第59話 金色の巨人

 天が割れ、光に満たされたと感じたのは一瞬。

 その光はすぐに、夕刻のオレンジ色と気付く。

 真昼間だったら目が潰れてたかもしれない。

 遅れて天井の崩落音が轟き、ゴーグルが目と耳を守ってくれたんだろうと理解する。

 崩落の規模と音が合ってないからな。

 

 その崩落を引き起こした犯人は、右手に異様な装置を掲げたまま、およそ10メートルほどの中空に留まっている。

 重力制御?

 いや、気流の流れが見える。ドローンと同じエアクラフトか。


 すでに十分な明るさに満たされ、大空洞の全景は一望できる。

 広さも、色も、ところどころ壊れた柱も、内周に沿って開いている空洞も、そして仲間たちも。

 皆が舞い降りた存在を凝視している。

 まあ、あのデザインだ。

 アルゴー号から来たんだろう。

 とすると、搭乗者は……。


 そんな思考も一瞬だ。

 致命傷を負ったはずの眼前の敵は、闖入者を一瞥した後、優先順位を僕とアリオに向け直した。

 左腕を振りかぶる。

 その手に持つ、僕らを追いこんだヤツの得物が良く見える。


 ……へぇ、その斧、お前の手づくりなのか?

 獲物を剥いで加工したのか?


『あなたは生死をかけた戦いを行うときに、最新の兵器と、死体の骨で作った棍棒のどちらを選ぶのです?』


 僕はお前らとは違う。

 他人のを使うなんざふてえ野郎だ!

 僕はな、メロン、尊厳を守るぜ!


 金色の巨人がヤツの背後に音も無く急接近する。

 左手に無骨な実体剣を、振りかぶる。

 ダメだ、こいつは僕の獲物だ!


 左手を握り込む、腕だけじゃなく、全身の可動域全てを最適に循環させる。

 一度、捲く。

 そして放つ。

 跳躍と共に、流転の力、全身を使った回転が生み出す閃きは、金色の巨人の剣より速く、化け物の左腕を胴体から切り離す。

 斧を振りかぶっていた遠心力も、斧に伝達された慣性力も、併せて絶った。


 金色の巨人はつまらなそうにヤツの首をはね落とし、吹き出す血流を避け、少し離れた位置に着地した。

 全長は、3メートルほど、複雑な形状の装甲板、ロボットか、甲冑……。


「AGIS」


 僕の呟きで止まっていた世界が動き出す。

 天井の崩落から、たぶん十秒も経ってない。


「キョウ!」


 どいつもこいつも、最初に呼ぶのは僕の名前かよ。

 どれだけ子供扱いすれば気が済むんだよ。


 そう毒づくが、駆け寄ってくる皆の顔を見ると、毒気も抜け、ついでに全身から力が抜ける。

 久しぶりに自然光の中で見た皆の顔は、ひどく不細工に見えた。

 くしゃくしゃな顔で、泣いているからだろう。

 つーか、喜べよ。

 強敵を倒し、僕らはやっと外に出られるんだ。

 船に帰ろう。

 船へ。


―――――


「なあ、なんでそんなに怒ってんだよ」


「……」


「約束通り無事に帰って来ただろ?」


「……キーノが……」


「キーノがどした?」


「キーノが教えてくれたもん! 帰還確率3%しかなかったって!」


「そりゃお前、そう言ったら行かせてくれなかったじゃん」


「ねえ、なんで? もういいでしょ? いっぱいがんばったよ? もう……」


「泣くなよ、それに、もうって言うけど、やっと、だろ? むしろ良くやった! って褒めてくれよ」


「褒めたいよ! でも、お願い、ワタシのそばにいて、あなたを失うの耐えられないんだよぉぉ」


「大丈夫だよ、どこにも行かないし、お前を残して死んだりしない。それにいつだってちゃんと帰ってきただろ? だから僕だけはずっと帰還率は100%なんだってば」


『確率の勉強をし直してください』


「元はと言えば、キーノが正直に密告すチクるのが悪いんだろ?」


『無事に帰還できたのは私のおかげ』


「オトトイが途中で操縦に飽きたりしなけりゃもっと早く帰れたけどな!」


『手数を掛け過ぎだな、踏み込みが弱いからだ。さっそく訓練だな』


「アースお前ふざけんな! やっと帰ってきたばっかりだろうが、少し休ませろ!」


『ちょっとちょっと、何よこの剣! ぼろっぼろじゃないのよ! どう使えばこんなスクラップにできるのよ! へったくそなんじゃないの?』


「あー、そこはスマン。途中で回避に疲れて剣で受けちゃった」


『なんでASATEには従順なのかしら』


「しょうがねえだろ? こいつヘソを曲げると武器のメンテしてくれないんだぜ」


『臍なんて無いわよ!』


「みんなが、みんなが、そうやって煽るから! キョウは……」


『………』


「……いや、それは違うぞ。僕たちが今、ここで生きていられるのは、みんなのおかげだ」


「……うん、分かってる、分かってる、全部、ワタシのわがまま、ワタシ、何にもできないのに文句ばっかり、ごめん、みんな、ごめんねぇ」


「だから泣くなって、お前はさ、ここで僕の帰りを待ってるのが仕事。そんで僕はお前のところに帰って来るのが仕事。だから、泣くなよ、未来」


――――― 


「泣くなよ、メロン」


「泣いてもいないし、メロンでもないわよ」


「……じゃあ怒るなよ、キー……エフテか」


 目を開けた先、エフテの向こうに暗い背景。

 まだ地下? いや、夜の星空か。

 思えばこの星で、夜間外出は初めてだな。

 遠出は、三日ほど地底旅行を楽しんできたけどな。


「ニヤニヤ寝言を呟いてたと思ったら、何を寝ぼけてるのよ」


 体勢としてはひざまくらか、後頭部が心地よいけど、いやにガタンゴトンと揺れてるな。なんだ、地震か?

 

「体の痛みはどう?」


 プロフが視界に現れ聞いてくる。


「むしろお前の方こそ大丈夫なのかよ」


「さっきまで気を失っていた人が他人の心配しないで。それで体はどう?」


 ボロボロのスーツに身を包んだプロフに真顔で責められる。


「ふむ。右腕はダメだけど、その他は大丈夫っぽい」


 最後の左腕での攻撃、腕を失っても絶対倒すってつもりで振ったんだけどな。

 わずかな痛みはあるにせよ、ちゃんと動く。


「いやらしい動きね」


 僕が目の前で左手をグーパーしてるとサブリの声が聞こえる。


「つーか、ここどこ? ずっと揺れてるんだけど」


「キョウが起きたんならもう少し速度上げるか?」アリオの声。


「ここまで来たら慌てなくていいわ。安全運転で行きましょう」


 誰も答えてくれないけど、乗り物の上か。


「おい、聞けよ。それに僕らはどうなった?」


「エフテちゃんが話す?」


「あら、プロフが説明してくれるの?」


「じゃ、たまには。え、とね、金色が外に連れ出して車があって私が操縦するって言ったらなんでかみんなに止められたのね、どう思う?」


「ああ、そりゃ賢明な判断だな。エフテ、説明代わってくれ」


 憤慨するプロフにおでこを叩かれ、苦笑するエフテが語ってくれた話はこうだ。


 僕が気絶した後、金色の巨人、恐らくは最終兵装の「エイジス」が、一人ずつみんなを地下から地上に運んでくれた。

 六人目? と聞いても答えはまったく返ってこなかったそうだ。

 エイジスが開けた穴は、岩山の中腹辺り、サブリ曰く、超振動破砕器のようなもので地表を掘ったらしい。

 地上には荷台のあるバギーがあり、アリオが運転し、サブリが助手席。

 荷台のベンチシートに残る三人。

 エイジスはいつの間にか飛び去っていたそうだ。


「敵は?」


「ギガス? あなたとエイジスが瞬殺したじゃない」


「ギガス、ってなに?」


「何って、あなたがアイツを見てそう言ったんじゃないの」

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