第64話 そして誰もいなくなった

 ギガスの斧、か。


「そういえば、他の奴らは石っぽい棍棒だったけど、ギガスのは、あれ金属だろ? しかも普通じゃない。徹甲弾を弾きやがった」


 アリオは致死の六発目を防がれた事が悔しそうだ。


「それまでもさ、岩の柱をビスケットみたいに簡単に破壊するからおかしいとは思ったのよね。あの柱、意外に頑丈なのよ? で、エイジスのおかげで視界良好になってあらためて見たけどさ、劣化してるとはいえ、恐らく何らかの人工物よ」


 骨だ。いや、皮か。


「どうしたのよ、そんなに怖い顔して」


 覗きこんでくるエフテの顔を見て我に返る。


「あ、いや、なんでもない」


「キョウはたまにそうやって思わせぶり」


「いや、その辺はプロフだって同じだろうが。なんていうか、知ってるんだろうけど思い出せない感覚、分かるだろ?」


 みんなと出会ってから、夢の中でもそうだけど、知らないけど、知っているはずと感じられる情景が浮かんでいるのは事実。

 でもそれは細切れで、意味を見いだせるほど明瞭じゃない。


「それにしても敵の得物が人工物ねぇ。この星って幻想生物の棲家なんじゃなかったかしら? ホント、記憶は、忘れているんじゃなくて、封印されているのかもね。もしくは、わざと断片的な記録を植え付けられてミスリードを誘っているとか」


「誰が、なんのために?」エフテの疑念にはやはり強く反応してしまう。


「わたしが起きる前のことは分からないわよ」


 ここで僕だって分からないと言うのは簡単だ。

 ただ、それを言ってしまえば、残る対象者は一人。

 そんな不誠実な弁解は、するつもりも無い。


「だからさ、いつもの通り、分かっていることだけ考えようぜ。分からんことは調べて、自分の目と耳で納得しよう。七人しかいないんだ。疑心暗鬼になってたら効率が悪くてしょうがないだろ」


 七人と言ってくれるアリオの気遣いに心の中で感謝する。


「それにな、キョウたちが行方不明になった時のメロンの慌てっぷり、見せてやりたかったぜ? あの冷静沈着なメロンが、まるでその辺の子供みたいにあたふたする感じでさ、あいつが何か壮大な企みを持ってたり、俺たちに悪意を持って接したりってことは、考えなくていいと思う」


 楽しそうに話しはじめたアリオは、次第に真顔になり、穏やかな顔で言い終える。


「隠し事……開示されていない情報はあるみたいだけど」


 エフテは黙ったまま。珍しくプロフが意見を述べる。


「それが僕たちに不利益な情報とも限らないだろ? もし、例のキードリンクの在庫が残り三日分しか無いとか言われたって困るから黙っていてくれた方がいい」


 僕の例え話はなんだか意味が分からなくて、微妙な空気が流れる。


「とにかくさ、行動しようよ!」サブリがそう言って手を叩く。


「……そうね、自分の目と、自分の耳で、調べるしかないか。安楽椅子探偵はやっぱりつまらないからね」


 エフテは誰ともなく笑いながら呟くが、その意味はよく分からない。



 結局メロンに会えないまま、出撃口まで五人で来てみたけど、特に問題もなく、隔壁が閉まる。


「へ? 五人一緒に入っちゃった」サブリがあわあわする。


「みんなで帰ってきた時も五人一緒だったじゃん」


 おかしくないんだよ? 問題ないんだよ? と説得に入る。


「そうね、船の外の状況も分からないから、今日は五人一緒でいいでしょ」


 ナイスだエフテ。ついでに今日だけじゃないと言え。


「キョウとアリオは向こう向いてて」


「いやでもあのさ、一人で着替えるのも大変だろ?」


 言い終わる前、僕の目に向かってエライ勢いで水が噴射される。


「ぐあぁぁぁぁ、目が、目がぁぁぁぁ」


「ほら、保護者の監視下なんだから自重しなさい」


 エフテの呆れた声も聞こえず、ひとしきりのた打ち回っている間に、皆の出撃準備は終わっていた。

 僕が一人で着替えている姿を、皆がじっと見つめていた。

 実に屈辱的であると同時に、得体のしれない快感を味わった。


 全員、標準装備で身を固めた。

 武装は電磁砲とサバイバルナイフ。アリオだけが大小二本の刀とブラックホークを腰にぶら下げる。

 外に出ると、三日前と変わらぬ風景が広がっている。

 船を出て右側、東に位置する岩山を眺め見ると、向かって左側の中腹辺りに崩れた稜線。

 エイジスが進入し、僕らの脱出した場所だろう。


「エイジスってさ、どの辺が発進口なのかな」


 サブリが後方、岩で偽装したアルゴー号を眺める。

 とはいえ、そもそも出入り口がその実態を表すだけで、アルゴー号自体の外形などはまったく分からない。

 コモンデータで、いくつかの宇宙船は紹介されてたけど、この船を明瞭に表すデータは見つかっていない。


「そう言えば、娯楽室の次はどこが解放されるんだっけ?」


 アリオが僕に問いかける。

 

「工作室、格納庫、操縦室だと思ったけど、到達レベルは聞いてないと思う」


「工作室かぁ、あたしは何よりそれが楽しみなのよね」サブリがワクワクしている。


「サブリちゃん、何か作るの? こども?」


「そーそー、キョウ、頼むわよ! って違うわよ!」


 ノリがいいな、おい。


「サブリには、EMP攻撃に対応できる武器を考えてもらいたいのよね」


「へ? ポイント交換可能品にいくつかあったよね」


 エフテの意見にサブリが首を傾げる。


「現状装備の強化。汎用性があって軽量で高威力な武器とかね。なにしろ、パイルバンカーを振り回す膂力なんてわたしには無いわよ」


 ブラックホーク、ライフル、刀といった兵装は設定されていても、確かに簡単に取り扱える非電子兵装は、サバイバルナイフくらいだな。


「でも武器って作れるのか? わざわざポイント設定されてるんだから、なんとなく許可されない気もするけどな」


 アリオの疑念は分かる。

 自由に武器が作れるとなれば、本当に、なんのためのポイント交換なんだか。


「あたしはガンスミスじゃないけどね。一から造るってより、構造把握して改善・改良、それとメンテくらいしか出来ないと思うよ」


「それも工作室が使えるようになってから、考えよう」


 プロフがもっともな意見でまとめ、僕らは行動を再開した。

 念の為確認したが、先日帰りに使ったバギーはどこにも無い。

 特別貸し出しだったみたいだ。


 ゆっくりと岩山に辿り着くまで、一体の敵も現れなかった。

 因みに、指定しなかったからか、上空には五機の索敵ドローンがふよふよと浮かんでいる。


「索敵10キロモードにしていても反応無しね……」


「どういうことだろうな」


 岩山に穿たれている横穴を確認しながら、ゆっくり円周上に回り開口部を目指す。

 一気に向かってもいいんだけど、これだけ敵が現れないのは、どっかで大量に待ち伏せをしている可能性を考えてのことだ。


 慎重に、臆病なくらいの歩みで辿り着いた開口部。


「動体反応、無し」


 見下ろす大空洞の地面まで30メートルはあるだろうか、その屋内グランドみたいな空間は、崩落と柱の破片で大小の岩が転がるが、そこにギガスも、ギガスの斧も残っていなかった。

 まるで、そんなもの、最初から存在しなかったみたいに。

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