第22話 エフテの出撃前夜


『全方位回避プログラム作動。60秒間全方位から放たれる光弾を回避してください。物理的な防御も可能ですがその際、打撲傷などにご注意ください。難度は自動調整。プレイ人数は1名。プレイヤー以外は室外へ退避してください』


 床の上、直径8メートルほどの光輪が浮かぶ。

 僕が小走りで小部屋の外に出ると、スライド扉が閉まる。

 すぐ小部屋の外壁がホロモニターとして機能し、中の様子を映し出される。

 床から天井まで円周上に光のカーテンが伸びているのが見える。

 ……磁性体の物理フィールドか。

 

『開始5秒前、4、3、2、1、スタート』


 フィールドの各所が励起し、アリオに向かって光弾が飛ぶ。指向性を持たせたエネルギー弾、時速は100キロ程度か。

 アリオはひらりと避ける。

 数秒の間隔の後、各所から光弾が放たれる。それを繰り返す。

 次第に射出時間の間隔が狭まり、弾速も増す。

 避けきれない光弾を側面から叩いて弾き飛ばす。


 嬉々とした顔で四方八方からの攻撃を躱し続け、結局60秒間直撃は受けず、このゲームの主旨であろう回避とやらに成功したみたいだ。


『プレイヤー、アリオ。トータルスコア78点』


 そんな結果を聞きながらアリオが小部屋から出てくる。


「辛口なんだね」


「ホントは全部躱さなきゃいけないんだけどな」


 アリオは汗一つ浮かばない顔で頬をかく。

 僕だったら多分、全部食らってると思うんだよね。


―――――


「で、キョウはなんでそんなに不満顔なのよ」


 夕食の席で、エフテはそう言いながら、箸でつまんだシシャモフライを三本まとめて口に入れる。


「では聞くが、エフテにとっての娯楽とはなんだね」


 僕はノーマルなハンバーガーを口にしながら尋ねる。


「その前に、そのハンバーガーにかかってる白いソースって何?」


「バニラクリームだが?」


「エフテ、キョウの食事を気にし始めたら食欲がなくなるからやめておけ」


 アリオが牛丼と豚丼を交互に食べながら失礼なことを言う。


「まあいいわ、で、わたしにとっての娯楽? そうね古典文学鑑賞かしら」


 そう言って再度、まとめたシシャモフライを口に入れる。

 その手元の皿には、山盛りのシシャモフライ。

 胸焼けがするな。


「それは自室で堪能できるだろ? わざわざレベル制限までしてもったいぶって解放された施設が、肉体改造やら反射神経養成だのそんな旧世代のマゾヒスト養成施設である必要は無いだろ?」


「俺にとっては娯楽以外のなにものでもないけどな」


「じゃあ最初っから「アリオの娯楽室」って言ってくれれば良かったんだ」


 ぬか喜びさせやがって。

 ワイングラス片手にカードゲームやスロットマシーンに講じる夢は雲散霧消だよちくしょうめ。


「まあ娯楽の定義なんて人それぞれだし、この任務を考えれば至極まっとうな施設だと思うけどね。わたしも早くレベル2に上がって、トレーニングしたいもの」


 エフテは腕を回しながら苦笑する。


「体の動きに違和感でも?」アリオは少し心配そうに聞く。


「その違和感が分からないのよ。274年のロングスリープ、いくら外部刺激で筋力が維持されてたり、起床までの準備で可動部をほぐしたりって聞いても、実のところ、思考に対する動作のタイムラグとか正確性とかって、日常生活程度じゃ気付けないからね」


「だな。俺も実際に外で戦ってみて、心身の同期にズレを感じたよ。すぐ補正できたけどな」


 へえ、僕はそんなことも考えなかったな。

 目が覚めてしばらくは寝たきりだったし、実際に船外活動を始めたのも二週間は経っていた。

 そう考えると、本当に僕は手のかかる虚弱体質なのかもしれない。

 メロンがこっそり僕を見守ってくれているのはそんな理由なのかも。


 食後、雑談をしているとメロンが寝台室から居間に入って来る。

 そうだ、聞いておかないと。


「なあ、メロン、船外活動で怪我をしたらどうなるんだ?」


 明日はエフテの初陣だからな。


「どう、とは?」顎に人差し指を置き、首をかしげる。


「意識を失う、自力で動けない、そんな状況は?」


 エフテが具体例を挙げて質問を続ける。


「その場合……では、ドローンで回収しましょう」


 では、ってなんだよ。今決めたのかよ!


「どこに回収するの? 聞いた限りでなんらかの治療設備的な場所は無さそうだけど。それともそっちの奥にでもあるのかしら。いずれにせよ想定外の質問だったかな? 怪我をする可能性を考慮に入れてなかったとか?」


 どうにもエフテはいろんなことが気になっているようだ。

 質問内容はもっともな話なんだけどさ。


「今まで聞かれなかったもので……データを確認しました。ゲートでの治癒液、内服によるナノマシンで修復不能な内外傷は「寝台」の設備を使用しますので、どうか安心して戦ってください。四肢の欠損程度でしたらなんとかなるかもしれません。ただ、即死は対応外になりますのでご注意を」


 メロンは何かと通信を行ったのか、虚空に見上げたまま無表情な顔で事務的に告げた後、左(女性)居住区へ消えた。


「キョウが聞いてなかったことは置いといて、なかなかに衝撃的な内容かしら」


 少し青い顔をしたエフテ。

 メロンの説明は、思いのほか彼女の恐怖感を呷ったみたいだな。

 僕だってアリオが目覚める前、E―005、鳥との戦闘で初めて命の危険を実感したんだ。

 いつ何があってもおかしくない。


「大丈夫だ。俺と一緒にいれば二人の命は俺が守るから」


 アリオの力強い言葉はとても嬉しかった。


―――――


「……ん……あっ」


「なあ、メロン」


「ん……なん、です?」


「エフテと何かあったのか?」


「………ん………別に、なにも」


「お、ちょっ苦しいって!」


 両腕で首をぎゅうっと抱きしめられる。

 華奢な腕。

 力強さなんて感じない。

 にも関わらず、心や想いまで離したくない、そんな必死さを感じる抱擁だと思った。

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