第21話 娯楽室……娯楽?

「そもそもさ、すでにアリオがレベル2になっていたわけでしょ? なんでその時解放されなかったのよ」


 エフテの疑問に、そう言えばそうだなと思う。


「申請がありませんでしたし、アリオはすぐにポイント交換でレベル1に戻りましたからね」


 メロンの答えに、そう言えばそうだなと納得する。


「……まあいいわ、で、当然わたしはレベル1なので入れないわけよね、覗くこともできないのかしら?」


「そこはなんとも、試したければどうぞ」


 メロンはそう言って席を立つ。


「ねえ、あなたって本当に創られた存在なの?」


 エフテは洗浄口にグラスを放り込むメロンの背中に問いかける。


「あなたは創られた存在じゃないんですか? この世に存在する全てのモノは創造物だと認識しておりますが」


 メロンは不快そうな声色で答え、ソファの後ろを通り、寝台室に入って行った。


「エフテ、今のはさすがにキツイ質問だった」


 創り物? なんて聞かれた人工生命体がどんな感情を覚えるか分からないけど、客観的にもいい気分はしない。


「ごめん、あの子があまりにも落ち着いて見えて羨ましかったのかも」


 しょんぼりと俯くエフテは、良くない質問をしたという自覚も、反省もしてる。

 悪い子じゃないんだよな。


「ま、メロンも他の隊員のこともあって忙しそうだから」


 言いながら寝台室に続く扉を眺める。


「それにしても、神出鬼没、か。メロンだけが使える通路があるのでしょうね」


 エフテもメロンの消えた先を見つめながら呟く。


「今のところこの船の管理者で、一番の権限を有しているわけだからね。エフテはそれが不満なの?」


「不満、というわけじゃないけど、管理……そうね、わたしたちって管理されている存在なんだなってしみじみ感じただけ」


「それって、自由が無いってこと?」


「局所での自由意思や選択権はあってもね、行動可能範囲が設定されて、外出だって制限があるでしょ?」


「でも、宇宙空間とかでのミッションなら当たり前じゃないの? 買い物に行きたいとか旅行に行きたいなんて、端っから選択肢に無いんだから」


 この環境に文句言ってもしょうがないじゃん。


「だからこそ、生きる意味って言うか、自分で選んでここにいるって実感が欲しいんだけどね。そうすればこんなモヤモヤした気持ちを抱えず、誠心誠意、目的のために意識を向けられるのにさ」


 エフテはソファの上に両足を上げ、膝を抱えて俯く。


「生きる意味……僕は、いつか迎える死の瞬間まで、できるだけ長く生きられればいいなって思ってるよ」


 誰かの受け売りだけどね。


「……なにそれ。でも、そっか先遣隊とか移民団とかってのは状況に過ぎないってことか。うん、そうね、とりあえず生きてみる、それでいいか」


 彼女は膝の上に置いた顔を僕に向け、小さく笑った。


「ふあぁぁぁぁぁ、あー寝ちまったな、ん、なんかあった?」


 アリオが、聞いてたんじゃないかってタイミングで起き出しやがった。


「ふふ、別に、ただキョウに深く感謝してるとこ」


「? なんにせよ、エフテがいい笑顔で良かった」アリオは屈託なく笑う。


 そしてエフテは少し照れた顔をした。



 どうせ入れないからいいわ、と言うエフテを置いて、僕とアリオは早速、娯楽室へ向かった。

 居間から出撃口までの通路には左右二つずつの開かずの扉がある。

 居間側から手前の右側の扉が、今回レベル2で解放された娯楽室。

 少し大きめの、特に室名の明示も無い扉の前に二人で立つ。


「ところで、どっちかがレベル2になれば解放されたんだろ?」


「まあメロンも忙しいみたいだし」


 昨日、アリオがレベル2になったタイミングで解放されなかったことが気になってるみたいだけど、これらの解放権限は別に全自動じゃなく、メロンが代行している以上、その度に条件を確認し、申告すればいいだけだと思う。

 あの子も抜けてるところがあるんだからさ。


「ま、いいか。んじゃ行くか」


 入室制限の無い扉と違い、僕らの自室と同様に開ボタンに触れる。

 光彩や生体波などのパーソナルデータがキーとなり、アンロック表示と共に扉がスライドする。

 室内は、薄暗い。

 アリオに続いて僕も入室する。

 権限の無い人はこの時点で高圧エアに阻まれ室外に吹き飛ばされる。

 僕の後ろで扉が閉まると同時に室内灯が煌々と灯る。

 正面と右側に幅3メートルほどの細長い通路? がそれぞれ10メートルくらいまで伸びて、そこには雑多な器械がごろごろ転がっていた。

 L時の通路に囲まれた場所は小部屋のようになっていて、すぐそばに扉がある。


 アリオは通路にある器械を一瞥しながら小部屋に入る。

 こちらはセキュリティロックは無いみたいだ。

 室内は10メートルほどの立方空間。

 狭い自室や居間と比べると圧倒的な広さに驚く。

 白を基調とした清潔感のある、生活感に乏しい、何も無い空間。


「ここ娯楽室なんだよね」


「俺に聞くなよ。俺が聞きたいよ」


 あれ? ミラーボールは? お立ち台は? シャンパンタワーは?

 僕は小部屋から出て、通路上に並んでいるいくつかの器械装置に近づき検める。


 椅子? ベルトコンベア? ベッド?


「トレーニング機器ってやつかな」


 アリオが呟く。


「トレーニング? 体を鍛える的な?」


 負荷をかけて反復運動で筋繊維を強化するだと?

 電磁パルスを使った筋肉刺激装置じゃなく?

 おいおいここは古代文明の遺物置き場かよ。


 僕が機器を試している間、アリオは小部屋の中央、直径5メートルほど黒い丸が描かれた場所に向かう。

 その中央に立つと声が聞こえる。


『マルチアクションプログラムへようこそ。プレイ内容を選んでください』


 アリオの眼前にホロモニターが浮かぶ。

 お、娯楽っぽいぞ。

 僕はアリオの元に向かう。


「戦闘シミュレーターだな」アリオはメニューを操作しながら呟く。


「……娯楽じゃないの?」


「いや、俺にとっては十分娯楽だな」


 彼はそう言ってジェスチャーでプログラムを起動させる。

 ついでにサンダルを脱いで僕に渡してくる。

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