第56話 地下迷宮の主
「それにしても、うんざりする光景だな」
眼前の空間と、彼方まで埋め尽くされた敵の姿に恐怖などを通り越して呆れかえってしまう。
『最前線、新鮮』
「そりゃ、お前にとっては新鮮だろうが……本当にいいのかよ。別に僕と心中する必要は無いだろうに」
『そんなつもり毛頭無い。未熟なあなたを死なせない為にここに居る』
「いや、そうは言ってもな、船とコイツじゃサイズもパワーも全然違くてだな、いくらお前でも簡単じゃないぞ? それに、僕のスタイルが近接だから「脚」をそっちに任せるのは不安なんだが」
『大変なのは最初だけ。すぐ慣れる』
「あのな、その慣らしの段階でお陀仏って可能性が……来るぞ!」
幻想種の代名詞みたいな赤い竜が一体、先陣の挨拶とばかりに高速で飛来し、その口から灼熱の火弾を放つ。
避けても、続く爪による二段構えの攻撃。
これまでの答えは、火弾は敢えてフィールドシールドで受け、爪を回避しながら隙を見て実体剣を突き入れる。
だが、新参パイロットの判断は違った。
『防御、回避は任せて』
機体はほんのわずか、ぶれるように火弾を躱し、続く赤竜の前足による爪攻撃も最少の動きで回避する。
その先、目の前には迫り来る無防備な竜の腹。
迷わず剣を突き入れる。
単分子構造の実体剣が超振動によってほとんど抵抗の無いまま赤竜に飲み込まれ、ヤツの飛翔速度がそのまま切断力に変化する。
尻尾まで斬り終えると、ヤツは内臓を撒き散らかしながら落下する。
それはもう最強を謳った赤竜ではなく、赤竜だった肉塊だ。
眼前を覆い尽くすほどの竜の群れは、さすがに上位種としての知性故か、それとも得体のしれない脅威に対する畏怖か、続く挑戦者はいない。
「よく避けられるな……」
僕だってびっくりしてやっと声を出せたくらいだ。
何しろ以前、別個体の赤竜とやった時は、倒すまで8時間くらいかかった。
『余計なエネルギーは使わない。最大効率でやらないと、アレを全部倒すのに三日はかかる』
それは〝AUTO TOY〟の初めて聞く冗談だった。
「これまでの僕のプライドがズタズタなんだけど?」
『あなたが未熟で臆病な動きだから、見てられなくて来たの』
「言ってくれる……ま、いいや。よろしく頼む〝AUTO TOY〟」
『その呼び名は、あまり好きじゃない』
パイロットAIが愛称に対しダメ出しか。
まったく、どいつもこいつも……。
僕は自由奔放な仲間の、ささやかな謀反が楽しくて笑った。
「じゃ、おすすめの呼び方はある?」
『そうね、オトトイ、がいい』
「……呼び、変わってないぞ?」
『いいえ、親密さが段違い』
「そっか、それじゃ行くぞ! オトトイ!!」
『心得ました。防御、回避は任せて、キョウ』
―――――
「おう、攻撃は僕に任せろ!……って、ここはどこ、僕はだれ?」
「わたしの膝の上、あなたはキョウ」
キョウ? あれ? 僕はオトトイと……何と戦ってた?
「……巨人?」
「倒したわ、いまアリオが検分してる。ドリンク、飲める?」
エフテの顔が近い。
目の前にナノマシンドリンクの容器。
でも、右腕が動かない。
「サンキュ」
左腕でやっと受け取る。
「右腕、感覚は?」
ウソを言っても仕方ない。
「感覚……無いな」
「触診だけどね、前腕の橈骨と尺骨が砕けてる。ナノマシンじゃ治らないと思う」
「痛くないぞ?」
「局所用の痛み止め、打ったからね。それとナイフの鞘を添え木にして固定しておいた。船に戻らないと、なんともならない」
見ると右腕は腹の上。スーツの袖が捲り上げられて、青黒い腕に言われたような処置が施されているのを確認する。
局所用の痛み止めなら、体の動きに影響は少ないから助かる。
足手まといにだけはなりたくない。
「キョウ、起きたか? 体は大丈夫か?」
アリオが気付いて駆けてくる。
「うん、大丈夫。僕はどのくらい眠ってた?」
「30分も経ってないわ」
「じゃ、プロフとサブリのとこ戻ろう。心配だ」
「お前は、自分の心配をしろよ……さっき大空洞まで行って通信してきたから大丈夫だよ。二人共無事だ。こっちに向かうって」
僕は体を起こそうとするが上手くいかない。
痛み止めは右半身の感覚を鈍くしている。
「まだ、寝てなさい」
「大丈夫だよ。僕は避けて無様に転がっただけ。僕の短刀は?」
「二本とも無事よ。腰の後ろに戻しておいたわよ」
無意識に左手でその存在を確認し、ホッとする。
「まったく、キョウのおかげで俺の仕事は動けなくなったヤツの顔面に六発叩き込む簡単なお仕事だったぜ。……無茶し過ぎだぞ」
「なんだよ、アリオだって楽しんでたわけじゃないだろ? 力を合わせて何が悪いのさ」
「だからもっと強くならなきゃいけないんだ。俺一人でもヤツらを全部倒せるように……」
珍しく小声のアリオ。
僕の助勢が気に入らなかったわけじゃないんだろうけど、それでも歓迎されていない感じは、少し悲しいな。
「キョウのおかげよ。もう、それを前提として戦略を変えるべきね」
「警護対象を前線で運用するとか、正気か?」
「警護?」訝しむエフテ。
「あ、いや、警護ってなんだ?」自分のセリフに困惑するアリオ。
脆弱な守るべき対象か。
そんな風に思わせてしまっていることに改めてショックを受ける。
「なあ、アリオ、僕が頼りないってのは分かるし、申し訳ない。でもさ頼むよ。僕だってできることはやりたい、やらせてくれよ」
「状況次第ね。今のあなたは重傷なの。その右腕だって完治するか分からないんだからね?」
「船の、工作室でも解放されれば、義手くらいあるだろ?」
この体じゃ短刀を扱うイメージに追いつかないんだ。
いっそ全身サイボーグなんてどうだろう?
「義手で済めばいいんだけどね、ちょっと刃を振るだけで骨が折れるとか、どうなってるのよ」
「あの速度に対応できるようにするには義手だけじゃだめだぞ、義手がすっ飛ぶ。全身の強化が必要だ。機械化……強化ホムンクルスのボディがあれば」
「人じゃ無くなる改造って、他人に指摘されるとなんかヤダな」
「だったら、レベル上げしなくちゃな。娯楽室もちゃんと使おうぜ」
く、やっぱそうなるんだよな。
強い力を行使するには、それなりの努力が必要だってことか。
楽して最強が良かったんだけどな。
「それでも瞬間戦力としてキョウの力は魅力よ。こんな強敵でも倒せたんだから」
「俺が本調子なら、六発以内だったけどな」
「アリオも慢心せず、現実を見て。戦いはいつも本調子ばかりじゃないわ」
「……面目ない」
それでもまた、結果オーライだ。
装備は損耗し、怪我人も続出。
僕の右手も使えない。
でも、全員生き延びた。
ずるり
闇に塗りつぶされた奥からそんな音が聞こえた。
「なあ、その奥は?」
「……調査はまだよ」
「こいつの
一難去ってまた一難か。
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