第58話 死闘

「なあ、科学の粋を極めた兵装が役に立たない、なんて場合どうすりゃいいの?」


『え、わくわくするんだけど』


「いや、わくわくはしないだろう……こっちは死活問題なんだよ?」


『キョウが言いたいのは、現存の兵装で破壊できないマテリアルがある場合、どうすればいいかって事かな?』


「ん、まあ、そうな超振動ブレードで斬れない相手がいたらどうしようとか、リニアガンで抜けない装甲があったらどうしようとか」


『そんな相手いたっけ?』


「だから、いたらって話」


『そりゃあその要因を分析して、対抗策を生み出すしかないでしょ? だいいち科学の粋ってなによ、今が最高到達点とか思ってる? この宇宙に、まだいったいどれだけの未知が隠れてると思ってんの? むしろ知っている情報がほんのわずかだって自覚を持つべきでしょうが』


「相変わらず、研究熱心だねぇ……ていうか、予測される技術なんてシミュレートでいくらでも進化できるんじゃないのか?」


『まあ、総当り的な計算だけさせるんならいいんだけど、あたしたちは不合理な判断が苦手だからね』


「なんだ、それ」


『ん、なんだっけ「先にやらせて倍返し」とか「首を斬らせて小指を断て」とか?』


「ちょいちょい違う気がするけどな」


『確率を上げるために、一旦確率を下げるって判断が苦手なのよ。それが不合理な判断。今ある材料だけでできる一番いいプランしか考えられないの』


「それでいいんじゃないの?」


『そうでもないの。例えばすっごくレーザーに対抗できる素材があるとする。手持ちのレーザー砲じゃ傷も付かないの。でも時間的な制約もあって対抗装備は一つしか作れない。どうする?』


「強力なレーザー砲を、いや、硬い石でも投げてみるか?」


『要はそういうこと。あたしならね、どうすればその素材を貫通するレーザーを開発できるか考えちゃうの。ハンマーで殴打するって最適な答えがあってもね』


「それは判断基準を学べばいいじゃん」


『計算は速く、メモリの物理的限界までどこまでも行ける。でも分岐を選ぶ判断は難しいの。キョウだって戦闘中にどこまで予測できる?』


「本能の赴くまま」


『それが分かんないって言ってんの! そう思うからこうやって交流を重ねて、口調だって模倣してんのに、なによ本能って、知らないわよそんなの!』


「いっそ人間になって戦場に身を置いてみりゃいいじゃん。考えてる暇なんかなくて本能が養われるぞ?」


『いやよ戦いなんて。あたしはASATE(artificial support assistant Technical engineer)として矜持があるの』


「はいはい、その矜持とやらが活かせる時がくればいいな」


『分かんないじゃない。今はヒマだけどさ、あいつらだってこっちの兵装に応じて進化する可能性があるってこと、あるかもよ?』


「レーザーやリニアガンが効かないって? そうなったら火薬式の銃でも持ち出すか?」


―――――


 白昼夢ってヤツか?

 人間の思考って面白いよな。

 体は勝手に目の前の敵と斬り結んでるってのに、頭は別の事を考えてる。

 それとも走馬灯ってやつかな?

 あれは危機に瀕して、これまで生きてきた中で最適な対抗手段を探してるらしいけど、残念ながら僕は生後一か月だ。

 こんな化け物と戦って生き残る手段は思い浮かばない。

 よく分からない映像が浮かぶ理由は知らないけどな。


 斧を避け、足を動かし、拳を躱す。

 左手の短刀は持っているだけだ。

 落とさないのは、拳が把持した状態で硬直してるからに過ぎない。

 もう何時間もこうしてる気がするし、実際は三秒くらいしか経っていないのかもしれない。


 思考だけが現実を飛び越えている。

 高速思考?

 分からない。でも、体の操縦はオートマチックだ。

 オトトイが代わってくれているのかな?


 何もかも理解している僕がいて

 何も理解できていない僕がいる


 その理由もよく分かる。

 でも、彼女の行動が正しいかどうかは分からない。

 正しくなくても、その行動はよく分かる。

 それをみんながどう思うかは、分からない。


『キョウ!』


 それは自動操縦の解除を告げる声。

 一瞬で覚醒し、自我が体の支配権を取り戻す。

 つーか、重い、キツイ、痛い、そして遅い!

 避けきれない斧を短刀で受けてしまった。

 接触の瞬間、衝撃を全身に伝えバネにして後方へ跳躍。

 着地までの間で短刀の刃面を確認。

 刃こぼれしてる! クソっASATEに怒られるじゃねーか!

 

 着地すると体中に激痛が走り、もう一段階覚醒する。


 眼前に滑り迫る、あれ、コイツなんだっけ?


『キョウ、大丈夫?』


「生きてる!」


 クッ、喋っても痛いんだけど?


『マップのライン通りに走って』


 すでにゴーグルには、大空洞のマップと黄色のラインが表示されている。

 ご丁寧に、進行方向矢印表示もあって、つーか見づらいわ!

 心の中で悪態を吐き、走り出す。

 実際はよろよろした早歩きなんだけど、僕の速度は補正してくれてるんだろうな!


 ラインは少しずつ修正され、猛追するヤツが斧を振り下ろすタイミングで僕は柱の陰に隠れる。

 柱は破壊され、僕は破片の脅威に晒されるけど、まだ生きてる。

 時折、シュウウウウウという電磁砲の斉射音。

 僕を援護してくれるプロフとサブリだろう。


「グオォォォォォ!」


 ろくなダメージにはつながらないが、怒りを維持させる効果は絶大だ。

 つーかバーサークモードに入ってないか?


 因みに、みんなの位置はマップ上に表示されない。

 今は、僕に余計な情報を与えないつもりなんだろ?

 上等!

 ちゃんと狩場への案内人、果たして見せるさ!


 表示されたラインはもうすぐ終点。

 これまで僕の身代わりに破壊された岩の柱は何本だ?

 本当にこの大空洞は崩落しないのか?


 ぐちゃぐちゃの思考の中、ただでさえ体の不調を抱えている中、ろくに呼吸もせずに走ったせいで、膝が、がくんと支えを失う。

 それでも転がりながら、指定されたルートを走り切った。


「キョウ! よくやった」


 アリオの肉声に、やり遂げた達成感を覚える。


 ドンドンドンドンドンドン!

 六回の轟音は倒れ込んだ僕の頭上から聞こえた。

 頼もしい、死神の咆哮。


 バババババキン!

 肉を抉る音が五つ。

 そして不快な金属音が一つ。


「グーオオォォォォォォォ!」


 それは断末魔の声。

 アリオの銃弾は致命傷を与えた。

 だけど、一発だけヤツの斧に弾かれたのは、ヤツなりの意地だったんだ。


 致命傷。

 確実に死に至る傷。

 即死じゃなく、じゃあどのくらいで死に至る?

 一秒? 五秒?

 それとも、僕ら全員を肉塊に変えるだけの時間?

 感じる怒りの気配はまだ消えていない。

 

 こりゃ終わったか?


 僕が覚悟を決めようとした時、闇の空に月が現れた。

 いきなり発現した眩しい月はすぐに陽光に変わり、闇に覆われた大空洞を目もくらむ光で満たす。

 大空洞の天を貫いて現れたのは、金色の巨人だった。

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