第32話 レベルを上げろ

「索敵反応! サブリ、プロフ前へ」


 本日の暫定リーダー、エフテから声。

 言わなくても状況は共有しているんだけど、指示を明確にするためわざと声を出すんだそうだ。

 そうやって判断や動きが洗練して、最適な行動ができるように体に覚えさせるらしい。


「ええ~いきなり実戦?」サブリが不満をこぼす。


「サブリとプロフのレベル上げを最優先って言ったろ?」


 不平で返され引きつるエフテの代わりにアリオが苦笑で答える。


「分かってるけどさ、お手本くらい見せてくれてもいいんじゃない?」


 サブリが頬を膨らませて言うと、プロフも大きく頷く。


「だってよ、リーダー。背中を見せてやってくれ」


 アリオがエフテの小さな背中を軽く叩く。

 そのやりとりは、若い学生を引率してるベテラン教官のようだ。


「……001が一体、その後ろに002が三体接近中。わたしが001、サブリとプロフで002を片付けて。アリオとキョウは備えて」


 エフテは簡潔に言いながら電磁砲を構え、一呼吸の後ウサギを仕留める。

 その左右にサブリとプロフが並び、アイアンモールに対し初めての射撃を行う。

 どちらも数発ずつ、100メートルより遠い位置で討伐完了だ。


「おお、これはなかなか」「気持ちーかも……」


 少しだけ昂揚感を感じている二人。

 ふむ、実に我々の目的を遂行するにふさわしい狩人じゃないか。


「ところでさ、この星って完全アウェーなのかな」僕の質問に。


「共存できそうな生き物は今のところいないよな」


「侵略者って自覚を持ちなさいよ」


 アリオとエフテが答える。


「出会った生き物は皆殺しってこと?」サブリが聞く。


「もふもふがいたら愛玩動物候補」プロフは夢見心地だ。


「冗談はさておき、躊躇していたらやられることだってあるからな。サーチアンドデストロイを基本にしたほうがいい」


 先日、たっぷり時間をかけて戦いを楽しんでいた男が何を言うか。


「怖いのが、今のわたしたちの装備で太刀打ちできない敵が現れた場合よね」


 エフテの不安はもっともな話だ。

 僕一人だったら006(ロックリザード)と遭遇した時点でゲームオーバーだった。五人に増えたとしても、アリオがいなければ、それは今でも同じだろう。


「誰でも簡単に扱える高威力武器が必須か」


「そんなものが本当にあるのならね」


「エフテさんは本当に疑うことが好き……」


 僕の呟きに速攻で返すエフテにプロフが突っ込む。


「レベルによって解放される装備や施設ってのも不思議だけど、それらのリストが最初っから分からないのってなんで?」


 サブリのもっともな質問。


「管理者様の判断、なんだそうよ。レベル10の最終兵装の名前だけは最初に教えてくれると言う大サービスをしてくれたらしいけど」


「思うところはあるけどさ、今のところ行動に対する対価としてはフェアなんだから、メロン流に言えば、四の五の言わずレベルを上げろ、ってことで頑張ろうぜ」


 アリオはそう言いながら歩き出す。

 その後ろを歩きながら考える。

 メロンに対する不平は、本当は僕が抗弁しなくちゃいけない。

 一番長く接してきて、一番たくさん話をしているんだ。

 なら、彼女に疑問を抱くのも、彼女の判断を支持するのも、僕がやらなくちゃいけない。

 でも、そうなった場合、好意や私情を抜きにして考えているか、そんな疑問を重ねられることを恐れ、黙ってしまう。


 あなたはどっちの味方なの?

 

 きっとそんな問いを恐れてる。


 仲良くやろうよ。って思うけど、これがピクニックや冒険旅行の類ならそれでもいい。

 でも、いつ誰が命を落とすか分からない。

 死を恐れ、こんな肉弾戦みたいな活動で経験値を積んでレベルを上げろ。そうしないと強い武器を渡さない。

 そんな有無を言わさぬ条件に、理不尽さを感じるのはおかしいことじゃない。

 メロンは安全な船の中にいるわけだしな。


 とは言え、僕らが強くならないと最終目的に辿り着けない。

 記憶が無い事で誰も使命感を持っていないし、サブリみたいに記憶を持っていても目的が切り替わっているっていう納得できない点があっても、他に選べない以上、メロンという管理基準に従うしかないじゃないか。


 そこまで考えて気付く。

 お互いの信頼関係が築けないと、僕らに渡す武器の強さは、そのまま反撃の規模の大きさを示す。

 武装が出撃ゲートでしか手に入らないのも、強力な火器に認証キーが付いているのもそういう理由なんだろう。

 外に出た僕らが、その装備で船を襲い、管理権限を奪うリスクもあるんだ。

 そんな謀反を恐れている?

 いや、なんとなく、いざとなったら僕らを置き去りにして、メロンは「アルゴー号」で移民船団に帰るってこともあり得るか。

 なら僕らが優先すべきは「金色の羊毛」を手に入れることより、僕らの衣食住を保証してくれる船を維持すること。

 つまりは生き続けるためにも船、メロン、移民船団のルールを守ることは重要なんだ。


「どうしたの、お腹壊してトイレを探しているような顔して」


「ちゃんと薬飲んできたよ」


 エフテの小声の問いかけに憮然と答える。

 船外活動時の排泄制御薬は必須だ。


「冗談よ。その、さっきのわたしの言い方で気を悪くしたのかなって」


 横目でちらちらと僕を見上げながらエフテは言う。

 なんだ、気を遣うくらいなら挑発しなきゃいいのに。

 ……いや、違うか。

 たぶん、エフテはわざと問題提起役に徹してる。

 誰かが不満を爆発させる前に、小さな疑問でガス抜きをしてるんだ。


「エフテはさ、この任務が終わったら何をしたい?」


「……何よ? 急に」


 目を丸くする。

 僕だって何を聞いているのかよく分からない。


「なになに、帰ったら何をして遊ぶかって?」


 後ろを歩いていたサブリが割り込んでくる。


「私はパフェの食べ比べをしなくちゃいけないの……」


「また甘いモノ? プロフは朝食でもタルト三昧だったじゃないの」


 女三人寄れば姦しい、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 

 メロンが、この三人と一緒に談笑できる日がくればいいな。

 なんとなくそう願った。

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