第49話 閑話(メロン)

 眼球に装着したコンタクトレンズ型のモニターは、視界のいたるところに画像や情報を表示していたが、メロンが今、一番欲する情報は与えられていなかった。


 洞窟の奥、アリオやサブリと共にコンテナドローン四機は待機しているが、三機の索敵ドローンは有線誘導で地下の各所を飛び回る。

 複雑に穿たれた地下の空間は、絡み合い、途絶え、外部からの侵入を拒む迷宮だった。

 彼らが流されたルートは一つだけなのに、そこに至る道が読み解けないのは、アリオが003を駆逐した結果ではあるのだが、せめて臭気や痕跡を辿れるくらい現場保存に気を遣ってほしかった。


『待ってられない、俺とサブリで騎乗して直接探索するぞ』


『正気なの? こんな暗闇の中、単独で? 怖いんですけどぉ!』


 確かにドローンの自律制御では岐路の選択判断に時間がかかる。

 だからと言って、騎乗したところで捜索にかかる時間が短縮するとは思えない。

 じっと待っているのが耐えられないのだろう。

 そんなアリオやサブリを羨ましく思う。

 それが無駄な行為であったとしても、彼らは実際に体を動かして気を紛らせることができる。

 ワタシだって、行けるものなら行きたいんだ。

 メロンは唇を噛みしめ、憤りに身を焦がしていた。


『下に大空洞があるのは間違いないんだ。ならさ、道を作ればいいんだろ』


 数時間に及ぶ捜索が続き、そんなアリオの罵声ともつかない声は、彼らの置かれた状況を表したもので、メロンやサブリだって叫びたい気持ちは同じだったので特に文句も無い。

 ただ、それが苛立ちに対する、あてもない咆哮ではなく、実力行使の宣言だとは気付かなかった。


『あ、ちょっと、あんたなにしてんのよ!』


 続いて聞こえるサブリの切迫した声に、彼らを俯瞰する位置に浮かぶ、コンテナのカメラから送られる映像に注視する。


 ミサイルランチャーを肩に構えようとしてるアリオと、そこに縋ろうとするサブリ。


 メロンの常識の範疇では、その時点でもまさかそんなことするはずがないと思考するどころか、映し出された光景を正確に把握できない。


 ミサイルランチャーを肩に構えるアリオと、そこに縋っているサブリ。


 それが何を意味しているのか、続く発射炎と直後に響く轟音で理解した。

 閃光も轟音も瞬時にフィルタがかかり視覚にも聴覚にも負担がかかるようなことはないが、理解した事実が恐慌を呼ぶ。


「あ、アリオ! なにを!」


 状況の変化は白煙に閉ざされた視界と、きゃああ、とか、わあぁぁぁとかの声と、崩落音などが伝える雑多な音。

 

「アリオ、サブリ! 状況を報告して」


 電波障害の対策として有線化を進めたのに、ケーブルの断線やドローンの損傷があったら、命綱としての機能は果たせない。

 何より欲しい彼の情報を知る手段が途切れてしまう!


 唖然とする時間はわずかだった。


『ちっ、コンテナが埋まっちまった。おい、メロン聞こえるか?』


「聞こえる! 状況を説明して」


 映像や各種データから何が起きたかは把握できてはいるが、これからどうなるのかは分からないままだ。


『ドジッた。広間の広範囲が崩落、入口も塞がれコンテナが一機埋まった』


『アリオ、索敵も二機埋まってる。それと埋まったの、予備のケーブル積んでた子だよ』


『ケーブル以外は?』


『確か、食料の半分と、個人別の栄養ドリンクかな』


『そりゃあ不幸中の幸いだな』


 アリオは安堵するが、メロンは衝撃を受ける。

 個人用に調合されたアレを飲まなければ、大変なことになってしまう。

 どんなことをしてもコンテナを掘り起こして。そう言わなければ、救出どころの話じゃなくなってしまう。


『お、これ救難信号か! ほれみろ、穴を広げたから位置が分かったんだぜ』


『ちょ、アリオ、また崩落しそうだよ! 急がないと』


『つーわけでメロン、三人の位置が拾えたけど、キョウたちのところまでどうにもこうにもケーブルが足らない、ちゃんと連れて帰るから安心してくれ。サブリ、ケーブル外してくれ、単独で行くぞ』


『内臓電池だけで? 片道切符じゃないのよ!』


 だめだ、早く言わないと、でもなんて言えばいい?

 あれを飲まないと、三日程度で動けなくなる。


 でも、なんで? って聞かれたら、なんて答えればいい?


 実際は数秒の逡巡だったが、次々と外されるケーブルによって途絶する映像と音声を、そのまま放置するしかできなかった。

 唯一、瓦礫に埋まったコンテナドローンからわずかに送られる情報によって、二人が地下に向かって移動したことを理解する。

 救いは、キョウのシグナルが拾えたことだけだ。


 16時を回る。

 個人差はあっても後60~70時間ほどで彼らは動けなくなる。

 それまでに戻って来れるのか。


「ねえ、ワタシ、どうすればよかったの?」


 震える声色は、普段のメロンから程遠く感情の起伏に溢れていた。


『反省はともかく、これからどうすればいいか考えようか』


 左耳に装着してあるインコムから柔らかい声が聞こえる。


「どうすればいいの?」


『キミは本当に聞いてばかりだね。少しは自分で考えてごらん?』


 言葉の内容ほど突き放した口調じゃない。むしろ小さな子に諭すような声色。


「ワタシが行く!」


『気持ちはともかく、できることを提案しようよ。行けないでしょキミは』


「宇宙服がある!」


『戦えないでしょ? もうホントに世話が焼ける。いつもボクを頼ってるから、いざという時困るんだよ?』


「でも、だって、ワタシ、どうすれば、どうしようーーー」


 恥も外聞もなく、大粒の涙を流し続けるメロンは、外見よりよほど幼く見えたが、それを観測する他人はここにいない。


『しょうがない「エイジス」を出そう』


「……え、ワタシ、またあれに乗るの?」


『キミじゃないよ。ボクが乗るの。先行調整してる一機、ボディコネクトは使えないけど、まあボクなら、ね』


「……だいじょうぶ、なの?」


『こんなところで終わりたくないでしょ? もうこれが最後のチャンスなんだからさ、少しくらい無理しなくちゃね』


「で、でも……みんな、ちゃんと帰って来れるかもしれないし」


『そんな楽天的な気分で待っていられないでしょ。それにもしSクラスがいたらどうする? 彼らの現状だと対応できる手段が無いよ?』


「S……そんな」


『まだ反応は無いけどね、これで誘発されてする可能性は大いにある。それに、それだけじゃない。「金色の羊毛」は進化してると思う』


「……進化って?」


『電波障害が気になるんだ。効果に気付いて下位種にまで実装されてたらどうする? まあ、そんな懸念もあるんだけど、本音はさ、ボクが「外に出たい」んだよ』


 声はそう言って笑った。


「ごめん、ごめんね」


 メロンは悲しくて、申し訳なくて涙を流す。

 どこまでも自分勝手な自分のために……。


『その代わり、たぶんだけど、しばらく疲れて寝ちゃうかも。これまでみたいなサポートはできないかもしれないからね』


「うん、がんばる……! だから無事に帰ってきて、ミライ」

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