第43話 暗中水泳

「反対なんだが心の奥底は賛成一択と出る」


「キョウに聞いたわたしが悪かったわ」


「ね、エフテちゃん、早く」


 プロフはエフテの腕を引っ張る。

 身長はプロフの方が若干大きいが、年若い姉妹が戯れているような錯覚。


「キョウ、できるだけ周辺の監視をお願いね……」


 なんだよ、その、信用なんかこれっぽっちもしてないけど汚れた体を綺麗にすることが最優先で背に腹は代えられないから僕に見られる事を我慢するわ、みたいな!


「大体、ヤツは湖から上がって来たんだろ? よくそんなとこに入れるよな」


「簡単に水洗いするだけだから」


 エフテさんはそう仰いますが、あなたの隣で早々に脱衣していらっしゃる方がおられますよ? おお……サイズ感は小さいけど、全体バランスがイイなぁ。


「こら! プロフあなたなにしてるの! キョウも凝視してないで!」


 エフテお姉ちゃんがわたわたと慌てる隙に、プロフは湖に沈む。


「水深はせいぜい60センチ。遠浅で視界も良好。水温、水質共に問題なし」


 プロフは何よりも水洗いを優先する強い意志の元、機械的にそんな事を言う。


「はあ、もうまったく……」


 エフテも呆れたように言いながら水面から水を掬い、汚れた髪や顔を洗う。

 水質のチェックはもちろんしてあるけど、どんな脅威が潜んでいるか分からないから普通はこんなことしない。

 故に、いつでもプロフを引き上げられるように最接近で準備しておく。

 羞恥や危険より清潔を選んだプロフは開けっぴろげだった。

 背徳感も罪悪感も無い代わりに、なんだろう、妙な性癖が花開きそうだ。


 僕も含め、時間にして10分程度の水浴だった。

 こんな状況でもいろんな満足を覚える僕は罪深いのだろうか。

 それとも、みんな頭のネジが緩んでしまったのか。


 テントに戻り車座になる。

 残念な事に、スーツには乾燥用の発熱機構もあるから着たままで問題ない。

 チラ見していたプロフの裸身はすでにスーツの中だ。


「視線がいやらしい……」


「命の危険を感じると種を残そうとする欲望が高まるって聞いたことあるけど、実際に直面するとそれ自体が命の危険を誘発して、いたちごっこよね」


「失礼だぞ君たち」


 非常食をかじりながらバカげたやり取りをするのは、いろんな恐怖に対しごまかそうとする心理もある。

 暗闇と敵。

 どちらも洒落にならない現実の恐怖だ。


「もう15時過ぎね……」


 朝の出発から7時間が過ぎるという事実をプロフが口にする。

 ちなみに船外活動時間超過の警告はオフにしてある。

 というか、SOSモードという非常事態を表すステータスに切り替えてある。

 定期的な救難信号の発信と、スーツの生命維持に特化した省電力化などだ。


「落ちてから5時間くらい? アリオたちどうしてるかな」


 僕はどこかで楽観視していた。

 コボルトの群れに追いかけられ、広間から滑り落ちてこの場所に辿り着いた。

 意図してここに辿り着こうとすれば、横穴探索のスタート地点から30分も掛からないと思っている。

 救出用の装備を整えて、散発的な戦闘があったとしても、アリオなら僕らの痕跡を辿って、すでに迎えに来ていてもおかしくないんじゃないのか?


「どうする? ライトの電池や食料に余裕があるうちに積極的な脱出路を探す? それとも助けを待つ?」


「消耗は避けよう。交替で休んで助けを待とう。ただ、そればっかりも辛いから、定期的に動いてみようよ」


 エフテの質問に答えると、プロフも小さく頷く。

 その間に再びの敵襲があったらどうする?

 可能性だけで言えば、何があってもおかしくない。

 だから考えない。


「僕が警戒してるから二人は少し眠ってよ」


「変なことしないでね」


「しないよ」寝顔を見るくらいだ。


 思いのほか疲れていたのか、体力を温存するためか、二人は余計な会話もせず、座る僕に頭を向け、並んで横になる。

 テントの簡易照明を消す。

 真の闇が訪れる。と思いきや、ゴーグルは光源を拾いそれを増幅して浮かび上がらせる。

 ヒカリゴケ? 

 気が付かなかったけど、ほんのわずかだけど視界の足しになっている。


 それでも有視界行動は不可能だ。

 この闇の中で、ゴツゴツした地面を転ばずに移動することはできないだろう。

 それ以前に、こんな暗闇では精神が保たない。

 地下と言う圧倒的な質量に覆われた、宇宙空間よりも濃密な闇は、目を瞑ることで訪れる闇とは根本的に違うんだ。


 ゴーグルのディスプレイをオフにしてみる。

 視覚からは何も情報が得られなくなり、自分が今、目を閉じているのか開いているのかすら分からなくなった。


 それからどのくらい時間が経ったのだろう。

 上方からゴウンっと音がした気がした。


 耳を澄ませても、二人のかすかな寝息が聞こえるだけ。

 神経質になっているみたいだ。

 そんな当てにならない聴覚や、腕に薄らと感じる二人の体温、尻に感じる岩の感触。そんなインプット情報だけが僕が存在する証に思え、時間の感覚も失っていた。



 メロン、どうしてるかな?

 今日、僕は船に帰れないけど、一人で寝られるかな?

 それとも、医療行為をしなくて済むことでのんびりできるかな?


 きみは、僕が死んだら悲しんでくれるのかな?


 次に敵襲があればたぶん無事じゃ済まない。

 エフテの電磁砲は残弾が9発だ。

 いよいよジリ貧だな。


 サバイバルナイフでさっきの蛇を倒すイメージが湧かない。

 体を分断すれば死んだけど、この刃長じゃ体表に傷を付けるだけだ。

 突き込んでぐるりと一周すれば、ヤツの直径の半分はいけるか……。

 ヤツのボディに抱き着いて、深々と刺し、ダンスを踊るように一周。

 ……出来る訳がない。

 まてよ? ナイフが二本あれば、半周ずつ、左右の腕の動きだけで……。


 ちゃぽん。さぁぁぁぁぁ。

 ちゃぽん。さぁぁぁぁぁ。


 二つの音がほぼ同時に、別の場所から聞こえた。


 ゴーグルのディスプレイをオンにする。

 ヘッドライトを点ける。

 二人のおでこをペチペチと叩きながら「敵襲!」と鋭く短く告げる。


 腰の後ろからナイフを引き抜く。

 二人もガバッと起き、すぐに身構えそれぞれのヘッドライトを点ける。

 光源を狙われるのは承知の上。

 それよりこちらの視界を確保する方が優先だ。


 それぞれのゴーグルには僕と同じく敵の赤点が二つ表示されてるだろう。

 テントの位置に対し両側面からの挟撃。


「後ろ頼む。それと、ちょっと借りる」


 エフテの腰からナイフを抜く。


「キョウ! 待って、だめ!」


 走り出す僕にエフテの声。

 残念、もう待てない。

 差し違えても一体は倒す!


 もうヤツは視界に捉えた。

 両手のナイフを逆手に、目の前でクロスさせる。

 いっそこのままヤツの口に飛び込もうか。

 自嘲気味に笑ったその時、警報と共に閃光が瞬き、バチッ! という音と肉の焦げる匂い。


 そして目の前に、コンテナドローン?


 開いたコンテナの中に、二本の短刀。

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