第42話 闇を歩く

 動いて脱出する。

 救援を待って留まる。

 その判断のためにも位置情報などの現状を明確にする必要がある。

 ゴーグルにはマッピング機能も備わっているため、とにかく歩き回れば、アクティブソナーが地形や岩壁などのモデリングをしてくれる。

 もっとも、遠距離では精度が落ちるので、実際に隅々まで歩くことが肝要だ。


「上に登るのは難しいわね」エフテが見上げて呟く。


 三人ともヘッドライトは装備してるけど、節約のため順番で使っている。

 今はエフテの番なので視界は自然と上へと向かう。


 テントを中心にして三人でゆっくりと螺旋を描くように歩いた結果、約、直径100メートルほどのドーム状の空間であることが分かった。

 その2/3ほどの空間を湖が占めていて、陸地と呼べる範囲は三日月のような形状だった。

 結論から言うと、陸地部分の壁に、抜けられる穴などは無かった。

 残るは湖底か、湖側の壁か、上方。

 上を見上げても、ヘッドライトの照度で見渡せる範囲に横穴などは見えない。


「岩肌は荒れて、手掛かりもあるけど、クライミングするには危険だな」


「キョウが用意してくれた装備があればチャンスもあったけどね」


「いや、あの装備でもドーム状の内側を昇るのは無理だろう」


 垂直程度の壁を昇るなら、ワイヤーを固定しながら登り、電動ウインチで吊り上げるなんて方法も可能だったかもしれないが、実際にそんな体験や練習をしているわけじゃないからな。

 奈落から地上への脱出なんて想定外だ。


「ドンちゃんがいれば……」


「どうかしらね、数メートルくらいならいいけど、対地効果が望めないから推力が足りず途中で堕ちるかも」


 この空間が半球状の構造ならば、天井までの高さは50メートルに及ぶ。

 ゴーグルのソナーでは正確なところは分からなかった。

 それでも、僕らが落ちてきた穴はあるはずだ。


「そう言えば、落ちるとき水に流されただろ? あの水は注いでいないみたいだけど」


 湖面は静かだ。

 だけど滑り落ちている時、確かに水に流され、ゴウゴウという濁流の音を聞いた。


「説明し辛いんだけど、水流を横切る感じでコースアウトして落下したみたいだったのよ。そのまま流されていればまた違う場所に出たのかもしれないけど」


 ゴーグルのログでは落下の過程、正確な地形情報が残っていなかった。

 もっともそれを知ったところで、50メートルほど上の世界の話だ。

 そこに辿り着く手段が無ければ、それは宇宙と変わらず届かぬ場所だ。


「じゃあ僕らが一緒に落ちたのは奇跡みたいなもの?」


「わたしはキョウのヘッドライトがあったから、それを追いかけたの。生きた心地のしない滑り台だったけどね」


 電磁砲で舵を取りながら僕らを追い掛けるエフテを想像した。

 なんとまあ器用な。


「私は目を瞑ってしがみついてただけ、ごめんね」


「そう言えば、空中に放り出された時、なんで僕を守ろうとしたの?」


「へ?……なにそれ」ぽかんとしたプロフ。


 あれ? キョウは死なせない! とか言ってだいしゅきホールドっぽい拘束をかましてきた思い出があるんだけど、気のせい?


 ちゃぽん。


 その水音はやけにはっきり聞こえた。


 続く、さぁぁぁぁぁという風が薙ぐような小さな連続音。


「敵襲! 壁際よ!」


 エフテが情報を元に対象にライトを向ける。

 援軍かもしれないだろ? 早計じゃね?

 とも思ったが、こんな場所での躊躇は即、死に至るだろうからエフテの判断は正しい。

 間違ってたら倒した後で謝ろう。

 

 ゴーグルに映る対象を表す赤点は、速い!

 壁を右回りに進んでくる!

 シュウウウウッという電磁砲の連続発射音と、壁面を削る音が重なる。

 それらは意外と共鳴し、ソナーを使った索敵では敵の位置が不明瞭になる。


 エフテも気付き、恐らくは威嚇射撃のつもりだった斉射を止める。

 同時に頭を振り、ライトに照らされた敵が視界に映る。


 蛇? いや、多足、ムカデ?

 視認、脅威の確定。すぐにエフテが撃つ。

 ヤツは壁を這い上がりアーチ状の壁を昇る。


「ムカデ!」


「体表は蛇っぽい。 蛇行と脚を組み合わせてる!」


 全長3メートル。太さは400ミリ強。

 目は確認できず、大きな丸い口に牙がずらりと並んで見えた。


「肉食っぽい!」


「そんな情報いらない!」


 プロフに怒られた。


「半分使った」エフテの残弾は25発程度ということだ。


「射撃は最接近まで待とう。ソナーがぶれる」


 ゴーグルにはヤツの位置が明瞭になっている、10メートルほど上部で壁面に貼りついている。


「壁から距離を取ろう。三次元攻撃されるのはキツイ。プロフも灯り点けて」


 平地なら二次元で戦える。飛ばないよね?

 言いながら僕もヘッドライトを点ける。

 戦闘中だ、この際出し惜しみはできない。

 

 

「どうする?」


 ゆっくり移動しながらエフテが聞いてくる。


「あの動きじゃ電磁砲はきついよね……僕が前で接近戦かな?」


「却下!」


 エフテの珍しく強い声。


「来るよ!」言いながらプロフが前に出る。


 彼女が手に持ったサバイバルナイフの刀身が光を反射する。

 アホか!


「下がってろ!」


 ナイフを抜きながらプロフの前に出る。

 ああ、そうさ、思いっきり勢いだよちくしょうめ!

 でもな、二人を前になんか出せない。

 それだけは男として、僕の矜持だ!


「キョウ!」


「エフテ、準備!」


 文句を大きな声で制する。

 蛇行しながら大口を開けて接近する蛇。

 多脚の動きがキモい、まるで浮いているような動き。


 寸前に避けて側面を斬る。

 そんな良くあるイメージはヤツの柔軟性によって却下だ。

 横をすり抜けた瞬間、とぐろを巻くように、ヤツの口は大きく曲り僕を捉えるだろう。

 多脚と蛇を組み合わせた機動性。

 だが、壁は登れても空中は飛べないだろ?

 僕も飛べないけど、シューズの機能に賭けてみる。


 ヤツの眼前でジャンプ及びシューズのエアジェットを視線スイッチで起動させる。

 僕を追い、仰け反るように追従するヤツのわずか上を越える。

 そうするとな、ヤツの腹は丸見えな訳だ。

 電磁砲を構えたエフテの前に。


 シュウウウウウという連続発射音とビチビチビチと肉が弾ける音が響き、僕も尻餅を着きながら着地する。

 落下時のショックを和らげるという、シューズに仕込まれたエアジェットはジャンプの時にも使えるんだぜ。やったことないけどさ。


「キョウ!」「大丈夫?」


 プロフとエフテが、ほぼ中央から分断されビタンビタンと暴れている蛇を迂回して僕の元へ駆けてくる。


「大丈夫、腰を抜かしただけだから」


「危ない真似しないでよ!」「そうよ!」


 二人は僕を庇う位置で蛇に向かったまま、冗談めいた軽口に強い反応を返してくる。

 解せぬ。

 命の取り合いだぜ?

 いちいち戦闘行動の許可なんか取ってられないっての。


 二人が警戒と緊張を緩めたのは、体液と血液をまき散らした蛇が息絶えてからだった。

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