第41話 暗中模索
寝転がったまま、エフテと状況を話しているとプロフが起きた。
僕の首に抱き着き、びーびーと泣いた。
プロフはすぐに落ち着き、二人して身を起こし三人向かい合わせで座る。
「これ、リュックに入ってたの?」
僕は狭いテントの内張りに触れながら聞く。
薄いけど、頑丈そうな素材に思えた。
底面は長方形、正面から見ると三角形。骨の様なフレームは無く、布のような素材の要所が硬質化して形状を維持してる。
ちなみに三角形側が出入り口で、前後の入口は索敵のため開けてある。
外はすぐに闇になっていて視界はゼロだけど。
「そうよ。簡易テントなんて聞いていたけど二人が並んで寝るくらいのスペースがあるのよね。三人とも小柄だから丁度良かった」
三人で身を寄せ合うように密着する必要があるから、大変喜ばしい話だ。
「ここの安全性は?」
可及的速やかに検討すべきは安全についてだ。
具体的には、そもそも、その検討をしてる暇があるかどうか。
「今までドンちゃんにどれだけ頼っていたか理解して反省してるわよ。一応、ゴーグルにも最低限のセンサー類はあるけど、半径10メートルほどの、動体、熱、音、が分かるって感じ。今のところ脅威遭遇は無いわ」
「この場所は、地底湖だっけ」
「その縁ね。湖まで数メートル離れてるけど注意してね。まだマッピングしてないから規模は不明。風の流れがあるから閉鎖空間じゃないと思うけど、わたしたちが落ちてきた上にだけ開口がある可能性も捨てきれない」
「水の逃げ場はあるんじゃないの?」とプロフ。
「地下水脈だとアウトでしょ? 潜水装備も無いからね。湖も水面が凪の様だから地表に水流があるとも思えない」
「脱出経路は、歩きか、クライミングかな?」
「救出を待つのは?」
僕の言葉にプロフが続く。
「そうね。わたしたちがまず選択するのは、動くか留まるか」
「情報が足りないと思うぞ」
「じゃああらためて状況を精査しましょう。索敵能力はゴーグル依存、光源は……ヘッドライトってどのくらい保つの?」
「点けっぱなしでも三日くらいは保つって聞いてる」
「こまめに消せば十日くらいは大丈夫ね。三台あるから交替で運用しましょう」
スーツの胸元にも非常用のライトはあるし、いざとなればテント付属の照明も活用しよう。
真の闇に比べれば、こんな灯りでも救いになる。
「ごはんは?」
「非常食が一人三つ。一日分の栄養素と水分が一度に補給できるわよ」
プロフの不満そうな質問に、エフテはブロック状の非常食パッケージを取出し、ひらひらと見せる。
「節約して半分ずつ消費するとして、六日か」
「空腹を考慮しなければサプリもあるから、もう少し大丈夫」
「甘味が欲しい……」
贅沢言うな。
「一応、使えない通信機、医薬品の類、まあ排泄制御薬とかもあるけど、後々の事を考えても自然排出が望ましいのよね」
「携帯トイレ、無いよね……」プロフががっくりうなだれる。
「テントを一つトイレ用にしようかしらね」
「女子専用で……」
差別だ!
なんて冗談も言わない。
数日ならともかく、薬に頼って排泄口などを使わないでいると体に良くないのは事実。
便意はともかく、小は普通にするべきだろう。
「そんな伺うような目で見ないでよ。僕はどこでもいつでも歩きながらだってできるから、どうぞ二人で使って」
「歩きながらは止めてね。じゃあテント一つトイレに使いましょう。もう一つのテントは予備で」
こんな暗闇なんだから隠れる必要も無いと思うんだが……あ、僕対策か。
「あれ? 寝床は、分けなくていいの?」
「さっきまで一緒に寝てたじゃない。効率重視よ。スーツ着てるから変なこともできないでしょ?」
「プロフはいいの?」
「今更だから……それに、三人一緒がいい」
俯くプロフは照れているのか、怯えているのか。
「テントの運用はいいとして、問題は武装ね」
「エフテの電磁砲と、それぞれのナイフだけか。ごめん、最初のヤツらでほとんど使っちゃったんだ」
「私もいつの間にか捨てちゃった」
僕とプロフは、残弾こそ残りわずかだったけど、逃走重視で電磁砲を捨ててきたことを詫びる。
「しょうがないわよ。軽装になったから逃げきれたと思いましょ。どのみち、残弾ゼロなら棍棒くらいにしか使えないもの」
可哀そうな電磁砲。
まあせめて予備弾倉とかあればと思うけど、今までそんな必要は感じなかった。
「それにしても、なんで後ろから?」
プロフは腑に落ちないといった顔。
「途中の岩かしらね」
「さすがエフテ、たぶん当たり。かすかに岩が動く音が聞こえたんだ。プロフが感じた匂いもそこからかもしれない」
「いずれにしろ、前方に敵がいたら挟撃でアウトだったけどね」
「だから後方警戒は重視してたし、エフテだってドンちゃんを先行させたんだろ? 判断は間違ってないんだ。イレギュラーはあの時点で通信が途切れてた事ぐらい」
電波が途切れる可能性をもっと重視すべきだったか。
「ちょうど襲撃があったあたりで切れたのよ。それまでは電波強度も特に問題なかったの」
「でも、003でも手こずるんだね……」
「基本的に遠距離から一方的に殲滅してきたからね。狭所での戦闘、ちゃんと意識しておけば良かったわね」
「それでもアリオがいれば問題なさそうだけどな」
ここには僕とちびっ子二人しかいない事実を噛みしめ、少し沈黙が流れる。
あいつなら武装が無くても003くらいまでは倒せそうだ。
いや、ピンクボムや鳥も、石でも投げて倒すだろうな。
「電磁砲は個人認証があるからわたしが持つわ。キョウとプロフはナイフ」
選択肢は無いな。
「私、ナイフなんか使えないよ?」
「護身用でいいのよ。それにたぶん大丈夫だから」
エフテの言葉に僕も同意する。
さっきの地上戦で見せたプロフの動きは、接近戦の戦い方だ。
ギリギリで避けて、相手の手を封じ、ゼロ距離で攻撃できるんだから。
問題は、それを意識してできるか。
遠方ならともかく、近づけば近づくほど、相手の命を実感して、殺傷に対する禁忌感は増すだろう。
それでも生きる意志が強ければ、刃を振れるはずだ。
「まあ、僕も起きてからナイフなんか使った事ないけどね」
「アリオの積極性を真似しておくべきだったかしら。でも選択肢は無いのよ」
僕は腰の後ろに横向きで固定されている鞘から、スナップを外しナイフを抜く。
思えば、抜身の刃を見るのは、初陣の際に装備チェックをして以来だな。
薄暗い照明に照らされた長さ140ミリほどの刃面に映る僕の顔は、なんだか笑っているように見えた。
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