第47話 温もり

 テントを三つ設営し、一つをサブリとプロフに使わせる。

 一つは女性トイレ用として少し離れた場所に設置。

 もう一つのテントを、僕とエフテが使う。

 五時間後、アリオと哨戒任務を交替するためだ。

 湖で汚れを落とし、非常食を摂取し二人で仰向けに寝転んだのは19時半過ぎだった。


「ごめんね、僕と一緒で」


 一応、礼儀として詫びを入れておく。


「別に同衾って言っても、何をするわけでもないからね。気にしてないわ」


 同衾って、一般的にはナニの事じゃなかったっけ? 意識させんな。


「嫁入り前の娘さんに醜聞が立たなきゃいいけど」


 古い慣習を引き合いに出しふざけてみる。


「結婚ってシステムのこと? 自然出産が行われていた頃の様式ね。男女が協力して子を育て社会に関わって行く……。エリート保護も、適材適所も管理されない、場当たり的で雑な仕組みなのに、人間はよくここまで生き残ってこれたものよね」


「その煩雑さがあったから生き延びたんだと思うよ?」


「結果論ね。そのころから適切なヒエラルキー管理を徹底していれば住んでいた星を失うこともなかったのかもしれないでしょ?」


「そこはなんとも」


「でもね、自然分娩の時代でも、優生学……まあそういった思想よね。それをベースに、遺伝子改良によるデザインされた子供を作る取り組みはあったのよ。上手くいかなかったけど」


 へえ、それは初耳。

 起きたばかりなのに、よく勉強してるなぁ。


「倫理的な問題とか?」


「自然に対する挑戦だとか、悪魔の所業だとか、人道的な倫理感が叫ばれたのは最初の数十年。先天性の病気も無く、優秀なカラダを確実に手に入る手段があるのに、なんで福引みたいな自然の摂理に頼る必要があるのか、それこそが生まれてくる子供たちに対する冒涜だって世論が主流になった。そこから遺伝情報のデザインは加速度的に進み、最初はいろんな能力に特化した人間が誕生したの。足が速いとか持久力がすごいとか暗記力が抜群とか。果ては、全部盛り。ありとあらゆる良いところを備えた人間ばかりが産まれたのよ」


「成功と聞こえるんだけど」


「おかしなことが起きたの。極端に言えば、同一の遺伝情報からは同じ個体が産まれるはずなのに、少しずつ差が発生した。最初は、母体による差異と思われていたけど、同一の母体であっても差異が発生した。人の種としての集合知がシンクロニシティを用いて多様性を獲得している、なんてオカルトっぽい研究が真剣に行われたらしいわ」


 結果として、優秀な遺伝子なんて概念は廃れて行った。

 どう考えても凡庸な遺伝子を持つ人が、予測できない才能を発揮する事が当たり前となり、それは神の御業などと揶揄された。

 受胎から出産する過程こそ人工的な機器で行われることが主流になっても、そこに使われる精子と卵子は、一般から定期的に採取される自然物が使われた。

 結局、どうあがいても人は神の座には届かない。


 エフテの淡々とした話はそんな風に続いた。


「生まれた星を放棄したのは「金色の羊毛」が機能停止し、生態系が維持できなくなったからだけど、そこから派生したわたしたちも「金色の羊毛」の支配から脱却できていないのよね」


「テロメアとかいじって延命したり、病気を克服しているのに?」


「せいぜいがその程度、種として高いステージに上がることはできていないの」


「高いステージ、肉体が不要になるとか?」


 それはつまらないな。


「テラの移民団で一番多い死因って自殺なのよね」


「へえ、異星人や幻想生物との間で起こる戦いで死ぬのかと思ってた」


「詰め込まれる情報、疲弊する心、すり減る魂、そういった精神的な老いをなんとかする方法が見つからないのよ。どんなに楽しいことでもそれを何百年も続けるって考えてみて? そんな、作業ですらない、惰性で行う時間つぶしが生きる執着につながると思う?」


「僕はまだ分かんないな、記憶も無く、生後一か月みたいなものだし」


「この生活が何百年も続くって想像したらどう?」


 僕が数百年も生きられる設備はあるって、メロンも言ってたっけ。


「うーん、生き続けたいと思う自信は無くなるかもな……」


 来る日も来る日も討伐の日々。

 意味が見い出せずに辛いと思うぞ。


「わたしもそう。だからテラではホムンクルスの研究開発が盛んになったの。「金色の羊毛」の支配を逃れた人工生物。その有機的な生体脳であれば、人の魂を移植して新しい境地を手に入れられるかもしれない」


 不快な感覚。

 

「メロンはメロンで、入れ物じゃない」


「そうね、コピーや移動を問わず、積極的に人工生体脳に自我を移植しようとする人もいなかったみたいだからね」


 疲れて体は眠りを求めているのに、僕とエフテは無駄話を止めない。


「そもそもなんで結婚の話がホムンクルスになったんだっけ?」


「好きな相手と愛の結晶とやらで産みだした子供でも、精神の死を超越できない。だから人工物に頼ってみたけど人の質は変わらないって話。で、ついでにわたしの推論ね。人は人のまま、今の問題点を越えたいのよ。本当の意味での死の克服。不死の肉体に宿る不死の精神。それを「金色の羊毛」に願おうとしているのかもね」


「僕らが暮らしやすい生態系を願うだけじゃなく、僕らのことわりそのものを改変してもらう?」


「普通に生きて暮らすだけなら移民船団の内部で出来てるでしょ? サブリも言ってたじゃない。何不自由なく暮らしてたって。もちろん、大地に根を張りたいって気持ちもあるでしょうけど、自分たちの努力じゃ越えられない何らかの仕組みがある以上、神頼みってあり得る話だと思うのよ」


「なんとなく、欲張りというか、自然じゃないっていうか……」


「自然って?」


 メロンの温もりを思い出す。


「うまく言えないんだけど、思い通りの人間を生み出す意味が分からない。その人が何故生まれたか、その理由の方が重要な気がするだけ」


「優秀な子孫を残す、人という種を存続させるのが、目的じゃなく、ただの結果ってこと?」


「そ。優秀だろうが存続だろうが、そんな次の世代は関係なく、自分を最優先にしたいんだ。僕は自分の求める温もりを大事にしたい」


 なんで先のことばかり考えなくちゃいけないんだ。

 僕は今の僕を大切にしたい。


「……温もり? 寒いの?」


「いや、そうじゃなくて……」


「一応言っておくけど、わたしたち、自然分娩の機能は残っているからね」


 上目づかいで見られ、ドキッとする。


「さささささ誘ってんのかよ!」


「冗談よ」


 エフテはぎこちない動きで僕を抱きしめる。

 スーツが邪魔で体温は共有できないけど、僕の頭を掻き抱く彼女の手のひらは、確かに温もりを伝えてくる。


「あの、エフテ、さん?」


「生きる執着、か。なんとなく理解できる気がするね」


 僕も彼女を抱き返す。

 それは、なんてことのないただの抱擁。

 だけど、そこに生まれた温もりは、生きて船に帰る決意を強くさせた。

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