第65話 呼び出しボタン

「それでは現時点の問題点を検討しましょうか。思いつくまま、気になることを挙げていって」


 夕食後、エフテは熱々のお茶? を啜りながら会議を始めた。

 香りから推察するに、あれは昆布出汁だろうか? 昆布茶とは違うんだろうな。


「敵がいない。ギガスの死体と武器が残っていない。この分じゃサイクロプスの死体も怪しい」


 アリオは普通のコーヒーで、銘柄はブラック・アイボリーとか言ってたな。

 聞いたことない種類だけど、芳醇な香りがとても良い。

 てか、サイクロプスってなんだ? ああ、顔面皺皺巨人のことか。


「でもでも、見える範囲だけだったけど、プロフが捌いてキョウが切り刻んだラビットの死体は山積みのままだったよ?」


 サブリがトロピカルジュースを飲みながら、人を猟奇殺人者みたいに言う。


「切り刻まれたのは私。傷物になった可哀そうな私」


 ホットチョコレートにマシュマロを溶かし込み、ホイップクリームを載せてキャラメルソースをかけた極甘ドリンクを舐めながらメソメソとプロフが泣き真似をする。

 さっき着替えの際にチラ見したけど傷一つ残ってなかったぞ? すげえなナノマシン。

 もっとも、僕の右腕だって全治三日だからな。


「大丈夫よプロフ、そこで豆板醤をスパイスティーと言い張って憚らない男が娶ってくれるから」


「嗜好が異常な人に好かれるのってゲテモノ宣言されてるみたい。微妙」


 エフテとプロフの僕いじりもますますエスカレートする一方だが、誰か止めてくれる賢人はおらんのか? さすがの僕だって終いには泣くぞ?


「脱線させるなよ! 次は僕な! えーと、敵がいない、死体が無い、空が綺麗だった」


「有益な意見が無いなら黙ってなさいよ!」


「うっさい! サブリのばーかばーか」


「幼児退行を起こしても状況は改善しないわよ。そもそも、敵がいない。ギガスが武器ごと消えた。この二点しか議論の余地は無いんだから」


 じゃあ意見なんて募るなよ!


「ウサギはいいの?」プロフが手を上げて聞く。


「今までも、地上で倒した対象は霧になって消えたりしてないでしょ? 残ってるのは普段通りなので問題なし」


 女教師は想定の範囲内とばかりに即答する。可愛げの無い女だぜ。


「原因はなんだろうな?」


「地下迷宮をもっと調べれば何か分かるかもしれないわね。それにまだ東側の岩山しか確認してないから、それ以外のエリアも確認してみないことには、なんとも言えないわね」


 アリオの呟きにエフテが反応するが、この広大なエリアを含め、地下まで捜索の範囲を広げるとなると、一体何日かかるんだ?


「ねえ、調べるとなるとさ、めっちゃ歩くことにならない? どのくらいの日数がかかるの? それに、期限があるんだよね?」


 サブリの意見に耳を傾ける。ホムンクルスの耐用年数に関しては共通認識だ。


「酷なことを言うようだけど、三年と言うのはホムンクルスの寿命よ。それにメロンが活動停止しても、何らかのバックアップが作動するらしいから、そこは最重要項目じゃないわ」


「エフテちゃんは、またそうやって悪者ぶって……」


 呟くプロフに同意。エフテはたぶん、誰かが言い辛い事を率先して言う癖がある。


「もし、敵が見つからなければ、レベル上げの方法って訓練だけか? おいおい何年かかるんだよ。それこそ俺たちの寿命が先に尽きるんじゃないか?」


「まあ寿命はテロメア改変で数百年は大丈夫そうだけどね。むしろ、生活物資や資材とかがさ、どのくらいあるかの方が重要かも」


 アリオの疑念にサブリが答える。

 テロメア改変か、延長措置を施さない場合、僕ら人間の一般的な初期設定寿命は300年程度だっけか?

 それまでの間で、地下でエフテと話した様に、僕らが耐えきれなくなって自死を選ばなければの話だが。


「ごはんの材料無くなっちゃう?」


「プロフのはご飯じゃなくてスイーツだからな? 栄養剤くらいなら嵩張らないんだし備蓄はあるんじゃないか?」


 以前メロンが言った、僕一人なら数百年生きられると言った言葉が根拠だ。


「ここはやっぱり、その辺の情報を知る人物に聞くしかないわよね。いくら類推を重ねても行動指針が決まらない」


 エフテは言いながらプロフに目配せをする。

 一つ頷いたプロフがスッと立ち上がる。

 ちょ、待てよ。

 以前の様に僕の元にやってきたプロフは、僕の横に座り、無表情な顔を崩さずに両手を広げ抱き着いてくる。


「あれって避けようと思えば避けられるよな」


「地下で親密度が爆上がりしたんじゃないの?」


 アリオとサブリはそう言うがな、こいつの洗練された動きを見てないのかよ! あっという間に、これ、関節技じゃないのか? あ、柔らかい、耳元に吐息が、あ、らめぇ!


「……来ないわね」


 エフテの呟きにピクリと反応するプロフは、僕の首元に埋めていた顔を少し離す。

 プライドを刺激されたとでもいうのか、少し悔しそうな顔をしている。


「呼び出しボタン……」


 プロフが呟いたと思った瞬間、その顔面がゼロ距離にあった。

 唇に、甘く柔らかな感触。

 極上スイーツ!


 シュンという音と駆け込んでくる足音と、はぁはぁという荒い息。


「お、久しぶり。修羅場だぞ」


 アリオの声が聞こえた時にはプロフはすでに自席に戻っている!

 なんという高機動!

 で、どうしてくれるんだよ!


「な、な、なにしてるのよぅ、えっと、し、してらっしゃいますの?」


 メロンの様子がおかしい。

 弁解の為に、彼女が現れた寝台室方向を向くと、異常にあたふたしたメロンがいた。

 顔は真っ赤で、汗をかいて、しどろもどろだ。

 

「えっと、メロン?」エフテが訝しげに問いかける。


 まあ、お前誰だよって感じだもんな。


「は! んん、……なんですか?」


 取り繕うって言葉がぴったりの動き。

 なんとか普段と同じ、皆の前で見せる無表情の顔に落ち着いた。


「よく分からないけどさ、さすがのメロンも慌てるショッキングな事態だったのね。でも大丈夫! プロフは面白がってるだけだもん」


 頭の後ろで手を組んだサブリが笑いながらフォローになってるのか分からない説明をする。

 いや、だって唇が割れて、ヌメッとした舌がだな。いやそんなことはどうでもよろしい!


「あーメロン、悪いんだけど少しだけ僕たちの話に付き合ってほしい。ていうか、どうしたらいいのかアドバイスが欲しいんだ」


 思えば、皆が目覚める前は、ずっとメロンと二人きりで、ここでの暮らし、船外活動、いつもメロンに聞いていたんだよな。

 忘れてしまった僕らの記録も含めてさ。

 自室で一緒に居る時は、他愛のない話題か、そもそも言葉すら不要なんだけど。


「わ、わかりました。ワタシなんかでよければ、えと、できるだけ、がんばります」


 そんなはっきりしない小さな声を呟き、ぎくしゃくとした動きで僕の隣に座るメロン。

 何故か皆、メロンをじっと見てる。


 たぶん皆の違和感は同じ。

 お前は、本当にメロンなのか?

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