第45話 救援

 躊躇なく二本のナイフを捨て、目の前のの柄を掴み取る。

 黒光りする鞘に収まった、二振りの短刀。

 鞘は内部の保持機構に固定されているので、そのまま短刀だけを抜き取り、蛇に向かう。


 電撃だろうか、全身から煙を上げた蛇は硬直していた体を振り、僕という獲物に向かって再起動する。

 両手に持つ短刀の刃は、直刀の両刃。

 刃渡りは300ミリに満たないからカテゴリーとしてはまさに短刀なんだけど、僕は何故、すぐに短刀と思ったんだろう?

 すでに掌と一体化し、刃の表面にまで神経が通っている様な感覚。

 これは僕の爪だ。

 何故だかそう思った。


 体の一部ならそれをどう扱うかは明瞭。

 それを活かすためにどう動けばいいかも、だ。


 迫る口蓋を横から一瞬で輪切りにした。

 脅威となる牙を除去してしまえば、後は二つの刃先を合わせ、縦一文字にして、ヤツの勢いに任せまっすぐ刃を当てるだけだ。

 体液と血液を浴びながら左右二枚に分断し、絶命確認もそこそこ、踵を返しもう一体へ向かう。


 テントを挟んだ反対側、もう一つの戦場では、前回と同じように電磁砲で両断され、のた打ち回る蛇がいた。

 僕と同じく体液で汚れた二人は僕を見て鬼の形相に変わる。


「なんで勝手に判断するのよ! 死んだらどうするつもり?」


「とりあえず、二人ならなんとかなると思った」


 エフテの凄味のある問いには、冷静に返せた。

 実際、前回僕がやった囮役はプロフがしっかり対応してた。

 尻餅をつかない分、僕より良い結果と言えるだろう。


「もう一体は?……」


「倒して来たよ、ってそうだコンテナ!」


 情報とやることが多くて頭が回らん!


「……おーい……」


 小さい声が上から聞こえる。

 聞き慣れた声、アリオだ!


「こっちよ!」エフテも喜色を浮かべ声に向かって手を振る。


 上空に小さな光が浮かんだと思ったら、それはコンテナドローンの様なシルエットに見えた。

 それが、二体。

 いや、索敵ドローンに人がぶら下がっているのか。


「おーい、みんな無事なのー?」


 サブリの声。


「良かった、助かった……」


 プロフが僕を見て泣き笑いの顔をする。


―――――


 強力な灯光器を設置して、まるで夕刻の様な明るさの中、僕らは車座になる。


 さっさと脱出しない理由も含め、まずは情報交換が必要だ。


「すまん!」


 まずアリオが切り出す。

 助けに来てもらったのだから感謝しかないんだが。


「えっと、とりあえずその辺も含めてわたしが仕切っていいかしら?」


「エフテに任せます」サブリも申し訳なさそうに頭を下げる。


「まずわたしたちの経緯を説明するわね」


 僕はエフテの説明を聞きながら周辺の索敵を怠らない。

 アリオが持ってきてくれたドローンは、索敵二機、コンテナ三機。

 それぞれ広範囲に設置して、省電力索敵モード中だけど、敵地のど真ん中だからな。

 ただ、手に持っている二振りの短刀は僕に揺るぎない自信を与えてくれていた。

 これは一体なんだろう。

 記憶は無くても、体が覚えていた。

 考えずとも勝手にカラダが動く。

 最少の動きで相手の命を絶つ。

 その事実は、殺戮の嫌悪感を上回り、昂揚感やある意味、性的な恍惚感すら伴う甘美な誘惑に思えた。

 もっと速く

 もっと激しく

 もっと苛烈に

 届く限りの奥底に突き入れ

 掻き回し、抉り

 絶つ

 

「……キョウ、キョウ!」


「え、は、なに?」


 我に返る。

 エフテが僕を覗き込んでいる。


「ちょっと、なにをニヤニヤして、いやらしいわね……」


「あ、ごめん、ぼーっとしてた」


「私の水浴びを思い出してたの?」


 プロフが赤面しながら上目使いに聞いてくる。

 いや、ごめん、そうじゃありません。


「そう、いいカラダだった」


 なんとなく、そう嘘を吐いた。

 そっちの方が、僕らしいと思ったから。


「もう、まったく。で、こっちの説明終わったけど補足は無いか? って話なんだけど」


「うん、大丈夫」エフテの説明は聞いてなかったけど一応そう答える。


「じゃあ最後に、キョウの説明。何よその剣は」


「僕にも分からないけど、あれだけ使えたってことは、以前も使ってたんだと思う」


「分からない……って自室に保管してあったとかじゃないの?」


「いや、今日初めて見たし、初めて使ったんだ」以前は分からん。


「メロンから託されたんだ。キョウに渡してくれって」アリオが口をはさむ。


「これだけうまく使えるんなら初期装備でくれればいいのにねぇ」


 サブリも腕を組んで不満そうに呟く。

 最初から持っていたらどうだろう。

 状況は変わっていただろうか。

 実は考えるまでもなく、003なら、それこそ100体いても肉塊に変える自信があった。

 つまり、地下に落ちるなんて事態に陥っていないんだろう。


「この件は帰ってからメロンに聞こう。隊員の安全に関わる重大な一件だとわたしは思うのよ」


「たぶんだけどさ……レベル3くらいで解放予定だったんじゃない?」


 プロフがおずおずと言う。

 個々に能力差がある以上、専用装備の設定は、僕もあると思っていた。


「それでもね、キョウの今までの戦い方を見てると、とても効率的と言うか自信を感じさせるようなものじゃなかったの。むしろ劣等感すら感じさせるほどに」


「時期尚早だったんだろ。強い武器は慢心を生む。苦労し苦戦し、学ぶ必要だってあるからな」


「それで死んじゃったら! 元も子もないでしょ……」


 エフテとアリオのやり取りを聞いて、なぜエフテがそこまでこだわるのか不思議だった。

 湖に落ちた時、僕が仮死状態になったことがトラウマになっているのかもな。


「ありがとね、案じてくれて。でも大丈夫だから、これからは皆を守れるように頑張るよ」


 俯いたエフテの頭を一撫でして感謝の言葉を伝える。


「……あなたを守るのはわたし、死なせない……」


「エフテ?」


「ん、なんでもない。じゃあ次、アリオの話を聞かせて」


 エフテはハッとした顔で僕に微笑んだ後、アリオに向き直る。

 急にバツの悪そうな顔をしたアリオは淡々と話し出す。


 メロンから要請を受け、荷物を送ってもらい、準備をして横穴に入った。

 コボルトの秘密通路を発見し、広間までの途中で会敵戦闘。

 その後広間で敵を殲滅した後、ドンちゃんを発見。


「大広間には蜂の巣みたいな穴がいっぱいあってさ、そのどこかに落ちたんだと思ったんだけど……」


「003の死体だらけで、臭気センサーも足跡も分かんなかったのよねー」


 サブリが腕を組みながらうんうんと首を縦に振る。


「でだ、とりあえず索敵ドローンを三機使って、穴を片っ端から捜索したんだけど……」


「アリオってば短気でね、行き止まりとかで戻って来るドローンの状況が待てなかったのよ。俺が乗って行く! って」

 

 サブリの報告に身を縮こませるアリオ。

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