれぞれ手を上げる。

 専門分野に精通しているメンバーは心強いねぇ。


「……え、あと、その、き、禁則事項エリアも含まれるので、お申し出はありがたいのですが、ご遠慮させていただきます。準備が整いましたらご連絡いたしますので」


 メロンは急に慌てると、それだけ言って寝台室へ去って行った。


「えーーー、あたしだって少しは役に立ちたいんだけどなぁ」


「時差ボケのサブリがいじると壊れるかもしれないってことだろ?」


「なんだとう!」


「サブリちゃんはともかく、操縦はデリケート。特に長いこと止まっていた……」


「どうしたのプロフ」


 急に発言を止めたことをエフテが訝しむ。


「この船、いつここに降りたんだっけ」


 プロフの質問に、皆が僕を見る。


「えっと、コルキスに着陸する際に、長期睡眠者とホムンクルスへの起床信号が出て、僕が起きて一か月ちょっとだから、僕が起きるまでの時間は留まっているってことか?」


「なるほどね。だとすると起きるまでずいぶん長い時間が経っているのかもね。起床命令から隊員が起きるまで数か月程度の誤差って聞いていたから、せいぜいそのくらいと思っていたけど」


「なんだどうした?」


「船の偽装が、ね。あまりにも自然すぎて、本当にここに船があるのか不思議に思わなかった?」


 エフテの問いかけに考える。

 確かに、岩山に見える。それはもうごく自然に。


「え? 自然に同化するくらい長くここにいるかもしれないってこと?」


「そこはなんとも。ただ、この船が最後に動いたのはいつなのかは分からない」


 サブリの疑問に目を細めてエフテが答える。


「メロンに聞いてみればいい」


 どうせまた何かを疑うんだろ? 僕が聞いてやるよ。


「たぶんね、あの子は知らないって言うわ」


「着陸する時の状況は聞いたぞ。その際にエネルギー系のトラブルがあって、船のAIも壊れたって」


 メロンは僕に対する医療行為の真っ最中だったそうだが、ここで敢えて言う必要もない。僕だって目が覚めたのは着陸した後なんだから。

 ……そうかそれについて客観性が無いのか。でも、何年も前から船が動いてないとすれば、ホムンクルスの寿命は? ……これも現時点から3年という残り日数を教えられた可能性もあるか。


「門外漢なもんで聞くが、数か月じゃなく、もっと長いこと止まっていると何か問題でもあるのか?」アリオが問う。


「ちゃんと動くか」と、サブリ。


「ちゃんと動かせるか」と、プロフが答える。


「駆動系統、操作系統、なにより基幹AIが故障中、パイロットAIも不明でメロンが動かそうとしてる。安心する材料が無いわね」


「ふーん。俺たちにとって万が一船を失うってことになると、いろいろと不便になるな」


「不便どころの話じゃないわよ。船としての機能はさておき、もし資材や設備が損傷したら死活問題よ」


「……食事はヤツらを倒して食うのか」


 プロフとのやりとりでアリオが真剣に悩んでいる。


「腐敗臭がすごいらしいよ」試さないように釘を刺しておく。


「住居は、家でも建てよっか?」サブリが手を叩きながら笑顔で言う。


「森でもあればね」


 エフテはやっと笑顔を浮かべた。

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