第20話 娯楽室の解放

 食後、居間のガラステーブルにコモンデータを表示して、敵のデータや装備の詳細などについて三人で情報を共有する。


「座学としての情報はこんなところね。後は体感してみないとなんとも言えない」


 エフテはじっと真面目顔で説明を聞いていた。

 メガネキャラってだけで優等生体質になるのだろうか?

 アリオなんか途中で居眠りを始めていた。さすが脳筋キャラ。


「焦らなくてもいいからね、アリオに任せておけば自然と経験値は貯まっていくからさ」


「ん~、それはそうなんだけど、いつでもアリオやキョウに頼れるか分からないでしょ? 一人でも自活できるくらいにはなっておきたい」


 この真面目さんめ。

 でも言っていることはもっともで、設定されているレベル10に辿り着くことが、僕らに共通する当座の目的として一番分かりやすい。

 そうすればこの船の設備や装備を、全部使える資質を備えた隊員として一人前になれるんだからな。

 上位種だの「金色の羊毛」なんてのはまだまだ先の話なんだろうからさ。


「偉いんだな、エフテは」


「怖いだけよ。目覚めて状況を聞いて、戦うしか道が無いなんてちょっと勘弁してほしいシチュエーションだと思わなかった?」


「……比較する生き方を知らないから、そういうものだと」


 怖いとは思わなかった。目的の為に殺戮する行動に空しさを覚え、戦いの中で命を対価にしてるって実感したけど。


「記憶を失う前のわたしたちは、どんな心境だったのかな」


「比較する記憶が無いからね、僕はさ、最初は怖くなかった。作業みたいだったからね。でも強い敵に遭遇してヤバいって思った。すぐにアリオが起きてくれたから、またその恐怖感は薄れちゃったけど」


 それも全部、目覚めてから得た感情の軌跡だ。


「そうね、とにかく明日は一緒に行くわ。今の不安がいつか杞憂に変わるように」


 諦観、とも違うか。

 なんとなく過去を重んじるっていうか、後ろ向きな人だなって感じるけど、状況を否定しないのは好ましい。



 出撃通路に続く扉がスライドしメロンが入って来る。


「あれ、そっちにいたの?」僕の質問に


「さっきは女性居住区にいなかったっけ?」エフテが疑問を重ねる。


 メロンは僕らをちらりと見て、フードコンソールを操作する。


「あなたたちや船の設備、ありとあらゆる管理を司る裏方ですからね、むしろどこにいても不思議じゃないですし、それだけ働き者だと労っていただきたいのですが」


 アイス梅昆布茶を取出し、メロンは僕の左隣にぐいぐいと座る。


「ちょっ、エフテの方に広大なスペースがあるだろうが」


 僕の右隣にはすでにアリオが横たわっている。


「ワタシがこの船のどこに存在するか、最上位の権限がありますので」


 職権乱用だろうが、もう! ……柔らかく暖かいからいいんだけどさ。


「あんたたち、デキてんの?」ジト目のエフテ。


「デキとらんわ」


 おいメロン、お前も涼しそうにお茶飲んでないで否定しろ。


「それにしても、やっとゆっくりお話ができそうね」


 エフテはにっこりとメロンに話しかけるが、その眼は真剣だ。


「そうでもありません。忙しくて仕方ありません。どこかの誰かさんが自分の権利ばかり主張して、ただでさえ忙しいのに無理難題を強要して、疲労困憊で倒れそうになってやっと水分補給の時間を確保したところです」


「わたしの知る限り、水分補給だの疲労困憊だのって主張するホムンクルスって違和感しかないんだけど?」


「情報の修正を推奨します。少なくともワタシという個体にに関して言えば、ひ弱で疲れやすく壊れやすい繊細な精密機械のように扱ってください。そうでないと、皆様の管理に致命的な影響が出るかもしれませんからね」


 僕はこの段階で、二人の会話が微笑ましい談笑じゃないことに気付いた。


「まあ二人とも落ち着いて。エフテはなんでイライラしてるの?」


 女心とやらは難しいものですね。


「イライラなんてしてない。ただね、起きてからずっと、必要最低限の情報しか開示されず、あなたたちやコモンデータに委ねられてきたから、じっくり腰を据えてメロンの持ってる情報を確認したいだけなんだけど?」


「ワタシが現時点で伝えられる情報は過不足なくキョウに伝達済みです」


 メロンは冷静さを失わない。

 つーかそこで僕に振るな。


「僕が伝達された情報を全部覚えて、アリオとエフテに伝えられてるか自信がないんだけど」


「キョウは、頭の中にある全ての情報を全部確実にアウトプットできるんですか?」


 メロンは上目使いで僕を見る。


「そんなの、不可能だろ」


「ではアリオとエフテの二人に対し意図的に隠蔽している情報はありますか?」


 メロンの体温がすぐに浮かぶ。


「ああああああるわけないだろ!」


「キョウはこう言ってますが?」


 メロンはエフテに視線を移し言い放つ。

 このやろう、僕の胡散臭さだけが残ったじゃねーか!


 エフテの視線は僕とメロンの顔を往復し、小さくため息を吐く。


「分かったわ。今はそれでいい。わたしはそもそも、誰かに聞くより自分で確認しないと気が済まないみたいだし」


 エフテは柔らかく笑う。


「え、エフテはそれでいいの?」


 どこに納得する要素があったんだ?


「あんたたちを見てると、なんだかバカらしくなったの。まるで二人の為に創られた世界で違和感を唱える狂言回しの気分よ」


「意味が分からん」


「そんなことよりお伝えする重要項目があります」


 メロンは大きな音を立ててグラスをテーブルに置き声を上げる。


「なんだよいきなり……」


「娯楽室が解放されました」


 不機嫌そうなメロンは上目づかいで僕を見る。


「なんでそんなに仏頂面なんだよ」


「忙しいのにレベル2にするのが悪いんです」


 そう言って、プイっと顔を背ける。

 え、経験値上げって悪いことなんですか?

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