第26話 サブリとプロフ

「え、だれ?」


「ちょっエフテってば、冗談言わないでよ……」


 抱き着かれたエフテはきょとんとして、抱き着いた豊満金髪ポニーは恐慌寸前だ。


「こんにちは……初めましてプロフです」


 後ろにいた小さな女の子が小さな声でお辞儀する。

 栗色、左右二本の三つ編みがでろんと垂れ下がる。


 さらにその後ろからメロン。


「奥側右がサブリ、左がプロフの部屋です。手前右はエフテですが、男子禁制ですからね、安心してください」


「だからちょっとみんな冗談だよね? そっち、たしか、ヒョウとアホオだっけ?」


「キョウ」「アリオ」僕らは憮然として反応する。失礼な娘だな。


「もうどっちでもいいよ、もうなんなのよ!」


 どっちでもよくねえよ、なんだお前は。


「おいメロンさんや。なかなかにカオスなんで、なんとかしてくれないだろうか?」


 一応僕がメロンに提案する。ポニーにしがみつかれたエフテは硬直しているからな。

 三つ編みのプロフだっけ? は、まだ頭を下げている。


「ワタシも忙しいので、ここは古株のキョウがまとめるべきと愚考いたします」


 そう言って寝台室へ消えるメロン。まんま愚かな提案じゃねーか。


「えっと、キミいいかげんエフテを揺さぶるのを止めてちょっとそこに座りなさい」


「キミじゃない! サブリ! なんで誰も覚えてないのよ! 薄情者!」


 サブリはそう叫び号泣する。

 泣きたいのはこっちも同じだけど、この子は僕らの名前を知っていた。

 その事実にちょっとドキドキしている。

 コモンデータに無い、274年前の僕らのパーソナルデータを持っている。



「あらためまして、キョウから委譲されて司会を務めるエフテです」


 僕の正面に座るエフテが全員を見回し告げる。

 ぱちぱちとまばらな拍手。

 エフテの右にサブリ。左にプロフ。

 僕の右にアリオ。

 居間のソファは片側4人用なのでゆったりと座れている。

 男子、女子で向かい合うなんて合コンみたいだな……合コンってなんだろう?


「それじゃあ、キョウから自己紹介して」


「おほん。キョウです。約一か月前に起床。約15歳。身長165センチ体重58キロ、胸囲は……」


「ちょっと待ちなさい、そんな情報はいらないわよ」


 ちっ、なし崩しに自己申告させようとした企みはエフテに看過されてしまった。


「じゃあ、俺はアリオ。17歳くらい。175センチ、体重は66キロ……」


「だからそんな情報はいらないって言ってるでしょ!」


 エフテが怖い。体重がダメだったのか。

 その顔のまま右にいるサブリに顔を向ける。


「ひっ、え、あたしサブリなんだけど、ドッキリじゃないんだよね? ハァ、もうすぐ16歳の15歳。寝てる間ってカウントされるんだっけ? まいいや、165センチでスリーサイズは上から93……」


「はいはい! わたしの番! もう名前と歳だけしか分からない自己紹介ってなんなのよ! ん、エフテと言います。16歳くらいです。長期睡眠の影響らしく、記憶と視力に異常があります。二日前に起床。船外活動は一回。現在のレベルは1」


「身長は?」


「141よ!」

 

 大事なことなのできちんと質問したのに怒られた。

 それにしても端数まで大事にするとは、必死さが伺えて笑えないな。


「えっとあの、私はプロフです。そこのサブリちゃんが教えてくれました。目が覚めたら眼の前に居て、いきなり泣かれて怖かったです。ちなみに何も覚えてないのでそれも現在進行形で怖いです。15歳ってこれもサブリちゃんに聞きました。身長は150センチですのでエフテさんより上ですね」


 天然なのだろうか。プロフは少しおどおどした表情のまま辛辣なことを言い、また大きく頭を下げる。三つ編みも垂れ下がる。


「はいはい、わたしが一番身長が小さいですよ」


「身長だけじゃないですよ?……」


 ポツリと真面目な顔でエフテの胸元を覗き込むプロフ。

 僕は思わずアリオと視線で会話してしまう。

 コイツはやべえぞ? ああまったくだ。


「すーはー。……さて、情報の精査等、細かい話は後でゆっくりするとして。みなさんが気にしている一番大きな事実に対しお話したいと思います。サブリさん」


 エフテは引きつった顔を精神力で戻しながら会議を続ける。


「へっ、あ、なに?」


 下を向いてブツブツ言っていたサブリがぴょんと顔を上げる。


「記憶があるんですって? そこを詳しく教えてください」


「エフテ、そんな他人行儀な……」泣きそうなサブリ。


 今のところ五人中、四人が記憶を失ってるんだ。一人だけ覚えてるって、ある意味地獄みたいな状況なんだろうな。


「ごめんね、言いたいことは分かるけどこれが現状なの。だからもう一度関係性を築くにしても、あなたの持っている情報は貴重なのよ」


「うん。ホントのこと言うとね、ところどころ思い出せないこと多くて、でもみんなのことはちゃんと覚えてる。「アカデミー」で初めて会って「セントラル」を出発して、長期睡眠の前までやっと仲良くなって……」サブリはぐすりと鼻を鳴らす。


「無理しないで少し休んだ方が良くないか?」


 少しだけいたたまれなくなってそんな提案をしてみる。

 サブリもプロフも起きたばかりなんだろうから。


「どうする、休む?」


 エフテは優しく声をかける。


「うん、少し休ませて」サブリは小さく口にした。



「ずいぶん参ってるみたい」


 サブリを部屋に送り帰ってきたエフテも少し疲れ顔だ。

 そう言えば戦闘後にミーティングしてそのままだもんな。


「俺たちも少し休もうぜ」アリオは欠伸をしながら席を立ち男性居住区へ消える。


「わたしも少し休むね」エフテも来たばかりの通路に消える。


 そして僕はプロフと二人残される。

 じっと視線を感じている。


「じ、じゃあ僕も少し休もうかな」


「ね、お話、しよ?」


 あざとく小首をかしげる仕草にドキリとする。

 薄幸そうな童顔フェイスに憂いを帯びた視線。

 魔性の女。そんな言葉が浮かぶ。


「お話って?」


 僕の問いに答えず、プロフは静かに立ち上がり、テーブルを回り込み僕の隣に座る。

 心拍が上がる。


「いろいろ……」


 やけに柔らかそうな下唇が小さく動いた。

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