第54話 蹂躙
直径100メートルほどの大空洞の内周には、目視で十か所程度の洞穴がある。
僕らが出てきたのは位置的に南側。
アリオとエフテは北側の洞窟に向かい、僕ら三人は外周に沿って反時計回りに歩き出す。
すぐそこ、南南東付近の洞穴を覗き込むが、漆黒の闇が視認を遮る。
「灯り点けるぞ」
それまで大空洞の発光水晶のおかげで人工照明を抑えていたが、さすがに穴の奥は見えん。
僕のヘッドライトの光量は予想より強く、少し目がくらむ。
「ほぼ直進、狭いみたいだね」サブリが穴の奥を見通し呟く。
動体警報も無し。
「とにかく、全部の穴をざっと見ようよ」
僕としては今すぐにもアリオとエフテの元に駆けつけたい。
彼らの位置は中心から少し北寄りの位置。
柱の陰から少しずつ、北の穴を伺い移動してる。
僕はそのまま次の、東南位置にある穴へ向かう。
「キョウ、待って。あなたは真ん中」
プロフが慌てて僕の前に出る。
それが何故か、癪に障った。
「なんでそんな保護者面なんだよ、僕のことを臆病者って言ったのはお前だろ! それを覆そうとして何が悪い。僕だってな、くだらない価値感かもしれないけど、男なんだよ! 仲間を守ろうとして何が悪いんだよ!」
彼女を押し退けて前に出る。
どいつもこいつも、お前らだって自分の命を天秤に乗せてない。
何が、僕だけ生きていればなんとかなるだと? 僕一人でなんとかなるわけないだろうが! ここにいるみんなと、六人目と、そしてメロンと、七人で!
「キョウっ!」
激高しながらろくな警戒もせず二本目の穴を覗き込んだ僕は後ろから突き飛ばされる。
穴の奥、複数の赤い光が001の双眸だと気付くころには、数匹のウサギが角を突き出し駆けてくる。
僕が地に倒れ込む瞬間、プロフが立ちふさがり、両手に装備してある盾を構える。
それじゃダメだ!
いくつもの角に貫かれるプロフを幻視するが、その未来視は外れる。
彼女は二つの盾を巧みに動かして、角を捌く。
最少の動きで受け流し、弾かれたウサギは僕の後ろで待ち構えているサブリが電磁砲の単射で仕留めている。
相談もせず、ぶっつけ本番で、これか。
プロフもサブリも、覚えていないだけで戦いの場に身を置いていたんだろうか。
それでも多勢に無勢、それと恐らくは身体操作不良が引き起こす動作の遅延は彼女の体に傷を生み続けた。
無様に転がって戦況分析してる場合じゃない。
守られて、はいそうですかなんて言ってられるか!
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
「キョウ、ダメ!」
うるさい! ならお前はなんでそんな血まみれになってんだよ!
両の手は腰の後ろから短刀を握り放ちながら、強引にプロフの前に駆け込む。
瞬間、手が刃先まで伸びた感覚。
共に、世界の速度が遅延する。
体のタイムラグすら凌駕する知覚は、意志と肉体のズレを許容し、体の遅れに応じた最適な信号を発する。
伝えられた駆動部位は精一杯そのオーダーに応えようとする。
分かってる。
僕のイメージが、今の僕の体に追いついてないことぐらい。
だからメロンは
皆も、僕が限界を越えて使ってしまうことを恐れてくれたんだ。
でもな、それでもな、これまでの道、何度だって同じことを繰り返す。
それに、僕だってバカじゃない。
刃を振らず、置く。
奴らがその角を武器として直線運動で突っ込んでくるならば、やりようはあるんだ。
筋肉は、位置の変化と保持にのみ使う。
視覚と脳が最適な位置を算出する。
他の感覚器は遮断。
音の無い世界で、人工の光に照らされたヤツらの血しぶきが収まった時、動体警報にも検出されずに潜んでいた、全ての001が肉片として散らばっていた。
戦場ですら無い。
これは屠殺場だ。
尊厳も敬意も無い、駆逐。
そうだった。僕らのやっていることの本質はこうだ。
よそ様の星で侵略行為をしてる野蛮な存在。
過ぎた力を持って、理不尽な暴虐を果たしている愚劣な生き物。
それが僕らの本質だ。
「キョウ、プロフ!」
サブリの声に聴覚が戻ったことを知る。
荒い息が聞こえる。僕の口から聞こえている。
心臓の音すら聞こえるほどだ。
両腕は最後に固定した位置から動かない。
刃先までの感覚は消失して、指の感覚も無いが短刀はしがみつくように僕の掌が離さない。
ドサッと崩れ落ちる音が背後から聞こえる。
「プロフ、ねえ大丈夫?!」
緩慢な足を強引に動かし振り向く。
真っ青な顔で倒れ込むプロフと抱きかかえるサブリ。
ところどころ破けたスーツと血に塗れた姿が、プロフが軽傷でないことを教えていた。
瞬間、頭が冷える。
僕の短慮が、また誰かを危険に晒し、傷を負わせてしまった。
「……キョウ、は、大丈夫?」
プロフは僕を責めず、少し笑いながら僕を労わる。
「ごめん、プロフ。サブリ、悪い、手が離れないんだ、プロフにナノマシンを頼む」
「私はいいから、キョウに、もう残り少ないでしょ」
ここまでの道中、医療用の経口ナノマシンドリンクはかなり消費していた。
「アホか、どっちが重傷だか見りゃ分かるだろうが」
思いのほか強い口調になった。
「あなたの腕を治した方が、作戦遂行の確率が上がる。足手まといにリソースを割くのは間違った判断」
冷静にそんな言葉を紡ぐプロフを、地面にそっと横たえたサブリはリュックからナノマシンドリンクを取り出して言う。
「とりあえずここに一本。残りはエフテが持ってる」
「プロフに」「キョウに」二人の声が重なる。
「ああ、もう! どうすりゃいいのよ」
奇声を上げたサブリは思いもよらない行動に出る。
ドリンクのキャップを開け、自分で飲みやがった。
「え、あ、おい!」
錯乱したのか?
プロフも目を見開いて驚いている。
するとサブリはプロフに覆い被さり、彼女の口に吸いついた。
よく見ると、右手で後頭部を抱え、左手で顎をこじ開け、ああ、口移しか。眼福。
「ガホッ、ちょ、サブリちゃん!」
幸いこぼさずに嚥下できたプロフは、素早く離れたサブリを睨む。
そのサブリは、立ったまま動けない僕の元へ。おい、まさか。
「ひゃんほほひははいほ!」
右手で僕の頭をねじり、左手で顎を掴み口と口を噛みあわせる。
まるで宇宙船のドッキングのような接触。
生ぬるい液体が舌と共にむりやりねじ込まれる。
すぐに口は離れ、サブリの手によって閉められた口は、一滴たりともこぼすことなく薬液を喉奥に滑り落とす。
「はぁはぁはぁ、はい! はんぶんこ! これで文句なし」
息も荒く、サブリは僕とプロフを交互に見て言い放つ。
時間にして数秒のその出来事は、いろんな悩みや感情を吹き飛ばし、僕は申し訳ないと思いつつ、笑ってしまった。
気付くと、プロフもサブリも、堪えきれずに笑っていた。
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