第57話 ギガス

「とりあえず、二人と合流しましょ」


 エフテは言いつつヘッドライトを点ける。

 闇の向こう、動体警報はまだ鳴らない。

 でも、音は聞こえる。


 ずるり、ずるりと何かが這う音だ。


 エフテの肩を借りて立ち上がり、ゆっくりと大空洞側に歩き出す。

 アリオが後方をヘッドライトで照らし、警戒しながら後ろに着く。


「報告な、こいつの弾丸、残り10発。軟弾頭で初速が遅いんだ。今の体の調子だと、高速で動くヤツには当てづらい。置いて来た荷物にもっと強力な別の弾があるんだ」


 アリオはブラックホークを掲げて言う。


「電磁砲は?」


「残弾はたっぷり。でも巨人には、あまり効かなかった」


 僕の問いにエフテが答える。

 大空洞に戻るってことは、柱があるから、うかつに銃撃戦はできない。


「なあ、ここで迎撃するってのは」


「同じ敵なら却下。最大火力で一撃を狙うならともかく、腕や体に当てるくらいじゃ倒せない。ある程度動ける空間で根気よく急所を狙う必要がある」


「大空洞の柱、大丈夫かな?」


「巨人の棍棒に耐えられるかって話? ここがヤツらの根城で、柱がずっと残ってるって理由を考えれば、大丈夫だと思うわよ」


 それは、あそこで戦いが起きていなかっただけじゃないか?

 巣穴に引き込んで捕食してたかもしれないじゃん。


「来たぞ」


 ゴーグルにも警報。

 意外に速い。

 もどかしい体に鞭を打って足を前に運ぶ。

 左側に寄り添うエフテに負担をかけすぎてる。

 さっきより右半身は動くようになったけど、それと比例して右腕の痛みが戻る。

 でも、痛むだけだ。


「エフテ、もう一人で歩ける」


 無理やりエフテを引き剥がす。


「……でも」


「巨人、じゃない?」後方を確認したアリオの怪訝そうな声。


 僕は振り返る余裕が無い。

 大空洞までもう少し!


「え、なに、あれ?」


 エフテの声。

 ずるうぅぅぅ、ずるうぅぅぅという擦過音はすぐそこまで迫ってる。


 ドンドンドン!と三発の銃撃音。

 続くパッという肉が弾ける音。

 シングルアクションの銃なのに連射っぽく聞こえるのはアリオの技量だろう。


 呼吸すら忘れたまま、大空洞に転がり出て、手近な岩柱の陰に回り込む。

 荒い息で呼吸を整え状況を把握する。

 続くエフテとアリオも、左右の柱の陰に走り込む。

 ゴーグルが示す敵は、僕らが走り出てきた暗い洞穴の中。

 ずるうぅぅとやけに大きな音を立てながら、ゆっくりと姿を現す。


「ギガス……」


 ソイツを見た瞬間、僕の口から知らない単語がこぼれる。

 ギガスってなんだ?

 名前はともかく、全長はさっきの巨人と変わらぬ5メートルほど。

 毛むくじゃらで、両足が妙な形。

 膝下が軟体動物……いや、蛇になってる。

 両腕には棍棒、いや斧か?

 そして顔。

 かろうじて人の顔に見える。

 二つの目と鼻と、乱杭歯が目立つ口。

 双眸に知性は感じられない。

 ただ、怒りは全身から感じ取れる。

 それは、左胸に付けられた銃創か、手下の巨人を倒されたことによるものか、僕らの不法侵入のせいか、知る術はない。


 ヤツは、辺りをゆっくりと見渡し、スッと前進したと思ったら、僕の隠れている岩柱に斧を叩きつけた。

 直径にして3メートルほどの柱は一撃でその形状を失った。

 柱は崩落せず、叩きつけた部位だけが吹き飛んだ。

 遮蔽物を失った僕は、陰から伺う必要もなくヤツと目を合わせる。


「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 回り込むことが面倒なのか、その場で両手の斧を振り回す。

 上下に残っていた柱が激突の度に削られていく。

 その斧の材質って金属?

 お前が作ったのか?

 何を使って作ったんだ?

 左腕で岩の破片を受けながら、のんびりとそんな事を考えた。

 抵抗を諦めた動物が、自分が餌であることを悟った気分だ。


「キョウ!」


 ドンドンドン!と再びの銃撃。

 これでブラックホークの出番は終わり。

 アリオは大刀を抜いてギガスに襲い掛かる。

 よせ、やめろ、こいつは今の僕らが敵う相手じゃないぞ。


 蛇でできた脚は、高機動戦車と遜色ない動きでアリオに向き直り、謎材質の斧を振り下ろす。

 これはまだ余裕をもってアリオは躱す。

 そりゃそうだ、その代わり攻撃には移れてないからな。

 躱すだけなら結構いけるもんだ。

 でも、さっきの巨人と違って、わずかな手傷すら、いや斬りつけるというアクションそのものを果たせない。

 ギガスに攻撃を当てる時はやられる覚悟で飛び込んだ時だけ。

 やられるのは確定で、その代価にかすり傷を負わせるか、まあまあの傷を負わせられるか、その違いだけ。

 生身の体と生身の体で運用できる武装でどうにかできる相手じゃない。


「キョウ、エフテ、逃げろ!」


 バカが、敵わないんだよ。

 格の違いって奴。

 あいつは、下位種の頭領みたいな存在で、次のステージに上がるための条件なんだから……でも、なんでこんなとこにいるんだ……。


「キョウ、早く!!」


 いつの間に近づいたのか、エフテに左腕を掴まれ、引っ張られる。

 よせ、やめろ、生き残ってる腕を掴むな。

 右手が使えないんだから、左腕を使うしかないだろ?

 使う。

 何に使うんだ?

 裂くために。

 何を?

 

 エフテの腕を振り払う。


「いいかげんにしろ! お前がそんなことでどうするよ! 肉体に引きずられてるんじゃねーよ! お前は、僕を逃がすためにここにいるんじゃねーだろ!」


「き、キョウ?」


「残せる柱を概算でいいから算出、キルゾーンの選定、誘導路の確保と援護射撃の位置、プロフとサブリの配置、ヤツを抜ける弾頭の選定、できるな?」


「キョウ、何を……」


「頼むよ。お前の力で勝率を上げてくれ」


「……分かった。やる!」


 その眼に、恐怖から意志の光を灯し直したエフテが後方に走り去る。

 いい子だ。

 次は。


 ギガスの攻撃を避け続けるアリオの元へ。


「アリオ、エフテの指示に従え! ここは任せろ!」


 左手で短刀を抜き近付く。


「ば、バカ言ってんじゃねぇ、お前に、大体、右腕が使えないだろうが!」


 ギガスの斧を躱し、距離を取るアリオ。

 だが、すぐにその距離を詰めるギガス。

 僕に背を向けてていいのか?

 だったら僕の方が速いぞ?

 腕を壊さない速度、それでも、ヤツの振りより速い一閃を放つ!

 アリオに向かう斧、それを持つ手首、その、握力を司る筋を断つ。

 手の拘束から外れた斧は慣性で飛ぶが、ヤツはもうそれを握ることも拾うこともできない。


「アリオを相手にするわけじゃないからな、一振りあれば十分だよ」


「……キョウ?」


「いいから早く! 僕だって長くは無理なんだ」


「分かった、待ってろ! 死ぬなよ!」


 死なないよ。

 死ねないよ。


 僕のために、みんなが居る限り。

 先になんか


「死ねるわけねーだろーが!」

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