第52話 闇中戦闘

「なに、どうしたの?!」


「ライトが! まっくら!」


 サブリとプロフが叫んで慌てるから、僕らみんなに訪れた現象と判断。

 電子機器が一斉に落ちたのか?


「コウモリみたいなヤツだ、四体、羽音に注意!」


 少し先行して距離があるアリオから声がかかる。

 同時にゴーグルが再起動する。

 が、立ち上がる前にまた電源が落ちる。

 

「チカチカする!」


「ゴーグルを外すかメインスイッチを切って。恐らく電磁妨害みたい。電磁砲も使えない」


 あたふたするサブリとエフテの冷静な声。

 不思議と恐慌に至らないのは慣れじゃない。マヒしてるんだろう。


 明滅するゴーグルを外しバンドを腕にかけておく。


 電磁砲を放り捨て、すぐに右手で短刀を抜き放つ。


 進行方向で布を裂くような音が聞こえる。

 同時に近い位置でバサッという、羽音!

 気配としか言いようのない存在感が迫り、右腕を一閃。

 すでに刃先まで神経は通っている。

 その切っ先が飛来する生き物のどこかを裂く。

 バシャッっという液体が噴出する音と飛び去る気配。


「三人とも伏せてろ!」


 彼女たちに戦う手段は無い。

 手の届く位置にはいなかったと思うが、僕の刃を突き入れるわけにはいかない。


「一体やった! 残り三つ!」アリオの声。


「こっちは一つ手応えあり!」


 言いながら暗闇に目を凝らす。

 ヒカリゴケのわずかな灯りはあるが、すぐに目が慣れるわけでもない。

 目を瞑って聴覚に頼った方がいいのかもしれないけど、目を閉じる勇気は湧いてこない。


「キョウ、無理しないで!」エフテの声。


「悪い、ちょっと静かに」


 わずかな羽音と、可聴範囲を越えた振動波を感じる。

 目は開けているけど視覚情報はほとんど無い。

 それでも存在感とでも言うのか、気配は闇に濃淡を生む。


 正面だ。

 迫り来る、その濃い闇に刃を立てる。

 振る必要はない。

 相手の移動エネルギーが、そのまま致死の力に変わる。

 大気を揺らしながら、左右を抜け、後方にべチャリと二つの音が響く。


 撃破報告を発する寸前に殺意。

 下げた頭の上を右から左へ抜ける風。

 同時に鋭い痛みが頭皮を撫でる。


 熱い液体が膨れ上がり、髪に巻きつきながら重力に引かれ、頬と鼻筋を滑り落ちる。

 避けながら突き出した右手の刃は不発。

 くそっ体の動きが鈍い!


「一つった!」


「こっちもだ!」


 報告にすぐ返すアリオ。

 残り一体、集中しろ。

 髪の毛の防御をお構いなしに届く爪だ。

 位置によっては致命傷になる。


 幸い出血はすぐに止まる。

 これもナノマシンの恩恵だろう。

 だが、流れた血液が眉を越え眼球に流れ着く。


 元々暗闇だしな。

 と思ったら後ろから光に照らされる。


「ちょっ、ばか眩しっ!」


 直接光源を見てるわけじゃないけど世界は血液色に染まる。

 そしてすぐに闇が訪れる。

 だけど、一瞬だけその姿を取り戻した世界の残像は、最後の敵がどこにいるのか教えてくれた。

 短刀は一本で大丈夫。

 予測された軌道に刃を振ったのは、攻撃された恨みを返したいという子供じみた激情だ。

 おかげで、斬った実感も分からず、べチャリという音が聞こえるまで、危険が去った事を確信できなかった。


 すぐに光が灯る。


「キョウ!」


 え、なに? エフテはなんでそんな顔で怒ってるんだよ。


 飛びついて来たエフテとプロフにバランスを崩しそうになる。


「ちょ、待てって、危ないから! 刃物あるから!」


 抜身の短刀を後ろに隠し、左手で二人を押す。


「ねえ、大丈夫? 血まみれなんだよ?」


「早く、止血しなくちゃ、死んじゃう!」


「おいおい、大丈夫か?」


「アリオも無事?」


 あたふたするエフテとプロフ。駆け戻って来たアリオと労うサブリ。

 みんなちょっと落ち着こうか。


―――――

 

「要するに、この巨大コウモリが電磁パルスEMP攻撃をしてきたってこと?」


 僕は傍らに転がっているコウモリを指さしながら誰にでもなく問う。

 事は重大だ。

 浅い傷と汚れた顔を、医療キットの清浄タオルで拭い、すぐに反省会を行っている。

 

「うん。ゴーグルもライトも電磁砲も、もちろん対電磁攻撃用の処置はされてるんだけど、コウモリのは一瞬でも強力な照射みたいでさ、手持ちの電子機器は安全回路が働いちゃうんだ。もっとも安全回路が働かないと完全なる破壊が待ってるから正直、助かるんだけどね」


 サブリはヘッドライトを弄びながら解説する。


「機能停止して、再起動で動くけど、またすぐ落とされるってわけか」


「さっきはヤバかった。暗闇に慣れたところで目くらましだもんな」


 アリオの言葉に苦笑で返す。


「ごめんなさい……」僕の右側に座るエフテがしょんぼりする。


「あ、いや、あれのおかげで最後の一匹の位置が分かったんだ。助かったよ」


 意気消沈するエフテはまるで小さな子供みたいだから、自然と頭を撫でてしまう。


「またキョウを守れなかった……」


 左側には、しょんぼりとしたプロフ。

 別にそんなことは望んじゃいないので、ありがとな、とこちらも頭を撫でておく。


「ね、キョウの腕、どしたの?」


 サブリの問いかけに、洗浄のため腕まくりしていた右腕を見る。

 ところどころ、青くなっているのは、痣か?


「ちょっと、よく見せて」


 エフテに腕を掴まれる。ピリッとした痛みが走る。


「何かにぶつけたの?」プロフも心配そうに聞いてくる。


「いや、これまでは特に、痛みも無かったけど」


「内出血みたいね……剣のせい?」


 そんなバカな、と答えようとしたがアリオが先に答える。


「恐らくな。イメージに体が追い付いてないんだろう」


「……そのためのレベル制か」エフテも小さく呟く。


「えっと、つまり、キョウは剣の達人だけど、それを扱える状態に体が戻ってないってことかな?」


「強い武器があっても、使いこなせないのね……」


 サブリもプロフも、みんな好き勝手に言ってくれる。

 いや、概ね間違っちゃいないんだろうけど。


「とはいえ、トレーニングしてる余裕はないんだしさ、大丈夫だよ。ナノマシンだってなんとかしてくれるだろうし」


「アリオ、これどのくらいもつと思う?」


 エフテは僕の言葉を無視してアリオに尋ねる。


「キョウが意図的に動きをセーブできればいいのかもしれないけど、恐らく無意識に使ってるから、今の筋力や神経系だと数振りが限界だと思うぞ」


「ナノマシンは?」


「治るのは治る、と思う。壊れるまで数秒、治るまで数時間ってバランスになるし、骨や筋がいかれたら、たぶんどうにもならん」


 四人が一斉に僕を見る。

 代表してエフテが宣告する。


「キョウは剣を使っちゃダメ!」

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