第68話 帰る場所
「ねえ、それでそれで、中の様子はどうだった? 映像とか無いの?」
なんとなく後味の悪い会合の後、サブリのリクエストで工作室の見学に来た。
解放された工作室に入室を許されたレベル5の男は、出てくるなりサブリに掴まる。
アリオが出てきた扉の向こうは暗闇で、中の様子は伺えない。
訓練室と同じで、許可された人物が入り、扉が閉まると照明が点くのだろう。
「実況、撮影、録音は禁止なんだと。デバイスが使用不能になるという徹底っぷり」
「操縦室もそうだけど、少しくらい融通を利かせるべき」
プロフの言いたいことは分かる。
現状、わずかであってもレベルを上げる方法が娯楽室、いや訓練室しか無い以上、そんなにガチガチに規約で縛る必要もないのではないか。
と、思うのだが、一度緩めた特別措置は、前もやってくれたじゃん! と要求に際限が無くなるのは目に見えている。
「広さは、工具は、材料は、設備は?」サブリ超興奮。
「落ち着け、揺するんじゃねえ。ったく、なんて握力だよ……で、広さな、ざっと10メートル四方くらいか、ただっぴろい空間だったけど、作業台とかは床にマウントされていて、必要な部分だけ展開するギミックだな。天井部にクレーンと自在レール。設備や工具類は全部壁際。前方方向、格納庫か? そっち側の壁が全部開口する感じだな。エイジスや軽戦車くらいのメンテは軽くできそうなスペースだ。材料は分からん。でも資材や小部品は壁にずらっと扉があったから、そこに入ってるのかもな」
アリオの説明にふんふんと首を縦に振るサブリ。
調教中の犬みたいだ。
「こうしちゃいられない! あたしは一つでもポイント稼ぐからね! つーことで訓練室は貸し切らせてもらうから!」
サブリは高らかに叫び、通路反対側の扉に消えて行った。
「えっと、訓練ってどのくらいのポイントがもらえるの?」
僕がリハビリ中、みんなは仲良く訓練していたんだよね?
「それを正確に検証したかったけど、いつのまにか集計中になっていたのよ」
エフテが苦笑する。
さあ、管理者に聞いてみれば? そんな返しを想像したが杞憂だった。
「でもいいテスターが手に入ったろ? サブリの結果で訓練の効率を調べようぜ」
アリオは、その結果次第では訓練室を使わなくなるだろうな。
素早く強くなれる方法を考えてる目だ。
「これからみんなどうするの?」
居間に戻ってきた僕らにプロフが聞いてくる。
「俺は寝るよ、お先に」アリオはあっさりと手を振りながら男性居住区に消える。
エフテとプロフは、なんとなく、何か言いたそうな雰囲気を持っていたが、今日のところは時間を置いた方がいいと思った。
何が原因で口論になるか分からないし、楽観的な二人がいないと、なんだかお通夜みたいになりそうだ。お通夜ってなんだ?
「それじゃ、僕も寝るよ」
特に許可を求める必要はないので、そう言って手を振る。
「お休み……」
「おやすみ、ごめんねキョウ」
扉が閉まる寸前、エフテの謝罪が聞こえたが、彼女がどんな顔をしていたかは分からない。
自室に戻ると、ベッドに腰掛けたメロンがいる。
寝台室方面に消えたはずなのになんでここにいるのだろう。
隠し通路どころじゃなく、転移装置とかあったりして。
俯いたままのメロンの隣に座る。
「いろいろとご苦労さん」
頭を一撫でしながら、なんとなく労っておく。
いつもより頼りなさそうで不安そうな彼女は、冷静というよりは消えて無くなりそうで寂しそうな顔をしていた。
コテン、と僕の左肩に頭を載せたメロンは小さく呟く。
「ワタシ、どうすればいいんだろう」
それは僕に向けた言葉じゃないと感じた。
でも独り言でもない。
確かに誰かに向けた問いかけ。
でも、その人はここにはいない。
何故だかそう思った。
近くにいるのに、メロンの存在をとても遠くに感じ、それが怖くて、逃げられないように、静かに彼女を抱きしめた。
「キョウ……何があってもどんなことがあっても、ちゃんと帰ってきてくれる?」
「ここしか帰る場所は無いからな」
敢えて、メロンの元にとは言わなかった。
彼女が求めているモノの正体を掴み損ねているからだ。
ホントはそんなもの無くて、単純に僕やみんなを案じていてくれるだけかもしれない。
でも、はっきりさせることも怖くて、ふざけた答えを返したんだ。
「それでもいい。ここしかないからって理由でも構わないから、帰ることを選んでほしい」
「僕の性格、みんなが起きる前の行動も知ってるだろ? 死地に飛び込むなんてまっぴらごめんだね。この前は帰りたくても帰れない場所だっただけ。陸続きの場所なら、みんなを置いて逃げ帰るのが僕だからね」
「そうしてほしかった。皆を置いてでも、あなただけは……」
酷いセリフだ。
それが他の四、いや五人に対して不誠実な言葉だって理解しているのだろうか?
「でもそれは最後の手段だな。少なくとも僕は自分の能力の一端を知った。そこから目を背けられないよ。みんなにもばれちゃったからね。だからできるだけ足掻いて、それでだめなら逃げるとするよ」
皆の僕に対する過保護な部分は、暗に僕の弱さが原因だった。
短刀を持って、ある程度戦えるようになった時は、僕の体を案じてくれた。
弱かろうが、強かろうが、きっと誰ひとり、僕を置いて逃げ出す仲間はいないだろう。
死地で、共闘しているからこそ感じられる絆だ。
それをメロンに強要するつもりは無い。
だからそんなつもりは無くても、僕だけはちゃんとメロンの元へ逃げ帰ると言っておく。
それをメロンがどう受け取るかは、分からない。
「ホントは、フリキとオルギも渡したくなかった。でもあれがあれば、あなたは絶対に帰ってこれる。どんな姿であっても」
フリキとオルギ? 文脈からあの短刀の銘だということは分かるけど、今日のメロンはやはりおかしい。
禁則事項の扉が中途半端に開きっぱなしだ。
「なあメロン。一つだけ正直に教えてくれ。僕と君は、人間とホムンクルスなんだよな?」
「……そう。人間とホムンクルス。嘘じゃない」
「でも、僕とメロンは過去に出会っていたんだろ?」
「あなたと出会ったのは、あなたがここで目覚める時。嘘じゃない」
思い切って核心を突いてみたが、答えは予想を外れるばかりだ。
それでも彼女は積極的に情報を開示するでもない。
聞いてほしいけど、聞いてほしくない。
言いたいけど、言いたくない。
教えたいけど、教えられない。
そこにある真実は、僕とメロンの関係が決定的な破綻に至る確信があった。
ならば、知らなくてもいいか。
メロンは僕の抱擁を解かない。
それどころか、おずおずと僕の背中に両手を回す。
たとえ温もりだけでも、彼女が求め僕が求めていたい限りは、それでいい。
たとえ、悲しみに塗れた真実が存在しているとしても。
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