第53話 地下大空洞

 しばしの休憩後、僕らはまた歩き出す。

 これまでの陣形と違うのは、アリオが先行せずに、僕らの先頭に立っていることだ。

 アリオが前、右にエフテ、左にプロフ、そして後ろにサブリ。

 何故、僕が中心にいるのだ。おかしいだろ?


 ただ、僕が何か言おうとすると、誰かの強い視線で声を失う。

 石化かマヒのスキルでも使われている気分だ。


 そんな感じで歩くこと数時間。

 何度目かの索敵警報。

 すぐにドンッという轟音。

 アリオはいつの間に撃ったのか分からないブラックホークの空薬莢を取出し、再装填し無造作に仕舞う。


 倒したのは電磁パルス攻撃を放つコウモリだが、一定の距離まで近づかれなければ大きな影響が無いらしく、サーチアンドデストロイに徹している。

 実に楽をさせてもらっているが、そのことを喜んでいる余裕は無い。

 誰も何も話さず黙々と歩いているのは警戒ばかりじゃなく、疲れと言うか体の操作に問題を抱えているからだ。


 岩場から、意外に歩きやすい平坦な道に変わりつつあるのは僥倖だったが、それでも何もないところで躓くような素振りを、皆が見せていた。


「休憩しましょ」


 エフテの声に反応する声も無く静かに座り込む面々。

 アリオだけは立ったまま周辺警戒を続ける。

 時刻はお昼の12時。


「この疲れ具合だと、タイムリミットは明日の朝って感じ?」


 サブリがぐったりと地面に向かって言う。


「私は今ここで眠りについてもいいかな……」


 いや、274年振りに起きたばっかりでしょ、プロフさん。


「体力はあるのに体が動かなくなるって感覚、ちょっと慣れないわよね」


 エフテも苦笑で呟く。

 みんなは起きてすぐ、曰くキードリンクの影響で動けるようになった。

 僕は、意識と体の差異をある程度体感していたので、正直なところ、まだもう少しなんとかなると思ってる。

 ズレに対応した動きをすればいいだけなのだが、こればかりは説明のしようがない。

 だけどなぁ、僕が短刀で戦闘行為をしようとすると四人が止めてくるんだよな。

 電磁砲はそもそも上手く使えないから戦力にならないし、なら、少なくとも勝率が高い方がいいだろ? って思うけど、今のところアリオ一人でなんとかなっている。

 そのアリオも口数が少ないのは、少しずつ余裕が無くなっている表れかもしれないが。


 結局、休んでも解決しないどころか、時間を追うごとにズレは顕著になることに気付き、僕らは歩を進めることを優先した。


 道中、枝道はいくつかあったけど、どれも途中で行き止まりになっていた。

 気が付くころには、岩場と言うより、意外と歩きやすい二メートル四方の洞窟、いや回廊といった雰囲気。

 地面は踏み固められ、なんらかの往来が盛んな道と感じる。

 因みに、一番最初に落ちた地底湖から高低差を比べると、50メートルくらいは上昇している。

 地上に向かっている。それが何より救いだと思った。


 索敵警報。

 002だ。


「アイアンモール! 二、三体!」


 サブリが嬉しそうな声を上げる。

 これまで見なかった最弱クラスの出現は、僕らに希望を齎した。


 ただ、アリオが電磁砲で倒す際に10発程度の弾丸を費やしたのが皆の不安を煽った。


 それから幾度かの会敵を経て、やたらと大きな場所に出た。


 そこは水晶だろうか、発光する石が各所に埋まり、人工の光が無くてもゴーグルの暗視機能だけで十分な光量が確保された、直径100メートルほどの大空洞だった。

 空間の各所には、天井を支える機能になっているのか、直径2、3メートルほどの柱状になった岩が、高さ30メートルほどの天と地を支えている。


「位置的に、岩山の真下あたりね」


 エフテがこれまでのマッピング結果を照合して呟く。

 ずいぶん歩いた気がするが、真っすぐじゃなかったし、歩きづらかったからな。何より、心身のズレは想像以上に影響してる。

 

「それじゃ、このどっかに上への道があるかもってこと?」


 大空洞の内周には、僕らがここへ抜けてきたような仄暗い洞窟が、十か所以上ずらりと並んでいる。サブリはそれらを眺めまわして興奮する。


「総当りするの?……干からびちゃいそう」


「まあ、ここまで来たんだ。地表との相対深度は分からんが、間違いなく昇って来てるからな、一個ずつ……」


 プロフが項垂れ、アリオが励ましている途中、動体警報が鳴る。

 ここから見て大空洞を挟んで反対側、北側の洞窟内部に、何か居る。


「ゲームで言うと、ボス戦かしら?」


 エフテが苦笑するが、そんなお約束のフラグを立てようとすんな。

 それに、展開からすると中ボスくらいだろうさ。


「みんなここで待ってろ。俺が行って来る。くれぐれも撃つなよ? 崩落の危険があるからな」


 アリオは電磁砲や荷物を降ろし、大小の刀とブラックホークだけを装備して歩き出す。

 これだけの大空間が維持できてるのは、各所に屹立する岩の柱のおかげであることは、なんとなく理解できる。

 柱がどのくらいの強度を維持してるか分からんが、そんな不安を抱えて銃器を乱射するほどアホじゃない。

 だが、相手の脅威が分からないのにそんな判断も早計じゃないか?


「待ってよ、僕も行く」


「ダメだ、待ってろ」


「わたしが行くわ。撃っても柱に当てなければいいんでしょ?」


「……まあな、俺の指示に従ってくれ」


「納得できればね」


「ちょっ、なんでエフテはいいんだよ!」


 アリオと、続いて歩き出すエフテが立ち止まり僕を振り向く。


「冷静な判断のつもりだが? お前たちは今の内に他の出入り口を当たってくれ。三人一緒でな」


 そう言って踵を返すアリオとエフテ。


「え、五人で戦えばいいじゃん」


「乱戦だと面倒見られないの……私たちは、できることしよう?」


 困惑するサブリを諭し、僕を目で促すプロフ。


「いやせめて脅威度の確認だけでも」


「アリオが倒せなければ、どの道終わり。倒す前提なら、私たちは遊んでないで帰り道を探す。効率的」


 僕の提案はプロフによって遮られる。

 こいつら、確かにその通りなんだろうけど、効率を語る前に、そもそもの前提がおかしいだろ?


「なんで僕を戦わせない」


 いくら肉体の限界を越えたとしても、僕と短刀があれば、アリオほどじゃないかもしれないけど、どんな敵にも負けない自信がある。


「あ、それはなんとなく分かるかな。キョウの場合、自分の命を天秤に乗せてないでしょ?」


 サブリも、よっこらしょと立ち上がりプロフに従う。


「僕が、自分の命を省みてないって?」そんなバカな。


「ここに至るまで、自分の行動を見返して? たまたま結果が良かっただけ」


 プロフは突き放すように言って、大空洞の外周を左回りに歩き出す。

 皆を守ろうとしただけだろ?

 それの何がいけないんだよ。

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