第51話 体調不良
「やっぱりさ、なんか不調なんだよね」
地下に落ちて三日目、二度目の朝。
非常食による朝食時、サブリが愚痴る。
「サブリちゃん、クスリ、飲んでないの?」プロフが首をかしげて聞く。
「ああ、月のモノじゃなくてね、そっちはちゃんと飲んでるんだけど、どうにも体がしっくりこないって言うか」
この娘は豊満なくせにやたら腕を組む癖があるので誘ってんのか? とドキドキするけど、たぶん重いだけなんだろうな。
「そうね、こんな環境だからってことを差し引いても、違和感は寝ても解消されてないかもね」
エフテは考える人みたいなポーズ。
なんで考える時って顎を触るんだろう。
顎に思考するツボでもあるのだろうか?
「精神的なモンだろ? 俺からすればこんな状況で落ち着いていてくれるのはありがたいけど、普通はもっとキャーキャー言うんじゃないか?」
「偏見も甚だしい……落ち着いてるわけじゃない。泣いても叫んでも甘味はやってこないから」
プロフが普段大人しいのはカロリー消費を抑えているためか。
いやいくらなんでも消費量に比べて摂取量が多いだろ? どこに溜めてんだよ。
「まあ僕も疲れが取れないっていうか、現在進行形で怠い感じはするけどね」
「キョウの申告は常に
失礼なヤツだな。至って本気で本音を語ってんだよ。
「実を言うと、少しおかしい。意識と体にズレがあるんだ」
「ああ、そんな感じ! 思い通りに動けていないみたいな」
「ひょっとして毒とかかな……でも大気成分は異常無しだもんね」
サブリの同意にプロフが反応する。
やっぱり単純に疲れなんだろうか。
心身のズレ、か。
そう言えば、長期睡眠から目覚めたばかりのころの感じに似てるかな。
「起き立ての時と似てるよな。そもそも、みんなは起きてすぐなんだからしょうがないよ」
「キョウ、どういうこと?」エフテが食いつく。
「僕はみんなより早くに起きたけどさ、思った通りに体を動かせるまでに時間がかかったんだよ。しばらくしてやっと動けるようになったから、それに比べるとみんなは起きてすぐちゃんと動けてすごいよね」
「動けるまでにどのくらいかかったの?」なんだよエフテ、その怖い顔は。
「一週間くらいはベッドにいたかな」
「え、あたしなんか起こされてすぐプロフを起こしに行かされたんだけど?」
「私もサブリちゃんにたたき起こされて、すぐに居間に連れて行かされた」
「俺もすぐにメシを食ったな」
「わたしも、すぐだったわ」
「やっぱり僕は虚弱体質なんだろうか、声だってろくに出なかったんだよ」
僕の答えに皆が一巡で反応し、あらためて僕の異常性に失笑が漏れる。
「ねえキョウ、動けるようになる前後、きっかけみたいなのはあったの?」
真剣なエフテの顔に少しだけ居住まいを正す。
「そうな……やっとドリンクを飲めるようになったっけな」
消化器系の機能が弱くて点滴ばっかりだったんだ。
「キードリンク……」エフテが呟く。
「なにそれ? おはようジュースのこと? くっそマズイよねあれ。起きて速攻で飲まされてさ、また寝ちゃうかと思ったよ。そう言えば、アリオ、個人用のドリンク、コンテナと一緒に埋まっちゃったけど……」
サブリは話の途中アリオを見て黙る。
「……なんで非常食以外にあれがあったか、ちゃんとメロンに聞くべきだったか」
「アリオ?」なんだよ、エフテと二人で怖い顔して。
「なるほどね、キードリンクは扉のキーだけじゃなく、わたしたちの鍵を握っているわけか」
「エフテちゃんの悪い癖。一人で納得するの」
「ごめんごめん、つまり、毎朝のドリンクを飲まないと、たぶんわたしたち動けなくなるのよ」
まあ話の流れ的にそうなんだろうなって分かるけど。念のためエフテがまとめてくれた。
「問題は、どのくらい猶予があるかってことか」
「キョウ、そこなの? あのジュースが何物とか気にならないの? 飲まないと動けなくなるとかアル中みたいじゃない!」
なんだよサブリ、アル中って。
ニュアンス的にドーピングっていうか機能向上薬物みたいなことを言ってるのか?
「あれが何とか、誰が悪いかとかそんなの考えたってしょうがないだろ? それに本当にあれを飲まないから不調になっているとは限らないだろ? それに、もしドリンクの効果があるんだとしたら問題はいつまで動けるか、タイムリミットだろ?」
栄養ドリンクって聞いてたんだ。
まさか摂取を怠るとヤバいなんて聞いてない。
でも、それでもメロンのせいじゃないだろうが。
帰れなくなったのは僕らの責任だ。
「キョウ、落ち着いて。わたしたちを不安にさせないために言えなかっただけかもしれないでしょ? で、最後に飲んだのが、一昨日の朝か。すでに48時間経過してるのね」
エフテは暗に、メロンを庇う僕をフォローしてくれる。
指摘されると、なんだか恥ずかしくなるけどさ。
「栄養、とは違うんだろうな」
「そうね、エネルギーは足りてるけど、神経伝達系の補正薬みたいなものかもしれないわね。摂らないと体の操縦にタイムラグが発生する感じ」
アリオとエフテは勝手に納得してる。
なんだよ体の操縦って。
「結局あたしたちはどうなっちゃうの?」
「最悪は思考するだけで動けなくなる置物になるかな。筋弛緩剤を投与された感じって言っても分かんないか。まあ、思い通りに動けず敵に殺される方が先になるだろうけどね」
エフテの答えに、サブリがプロフに抱き着いて声にならない叫び声をあげる。
「でも、それも推論だろ? そうと決まったわけじゃないし、不調は別の原因があるかもしれない」
「キョウの言う通りよ。いずれにせよ、こんな地下にいつまでも滞在するつもりはないけど、早帰りの理由ができたってこと。無理してでも脱出を急ぎましょう」
エフテは皆を見回して会談の終わりを告げた。
それから荷物を見直し、予備の電磁砲とミサイルランチャーや手榴弾は放棄することにした。
武装は各自の電磁砲とナイフを標準装備として、アリオが拳銃と大小の刀。僕が二振りの短刀をオプションとして持つ。
灯光器なども必要最小限にして、全員が持てる量を厳選する。
「私、これがいい」
プロフは腕に固定する小型の盾を両腕に取付ける。
体の不調もあるから不安なんだろうな。
とにかく前へ進む。
少なくとも、昨日アリオが会敵した蛇は前方方向から来たんだ。
そこに活路を求めよう。
「動体警報」一時間ほど歩くと、先行するアリオからの声。
少し遅れ、ゴーグルからも警報が届く。
こんなところだから敵には違いないんだろうけど、数体、上空に反応。
皆が身構え、詳細情報を確認しようとした瞬間、各自のヘッドライトが消え、ゴーグルが機能を停止した。
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