第29話 キョウとミライ
「どうしたの? 顔、真っ青よ?」
エフテに声をかけられるまで呼吸すら忘れていた気がする。
「あ、いやなんでもない……」
「で、まだ眠ってる六人目? その人がミライって人かもしれない」
そんなサブリの声がやけに遠くに聞こえる。
ミライ、ミライ……僕の未来。
「おい、大丈夫か?」アリオが僕の背に手を回してくる。
「ごめん、大丈夫。サブリ、そのミライって子のこと覚えてる?」
僕はなによりもそれを聞きたかった。
「それが、キョウのことも含めてよく覚えてないんだ。あたしも緊張してたし、エフテはツンと澄ましてたし、アリオは怖かったし、プロフもあたふたしてたし、気が付いたら「アルゴー号」は発進してて仲良くなる余裕もなかったんだ。でも出発してからはエフテとプロフとは操縦室で一緒になる時間も多くて、それなりに仲良くなれたと思ってたから、プロフとエフテが覚えてないって知ったとき、すごく悲しかった」
ミライに関する情報はそれっきりか……。
「それは不本意ながらごめん。それで、みんな長期睡眠に入ったのね?」
「うん。行先の惑星の名前は忘れたけど、片道でも数か月程度で、本来は長期睡眠の必要もないんだけど研修の一環だって、それでプロフとあたしが最初に、寝たんだと思う。それがあたしが覚えてる全て」
「この船はその時の船?」
「へ? うん、そうだと思う。でも練習で使った同型船も同じレイアウトだし、セントラルで使ってたシミュレータも同じだったからなんとも言えないけど」
「エフテは何が気になってるんだ?」アリオが問いかける。
「私室に私物が無いのよね。不自然じゃない?」
「あ、それは覚えてる。私物の持ち込みは禁止だったよ。生体認証でパーソナルデータはどこでも拾えるし、基本的に船の設備で娯楽も賄えるから困らなかったよ」
「ドレスコードがあるわけでもない、か。ひょっとしたら寝てる間に船がすり替わっていたのかもとか考えただけ」
「なんのために?」
「分からない。でも今はいろんな推論を重ねてもいいでしょ? 学生の研修がいつの間にか移民プロジェクトの実践に切り替わっているんだから、その理由とか、それこそ移民船団とコンタクトを取りたいんだけどね」
エフテがメロンを見て、僕を含め他の皆もメロンを見る。
「移民船団への定期発信は常時行っていますが返信はありません。ついでに位置も特定できていません。もっともワタシが行っているわけではなく、船の自律活動の一環として行われている一つです」
「その情報が本当である証拠は?」
「船の自律活動に興味があるのでしたらコモンデータで閲覧可能にいたします」
メロンは言いながらジェスチャーでモニターを操作し、テーブル上に船の自律活動とやらのデータが表示される。
エネルギー、98%
AI、自動修復中:修復まで約9121時間
PPPセンサー、範囲50キロ
通信状況、良好。本体に発信継続中
「簡易な情報なのね、このエネルギーって?」
「現状、内燃機関は停止中。維持のためのエネルギーは衛星軌道上の衛星から送電していてその充電率です」
「AIは修理完了までの時間か……PPPって?」
「Presence Power Points 存在力指数。敵性生物の位置、強さが分かると思ってください」
「へえ、敵の強さが分かるのか」アリオがニヤリと笑う。
「経験値、ポイントの目安になりますし、最終的にこれを元に上位種に辿り着く必要がありますから」
「そもそも、弱い敵が少ない場所をどうやって選ぶのか疑問だったけど、納得ね。原理は分からないけど。で、通信中と。これが偽装データじゃないかどうか……」
「もちろんワタシに証明できませんし、証明する義務も必要もありません」
メロンは冷たく言い放つ。
「もう一つ聞かせて。あなたが意図的に開示していない情報ってなに?」
「もちろん禁則事項はあります。それ以外のお伝えしていない全ての情報がご所望ですか? ワタシのメモリにある情報の全てをご希望でしたら、ずっとご一緒させていただき口頭にて伝達させていただきます。何年かかるか分かりませんし、都度更新もされるのでキリがありませんが? しかもその間は皆さんのサポートも出来かねます。六人目の隊員のケアも」
「だめだ!」意図せず声が出た。
六人目が「ミライ」なら何としても助けなくちゃだめだ。
……なんだ、どうしたんだ僕は?
「そう言えば、六人目、目覚めないかもって言ってなかったか?」
「アリオ」
「あ、すまん」
アリオの発言を窘めるエフテは、きっとすごく僕に気を遣ってる。
六人目が僕に関係があって、それは強い結びつきがあることを、おそらく想像してる。僕と同じように。
唐突に、以前メロンと交わしたやりとりを思い出す。
《六人目は起床情報が返ってきませんね。最悪の状況も視野にいれておいてください》
《死ぬってこと?》
《眠り続けるってことです》
《その違いってなに?》
《……夢の中でずっと生き続けていられるということです》
その時僕は、それはなんとなく幸せなことのように感じたんだ。
メロンを見る。
彼女は平静を保とうとするが上手くいかず困っているような、そんな難しい顔をしていた。
「頼む。メロン。六人目に会わせてくれないか?」
「……作戦遂行に支障が出る最上位の規則によって拒否します」
分かってる。メロンに無理強いしてもしょうがないってことを。
それに、僕だって何も覚えていない。
ただ、ミライという名前が気になるだけで、六人目がその人だと決まったわけでもない。
「なら、六人目が無事に起きることができるように、頼む」
「それがワタシの職務と心得ております」
メロンは深々と頭を下げる。
そんな必要もないだろうに。
まるで僕に何かを感謝でもしているかのように、彼女は頭を下げ続けていた。
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