第55話 巨人

 ひとしきり笑った後、僕はやっと自分の意志で体を動かすことができた。

 短刀を鞘に戻し、サブリのひざまくらで横たわるプロフに近づく。


「ごめんね。キョウを軽んじたりバカにしてるつもりはないの。ただ、どうしてだろう、あなたを危険に晒したくない」


 キョウは、守る。

 なんだかずっとそんな話を聞いてる気がするな。

 

 すぐそばに寄り、胡坐をかいて座る。


「僕はみんなより先に起きて、一か月一人でいたけど、一人でどうにかなるなんて思わなかった。だからそんな僕を守ったってしょうがないだろ? それに守られた結果、また一人になったらさ、僕はもう一人は嫌だよ。みんなで生き残ろうよ」


「みんなで?」


「誰が犠牲になるとか、誰の為とかじゃなく、全員が生き残る。それが一番」


 知ってしまった。

 五人になってまだ数日。

 でも、メロンと二人だった世界が大きく変わった。

 皆となら、やれるかもしれない。

 いや、皆と生きていたいって思えるようになっているんだ。


「認めよう。うん。キョウは強い。でも危なっかしい! だからもっと上手い方法を考えようよ」


 サブリが真剣な顔で言う。

 それはこれまでにない第三案。

 僕らはどっちが守るかって極論に拘りすぎていたんだ。


「早速で悪い。僕はアリオのところに行きたい」


 彼らのシグナルは北の洞穴に入ったところで途絶している。


「一人じゃ、ダメ」


「プロフはまだ動けないだろ?」


 出血は治まってる。

 でも傷はふさがりきっていない。

 身じろぎするたびに痛みに耐える素振り、見ちゃいられない。


「分かった。ここは任せて。キョウはアリオの応援に行って」


「ちょ、サブリちゃん!」


「あたし、エフテみたいに論理的じゃないし、プロフほど直情型でもないのよ。だから先のことなんて分からないし瞬間の判断も無理。でも、キョウの強さならもしアリオが苦戦しても、なんとかなるかもって思う」


「でも、キョウの腕が、体が保たない……」


 プロフはこんな時まで僕の心配か。

 どんだけ過保護なんだよ。


「あたしの判断は足し算なの。アリオ+キョウは強い。ごめん、それだけなの」


「状況や、リスクを引いてよぉ」頭を抱えるプロフ。


「二人ともありがとな。案じてくれて、認めてくれて」


 僕は両手で二人の頭をぐりぐりと強めに撫でた後、立ち上がる。

 うん、まだ体は動く。


「無理しないで……」


 そんな泣きそうな顔すんな。プロフ。


「心配なら、早く動けるようになって追って来いよ。プロフの盾捌きがあれば僕は攻撃に集中できそうだからな」


 らしくない空気は軽口で吹き飛ばしておく。

 動機があれば、回復も早いかもしれない。


「すぐ、すぐに行くから!」


「期待してる。じゃサブリ、後は頼んだ」


 余計な荷物は置いて、持ち物は二振りの短刀だけ。

 歩きながら背後に手を振る。

 灯りは点けないまま、水晶の光を頼りに北の洞穴へ向かう。


 プロフとサブリのシグナルを確認しながら、徐々に小走りになる。

 この判断が正しいかどうか分からない。

 アリオとエフテは何事も無く、サブリとプロフに危険が迫るかもしれない。

 僕は待つべきなのかもしれない。

 でも、だからこそ一つ一つの懸念をさっさと片付けよう。

 一か月のんびり過ごしたんだ。

 少しぐらい貪欲に、焦るくらい急いだっていいだろ?


 北の洞窟に辿り着く。

 動体反応は無い。

 ゴーグルのソナーは遮蔽物があると効かない。

 あの時は検出位置に確かに何かが居た。


 アリオとエフテはそれを追った。

 闇の中に。

 僕はヘッドライトを点け闇を払い、意を決して洞窟に足を入れた。


 しばらく歩くと、大空洞側の信号が途切れる。

 同時に、かすかに聞こえる音。

 ごぅん、そんな反響音が聞こえた。


 走り出す。

 ゴウンッ。

 さっきより大きな音。

 ブラックホークの射撃音は、戦端が開かれていることと、彼が生きてることを教えてくれる。

 それだけで、勇気が生まれる。

 平坦な回廊を越えた先、大空洞ほどじゃないけど中規模の空間。

 灯りの位置がちらちらと変わるのは、二人のヘッドライトが光源なんだろう。

 天井を支える柱は無い。

 30メートルほどの半球状の空間。

 その壁に映し出された巨大な影。

 

 巨人?


 ゴウン!

 ぐおぉぉぉぉぉぉ!


 反響する轟音と続く叫び声。

 飛び散った液体が壁を濡らす。

 そこで初めて、アリオの姿と、戦う相手の実体が見えた。


 全長5メートルほどの巨人。

 人型だけど、顔に該当する部分は歪な皺に覆われている。


 ゴーグルに共有情報がリンクされ、アリオとエフテのシグナル。エネミーのシグナルが識別と共に表示される。

 すぐエフテの元に向かう。

 彼らのゴーグルにも僕の情報は上がっただろうからあえて声は出さずに近づいた。

 彼女は岩陰から広域を照らしながら僕を見ずに問う。


「二人はどうしたの?」


「プロフが怪我して動けない、サブリに任せてある」


「こっちは大丈夫って言いたいところだけど、電磁砲が効かなくてアリオも限界」


 岩陰で話しながら戦況を確認する。

 棍棒を持った巨人と、大刀を構えるアリオの戦闘は膠着状態。

 

 巨人の左肩と右わき腹に出血を伴う傷。

 その銃創を作りだしたブラックホークはホルスターの中。

 効果的な武装を使わない理由は、その役目を果たせないからだろう。

 

 巨人の動きは意外に機敏だ。

 遅いと感じるのは目の錯覚で、棍棒の振り下ろしは凄まじい風圧を伴う。

 一発どこかに当たれば、アリオと言えども戦闘不能は必至だ。

 故に距離を保ち銃撃で対抗したんだろうけど、六発で仕留められなかったのは、巨人の強度だけじゃない。

 二発しか当てられなかったんだろう。


 それともう一つ。

 僕に気付いても、軽口一つ叩けない。

 暴風の様に振り下ろされる棍棒を避け、その腕にわずかな刀傷を残すだけで精一杯だ。


「ブラックホークならなんとかなる?」


「弾切れ中。装填してる暇が無いわ」


「今のアリオが排莢と装填、何秒かかると思う?」


「10秒、ってキョウ、だめよ!」


 僕がここに来た時点で気付け。

 

「死ぬつもりは無いよ。ちゃんと僕自身も守るから。アリオ! 10秒稼ぐ、なんとかしてくれ!」


 考える猶予なんか与えない。

 与えるのは準備する時間だけだ。

 僕は言い終わると、両手に短刀を抜いて巨人に向かって走る。

 ヤツがアリオに棍棒を振り下ろすタイミングを見計らっていた。

 せめて、肘の関節か筋でも切れれば、ってうおっ!

 どんな筋力か、地面に叩きつけられる寸前の棍棒が僕に向かって跳ね上がる!

 集中による認識や思考力の速度向上が世界の速度を遅くしているのだが、体の動きが倍速になる訳じゃない。

 それでも無理やり体を仰け反らせる。

 腹と脚の筋が引きちぎられる感覚を味わい、数束の髪の毛を代償に棍棒を躱す。

 次に待っていたのは振り上がり迫る巨人の左足。

 僕はボールじゃないぜ!

 大地を蹴り、今度は跳んで躱す。

 躱しながら巨人の足首に神速の一振り。

 イメージに引きずられた腕が無言の悲鳴を上げる。


 でも、右腕と引き換えに左足首の筋は断裂した!

 傷付いた左足を大地に踏み込み、がくんと膝から崩れ落ちる巨人。

 そこに、ブラックホークを構えるアリオ

 僕は無様に転がりながらそれを見届け、岩に激突した。

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