第40話 閑話(メロンの恐慌)
『アリオ! すぐにキョウのところへ!』
五つ目の横穴を調査し終え、外の光が見える位置まで戻るとメロンの切迫した声。
「何があった?」
その通信音声にただならぬ気配を感じたアリオは、冷静に問う。
『キョウが、窪地の調査で横穴に潜って、通信が途絶えて……バイタルの応答も無いの!』
「通信途絶? ドローンに何かあったのか?」
エフテのチームには索敵一機、コンテナが一機。ついでに言えばおそらくキョウ専用の一機もあるはずで、それらが全て落とされる脅威は確認されていないと訝しむ。
『竪穴直上のドローン二機は健在。キョウたちは横穴の調査に行って数分後に通信が途絶えたの』
「電波が届かないって事? ありえなくない?」
サブリの疑念にアリオは頷く。
故障でもない限り、たかが低深度の地下ぐらいで通信が途切れるはずはない。
『遮蔽物が無ければ大丈夫なの。でもこの星の地磁気と含有鉱物の影響で部分的に通信波が届かない場所があるの』
「細かい原理は門外漢なんで省略。すぐに向かうからナビしてくれ」
会話中も急ぎ足ではあったが、言い終わるとアリオは横穴を飛び出し窪地方向を遠視する。
ナビもいらない。
1500メートルほどか、ドローンの姿が視認できた。
その途中、二チームの中間地点にも一機のドローン。
すぐに周辺索敵を行い、大きな脅威が無い、また可能性も少ないことを瞬時に判断しサブリに告げる。
「先行する。すでに調査中のエリアを戻るから危険は少ないと思うけど注意してくれ」
「ちょ、ちょっとアリオ! 置いてかないでよ」
全力で走りだすアリオに焦り顔のサブリが続く。
状況が分からないことを差し引いても、アリオの行動は直情に過ぎる。サブリはほんの少し、優先してもらえないのは自分が新顔であるからかな? と寂しく思った。
「あいつら、簡単に目視するだけじゃ無かったのか?」
『100メートルほどまでは電波強度も減衰率も問題なかったのですが、いきなり通信が切れました……』
「そりゃあ……」
ドローンが墜とされた可能性を示唆している。
『なので予備の索敵を向かわせましたが、やはり同様箇所で途絶。フィードバックが切れたら戻るよう、予め自律プログラムを組んでいたのですぐに回復しました。よって、撃墜じゃなく通信障害エリアと判断しました』
「録画は」
『……確認しました。途中、横穴が、岩が扉に?』
「明瞭に頼む」
『残存PPPから推測。おそらく100メートル地点で、途中の横穴から現れた003に後方から襲撃された模様。通信途絶エリアで003の死体を三体確認。キョウたちの反応は無し。自律プログラムで戻ったので映像はここまでです』
努めて冷静に話そうとするメロンの声は、叫び出しそうな自我を必死に耐えているとアリオは感じた。
何もかも放り出して駆けつけたいけど、それができないもどかしさ。
行きたいけど行けない。
どちらにせよ、そのジレンマは人工生命体に似つかわしくない反応だと思えた。
ただ、キョウを案ずる気持は共感できる。
むしろ、絶対に死なせる訳にいかないと、ここに至った自分の判断の甘さ、想像力の無さに対し自己嫌悪する。
目覚めた時、キョウの経験値に関して特に思うところは無かった。
初陣で体感した時も、自分の方が強いだけだろう。と少しだけ得意にもなった。
ただ、その後、一日で20000ポイントを稼ぎ出した時に思った。
何かがおかしいと。
続くエフテの初陣でもそうだ。
敵が弱いのか、キョウに戦闘意欲が無さすぎるのか、そんな疑問を解消すべく自らを危険な状況に追い込んでいた。
アシストに頼らないためゴーグルを放り出し、自分の耐久を知る意味でも肉弾戦を挑んだ。
鋭利な刃物さえあれば、それを敵の攻撃より早く体に突き入れて勝てるという事実の検証は、今の自分の位置を明確にする意味でも必然だった。
結果として現状の肉体練度では武装に頼らざるを得ないという結論を得た。
同時に、誰かと共闘する必要を感じ、助けに来てくれた仲間を嬉しく思った。
キョウは弱くなんかない。
臆病でもない。
ラビット、モール、コボルトくらいまでなら一人でも問題ない。
むしろ安全マージンを取りすぎだろうと判断していた。
だから地下装備を求めても、班を分ける提案も、横穴の調査も、彼の積極性の発露として大いに喜んだ。
その結果がこれだ。
アリオは後悔に奥歯を噛みしめながら。継続して走れる最大の速度で彼らが消えた竪穴に辿り着く。
覗き込む高さはたかだか8メートル。
躊躇なく飛び降りる。
ブーツの底面から加速度異常検知によるアシストジェットが吹き出しふわりと着地する。
思えばスーツの機能なども完全に熟知していなかったな。
それもこれも全部過信だ。
アリオはそれに思い至り、横穴に走り込もうとする衝動を抑える。
ろくな準備もせずに潜る訳にはいかない。
二重遭難なんかどうでもいい。
なんとしてもキョウを助ける確約が必要だ。
そのためにはこのまま飛び込むわけにはいかないのだ。
アリオの思考を埋めていたのは自分や仲間の安否ではなくキョウの安否だけだったが、その違和感に気付くほど冷静ではなかった。
「メロン、俺のポイント全部持っていって構わないから、地下装備、使えそうなもの全部くれ」
『……少しお待ちください。使えそうなものをこちらから運びます。ポイント清算は後日。アリオは休憩して待機願います』
「どのくらいで準備できる?」
『30分ください』
キョウたちが音信を絶ってまだ1時間も経っていない。
だが、デスゾーンにいるならば、1秒も1時間も変わらない。
怪我をしていないか。
照明は確保できているのか。
武器は残っているのか。
敵はどのくらいいるのか。
そして、生きているのか。アリオは意図してその疑問を飲み込んで耐える。
「アーリオー、ちょ、どうやって降りるのよ」
追いついたサブリが穴の淵から見下ろして叫ぶ。
「ジャンプすればシューズのアシストが機能する」
「めっちゃ怖いんですケド……」
「いいから飛び降りろ!」
「ヒッ!」
思いがけない恫喝に仰け反ったサブリは足を滑らせ落ちる。
シューズのバランサーが機能し、靴底のジェットが落下速度をゼロにする前、アリオはサブリを優しく抱きとめる。
「すまん……怒鳴ったりして、悪かった」
「昔のアリオみたいだった……ぶっきらぼうで、いつも一人で、怖かった……」
涙目のサブリは無理をして笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます