第27話 プロフとおはなし
触れているわけでもないのに体温を感じ、メロンや他の人とも違う香り。
確かに生きて存在している生き物がそこにいる。
「私、正直、なにがなんだか分からなくて、怖い。ホントはあなただって怖い。でも一人でいるのはもっと怖い。だから少しでも話を聞いて情報を知れば、楽になれるって思うの……」
プロフはぼんやりとした目で僕を見ながら言う。
目が覚めて、自分は何も分からないのに、自分の事を覚えているという人がいて、なし崩しに全員集合で、今の状況もろくに説明されていないんだもんな。
「とりあえずさ、喉、乾いてない?」
「さっき、メロン? メイドっぽい女の子に苦い飲み物飲まされた」
「じゃ、口直ししなくちゃね」
僕はついでにフードコンソールの使い方を教える。
料理や飲み物の基本的な知識はちゃんとあるけど、こういった設備には不慣れなのか、たどたどしい操作だった。
そんな彼女の目の前には、チョコのかかったホイップクリームが載ったアイスココアと一抱えもあるチョコレートブラウニー。
「甘そうだね」
それにしても普通に僕の隣に座ってきたな。
「甘いの大好きだから……それは何?」
「ハンバーガーとコーラだよ」
「知ってる。トッピングを聞いてるの」
「ああ、お揃いだね、バニラクリーム」
「味覚大丈夫?」
失礼なヤツだな。ここには味音痴しかいないのかよ。
そんな唖然とした僕を放っておいて美味しそうに飲み食いするプロフ。
「悩んでいるのが、バカみたいに思えてきた……」
そう言ってふにゃりと笑う。
童顔レベルはエフテの方が上だが、あいつの場合、外見は妹っぽいけど中身は女教師って感じだからな。
よってプロフを正式な妹ポジションと認定しよう。
ふわりとした雰囲気の中で食事をしながら、いつもの初心者講習を行った。
―――――
「じゃあ復唱して」
「無理。あたまのなかぐちゃぐちゃ」
プロフは頭を抱えて身悶えしてる。
「まあしょうがない、情報量が多すぎるもんな」
「キョウの説明が下手なんだと思う」
「なんだとう!」温厚な僕でも怒るときは怒るんだぞ。
「じゃあ自分で説明が上手いと思う? なんにも分からない人に対して、すごく不安を感じていて、その人を心の底から安心させる説明ができたと思う?」
上目づかいでじっと見られる。
言われてみれば確かに、僕は説明が上手いとは思えない。
なにしろ僕に説明をしたのはメロンで、彼女を基準に考えているからな。
ここは反省しかないな。
「ごめん」頭を下げる。
「……あ、と、そんなつもりじゃなく、私の方こそごめんなさい。良くしてくれてるし、気をつかってもらってるのに……まだぐちゃぐちゃだけど、少しずつ状況が分かってきて、それでわがまま言っちゃった」
俯いて小さな声。
えらく庇護欲をかきたてられるな。
もっと大きな度量で接してやらないといかん。
「どんな情報を知れば安心できる?」笑顔で聞いてみる。
「……結局、私って一番確実に分かってることは、自分のカラダだけなの。記憶とか考え方とかそんなことより」
もう一度僕を見上げ、距離を詰めてくるプロフ。
「え、どした?」何がどうした?
「キョウ……」
僕の左足の腿にプロフの手が置かれる。
短パンだから、半分服の上、半分は生脚の上。
そのひんやりした手のひらに心臓が跳ねる。
「プロフ?」
「あたたかい……何を聞いてもホントかどうか分からないけど、私のカラダを通して実感するものは事実」
更に近づく。
足と足が触れ合う。
顔と顔が近付く。
甘い香りに僕の後頭部あたりが痺れる。
それだけが独立した生き物のように、彼女の右手が僕の腕を撫でるように這い、やがて背中に辿り着く。
あ、ヤバい。脳がピンク色に染まっていく。
シュンという聞きなれた音は、扉がスライドする音だ。
寝台に通じる扉の向こうには無表情なメロン。
僕らが視界に入ってもその鉄面皮に変化は無い。
そのことで少し胸が痛んだ。
「キョウにお話があります」
メロンは歩きながら静かに話す。
今更ながら僕は、ソファの上でプロフと距離を取り平然を装う。
「なななななにかな」装えてなかった。
「内密な話なのでこちらへ」
メロンはそう言って男性居住区の扉を開ける。
「と言うわけなので、話はまた。プロフも混乱してるだろうから少し休みなよ」
ぼーっとしたままのプロフに言いながら席を立ち、開いた扉の前で待つメロンの元へ向かう。
連れ立って通路に入り、扉が閉まるまでプロフの顔は見れなかった。
あのままメロンが来なかったら、ヤバかった。
メロンはそのまま歩き、僕の部屋に入る。
「油断も隙もありませんね。ミッション中の不純異性交遊は厳禁ですよ」
二人きりになると僕の眼前に迫りムッとした顔を見せる。
その顔に少しだけホッとした。
「何が可笑しいんです?」
「あ、いや、別に。それよりプロフとは別になんでもないし、特別な感情なんか持ってないぞ」
僕はニヤついた顔を元に戻し一応言っておく。
少なくとも僕の意志は伝えておかなくちゃと思った。
「思春期の男性の心身の齟齬に関してなんら一貫性が存在しないことくらい承知しておりますのでそんな意志表示が行為に結びつかない理由にはなりません」
くっ、自分の肉体が信用できないから二の句が継げない。
「なので余力を無くしてしまえば説得力に重みが追加される可能性もあります」
少しだけ顔を背けたメロンの頬が赤い。
羞恥とか、ホムンクルスを設計したヤツはすげえな。いや、そういった用途にも使われる存在だから、今更なんだけどさ。
「余力を無くすって、どうすればいいんだ?」
こういう時の僕はまるで中年男性のようなネチっこさが生まれてキモい。
自分の気持ち悪さに嫌悪している間に、メロンは靴を脱いでゆっくりベッドの上にうつぶせになる。
「キョウの、主体性に委ねます」
呟いてぽすんとシーツに顔を埋める。
さて、どうするか。
そんな一瞬の逡巡の時間で、小さな寝息が聞こえる。
ほぼ気絶じゃねーか。なんでそんなになるまで……って、戦闘補助や新しい二人の目覚めに対応してりゃ、そりゃ疲れるだろうさ。
僕は音を立てないように静かに近づき、メロンの髪を静かに撫でる。
その繊細な行為は意外と疲れ、わずかに芽生えていた情欲はすっかりどこかに消えてしまった。
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